悟がタジタジ? 愛のツンデレ美容室 6

 鹿児島最大の繁華街、天文館てんもんかんの東側に金生町きんせいちょうがある。そこの一角にそびえ立つ異能者紹介所は地方公共団体の出先機関だ。その名のとおり、なんらかの理由で困っている人たちにフリーランス異能者を紹介するため存在するここは古ぼけた二階建てで、外から見ると入りづらい雰囲気だ、と市民からは不評である。


 中に入るとカウンターの向こうで職員たちが数名、働いていた。黄ばんだ壁には“困ったときには異能者紹介所”、“鹿児島県内人外出没マップ”、“この顔見たら即通報!”、“いつでもあなたのそばに私達フリーランス”などと書かれたポスターが貼ってあり、一般の人たちに門戸を開いていることがわかる。


 その一方で、屋内端のほうにホワイトボードがあり、それには依頼内容が書かれた数枚の紙がマグネットでひっつけられている。個人情報を保護するため依頼人の氏名などは伏せられているが、仕事を求めてここにやって来たフリーランス異能者はこれらを見て、良い条件のものがあれば職員に内容の詳細を訊ねる。そこから話が進めば、やがて依頼人と面談することとなる。そういう意味ではまさに現代の冒険者ギルドといった感じであろうか。ならば、この異能者紹介所は市井の人々だけでなくフリーランスたちに対しても門戸を開いている、ということになる。






「いやん、超いい男。アタシのタイプだわ」


 その異能者紹介所の隅にある来客用テーブル席に、ひとりの依頼人と、ひとりのフリーランスがいた。


「できれば“仕事”以外でお会いしたかったわ、こんなハンサム、めったにお目にかかれないもの」


 その依頼人とは男である。口調は女性的だが、男だ。


「ねえねえ一条さん、今度、アタシが経営するお店にいらして。サービスてんこ盛りしちゃうから」


 どうやら、なんらかの店の経営者らしい依頼人の男だが、格好はそれらしくない。ツヤのよい髪は前を下ろして、ところどころがはねた無造作スタイル。黒いジャケットの下はピチピチと細身のダメージジーンズで、履いているのはヒールの高いメンズブーツだ。胸元にでっかいペンダントが光っている。


「一条さんって独身? 彼女いるの? ご趣味は?」


 依頼人の男は舐めるようにこちらを見ながら質問してきた。


「は……ははは、で、依頼の内容は?」


 押しが強い男の依頼人に、悟は少々困りながらも話の本筋を促した。


「あらン、アタシとしたことが、いい男を前にしてのぼせ上がってしまったわん」


 男は一枚の名刺を差し出してきた。“有限会社 se detendre 代表取締役 尾根おね雄太郎ゆうたろう”とある。口調と異なり名前のほうは、なかなか勇ましい。


「スデトンドル……リラックスする、って意味のフランス語か」


「まあッ、一条さんって博識なのねぇ、ますます好きになっちゃいそう」


 よりハイテンションになった依頼人の尾根。今この異能者紹介所にいる外部者は彼と悟のふたりだけである。カウンターの向こうにいる職員たちは淡々と無表情で仕事をしており、こちらのほうを見向きもしない。


「お茶を、お持ちしました」


 いや、ひとりだけにこやかな職員がいた。棚橋たなはしこずえといい、この紹介所で一番若く、そして一番感じが良い。清潔感のある黒のショートヘア娘で、襟付きの白いシャツが良く似合っている。


「一条さん、お仕事がんばってくださいね」


 お茶を出したこずえは一言、悟にかわいらしい声をかけたあと、お盆を持って立ち去った。この尾根という男と引き合わせたのは彼女である。悟のようなフリーランス異能者は広告を出して自分で仕事を受けることもできるが、依頼人のほうが紹介所を通すパターンが多い。これは公的機関を挟む安心感が依頼人にあるからだ。


「あらン、一条さん、アタシのために夜通しがんばってくれるのね。嬉しいわ。体力もつかしら」


 尾根の瞳は艶良く濡れている。そしてカウンターの向こうで、デスクに座ったこずえが面白そうに見てきた。


(こずえちゃん、わざと俺に、この依頼人をおしつけたんじゃねぇだろうな)


 悟は、こずえのそんな笑顔を見て疑った。異能者紹介所は公平を期すため、県内すべてのフリーランス異能者に仕事をまんべんなく回している、という。だが、真実はわかったものではない。


「あぁ、で、依頼の内容は?」


 悟は、もう一度訊いた。そろそろ本題に入らなければ、いろんな意味でヤバい。


「実は、うちの美容師が、しつこい引き抜きにあって困っておりますの」


 ひとくち、茶をすすった尾根は、すこしだけ真面目な顔になった。


「美容師?」


 昨日、髪を切ったばかりの悟は訊き返した。


「アタシ、美容院の経営をしているの。鹿児島市内に四店舗をかまえておりますわ」


 なるほど。さっき“アタシが経営するお店にいらして”と言っていたが、それは美容院のことだったようだ。


「数日前から電話で何度か勧誘があったそうなの。ウチの子は断ったそうなんだけど、しつっこいらしいのよん。それで困ってるってわけなの。ねぇん一条さん、なんとかして頂戴」


 ねっとりとしたオネエ口調で、ことの次第を語る尾根。


「つまり、よその美容院が、あんたのところの美容師を引き抜こうとしているわけか」


 悟は要件を確認した。あまり尾根と目を合わせないようにしながら。


「そうなのよん、アタシ人様に強く出れない気弱な性格なもんだから困ってるの。一条さん……お・ね・が・い」


 だが尾根の粘着質な視線は、さらにねっとりとした熱を帯びて、悟に迫ってくる。


「あー、わかったわかった。俺が、その引き抜こうとしてる連中にナシをつけてくるよ」


 悟は、そそくさと立ち上がった。異能者と通常人との距離が近くなった昨今、自営異能者フリーランスは身近な街の解決屋という側面を持つ。尾根が持ってきたような警察が介入できないトラブルをおさめることも業務内容として成り立つものである。人外の存在や異能犯罪者と戦うことだけがフリーランスの仕事ではない。


「あァん、一条さんってば頼もしくって、ス・テ・キ」


 なぜか頬を赤らめる尾根。その表情は、とても嬉しそうである。


「ところで、一応あんたのところの美容師に、どんな勧誘を受けたのか話を聞いておくことにしよう」


「じゃあ、アタシの車でいっしょに行きましょ。ふたりっきりで狭い車内だと、道中でときめくなにかがおこりそうだわん」


「いや、俺も車だから別々で」


「ああン、残念」


「で、あんたンとこの美容院の名前と場所は?」


「いいわ、教えてあ・げ・る……」


 尾根は悟に、そっと耳打ちした。






 その美容院は悟の自宅の近くにあった。普通の家を半分にぶった切ったほどのちいさな店だ。木造りの洒落た玄関に横長の看板がかかっており、それには流麗な筆記体で“Beauty Salon tun”と書かれていた。


「あ、あなたは……昨日の」


 ツンデレ美容師、篠原しのはら文香ふみかは、昨日ここを訪れたばかりの悟の顔を見て、たいへんに驚いた様子を見せた。尾根が言う、しつこい引き抜きの勧誘にあっている美容師というのは、彼女のことらしい。




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