悟がタジタジ? 愛のツンデレ美容室 5
「そのツンデレって、“サービス”の一環なのではないかしら」
八重子は、なにかを思い出したかのように言った。
「サービス? ツンデレが?」
悟は首を捻った。美容院とツンデレの因果関係がわからぬこの状況で、さらにサービス、などという言葉があらわれた。
「さいきんの美容業界は競争が激しいので、なにかと美容関係以外のサービスを提供しているお店が増えたと、バラエティ番組で言っていたのを思い出しました」
「なるほど」
「例えば代表的なものが子供連れのお客さん用のキッズスペースですが、さいきんでは託児所を併設している美容院があるそうです」
「そりゃすごいな」
「ワンちゃんのトリミングサロンを同時経営しているお店もあるとか。飼い主とペットが同じ日、同じ時間にカットできるものです。時間の短縮にもなりますわね」
「それもすごいな」
「その他にカフェを併設していたり、ネイルサロンを併設していたり、コインランドリーを併設していたり」
「競争が激しいのなら、そういうのも必要なのかもしれねぇな」
「お客さん向けにヘアアレンジの講座を開講しているお店もあるそうです」
「ンなもんまであるのか」
「変わったところでは、美容師の方がアニメキャラの格好をしているお店もあるとか」
「アニメファン向けのコスプレかよ」
「服装から髪型までアニメキャラになりきった美容師さんが、注文を決めきらないお客さんに対して、“それでもお客ですか軟弱者!”と言ったり、髪を洗うときに“お湯でもかぶって反省しなさい!”などと言ったりするそうです。私には、なんの作品の真似ごとなのかわかりませんが、アニメファンの方は喜ぶのでしょう」
「ちょっと……つーか、かなり古いからな、それ」
大学を出たばかりの二十三歳の八重子との間にあるジェネレーションギャップを感じた悟は、カットしたての頭をかいた。年はとりたくないものだ。
「あと、カットし終えたお客さんに“やり遂げたよ最後まで!”と言ったり、格好良くヘアスタイルが決まったお客さんに“さすがです、お客様”と言ったりする制服姿のアニメキャラ美容師さんがテレビに出ていましたわ」
「そっちは、わりと最近のほうだな」
「一条さんが今日お会いした美容師さんも、サービスの一環としてツンデレを演じているのではないでしょうか」
八重子にそう言われ、悟はさっき、あの店から出てきたおじさんの言葉を思い出した。
“この美容院には男が喜ぶサービスがあるんだよ”
“兄ちゃん、一度この店に入ったら、あんたもその“サービス”の虜になるぜ、うっへっへっへ”
あのおじさんは、そんなことを言っていた。さも嬉しそうに……
(つまり、ツンデレな対応を喜ぶ客向けのパーマ屋ってことか)
自室に戻った悟はベッドに寝っ転がりながら、スマートフォンで、さきほどの『美容室 tun』を検索してみた。世間の店を星の数で評価するクチコミ欄がある。そこを開いてみた。
“ここの美容院のツンデレ対応マジで神”
“ツンデレの店員さんが美人。腕も良い”
“客を選ぶ店ですが、ツンデレ好きにはオススメ”
“ツンデレがサービスの美容院。小さいですが立地も良く、カットも丁寧”
客たちの良好な店評価コメントが五つ星とともに並んでいた。そのどれもがツンデレと述べている。八重子が言うとおり、それがサービスであることは間違いないようだ。
(世の中、いろんな商売のやり方があるもんだ)
画面を消したスマートフォンを枕元に置いた悟は意外なツンデレの需要に驚き、そして、そこを狙った商法に感心もした。商魂たくましい人というのは、どこにでもいるものだ。だが考えてみれば自分が身を置く異能業界にも似た面がある。異能者と通常人の距離が近くなったと言われる昨今、悟のような
ちなみに死を装って故郷鹿児島に潜伏中の悟も現在はそんなフリーランスの身だが、
(まァ、とりあえずは髪切って八重子の機嫌もとれたし、よしとするか)
美容業界も生存競争に必死だ、と内心で苦笑した悟は穿いているジーンズのポケットを探った。さきほどもらった名刺が入っている。それを取り出した。
“美容室 tun トータルヘアアドバイザー 篠原文香 Fumika Shinohara”
奇をてらっていないシンプルなデザインの名刺には、そう書いてあった。あのツンデレ美容師の名前である。
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