悟がタジタジ? 愛のツンデレ美容室 4

 

「べ、別に、また来てほしいって言ってるわけじゃないんだからねっ!! これは仕事なんだからねっ!!!」


 今までツンツンとしていた彼女が、なぜか急激にデレた。


「お、おいおいどうした?」


 驚く悟。当然だ。これまで無表情で愛想なしだった女はどこへ行ったのやら。今ふるえている彼女は恥ずかしそうにしながら両手で、この美容院の会員カードを差し出している。


「て、手が、ふ、ふるえているのは、カットで疲れたからなんだからねっ!! 恥ずかしがってるわけじゃないんだからねっ!!!」


「いや、そのわりには顔が赤いんだけど?」


「て、照れてないもん!」


「じゃあ、なんで?」


「あ、暑いだけよ!!」


「いま十一月だけど」


「ち、地球温暖化の影響に違いないんだからっ!」


「でも、そんなに暑いかな?」


「あたしのハートが熱いとか言ってないわよ!!」


「誰も、ンなこたァ言ってねぇぞ」


「う、受け取ってくれるの? くれないの? 男ならはっきりしなさい!!!」


 彼女は両手で会員カードを差し出したままの姿勢で硬直している。ふるえは止まっていたが、こちらを見ないようにするためか腰を前傾させてうつむいている。顔はまだ赤い。なんだか憧れの先輩に体育館裏でラブレターを渡すときの女子高生の格好に似ていた。


(つ、ツンデレかよ)


 悟は驚いた。さっきまではツンツン、今はデレデレ。そんな“ツンデレ美容師”が自宅の近所にいるとは知りもしなかった。


「わ、わかった。もらっとくよ」


 仕方なく悟は、その会員カードを受け取った。名前を書く欄がある。あとで記名すればよいのだろう。


「あ、あ、あ、あと、これを」


 彼女……ツンデレ美容師は、えらく恥ずかしそうに、もう一枚ハガキサイズの紙切れを差し出してきた。それには“お客様カルテ”と書かれており、氏名と携帯番号、住所を書く欄がある。その人の顔型や髪質などを記載する箇所もあるので、おそらく、この美容院で使う顧客管理用のものだと思われる。


「こ、これ、書いてくれれば、予約優先できるし、お得なクーポン届くし、お正月には年賀状も届くんだからねっ!! なによりカットやオーダーにかかる時間が短縮できるんだからねっ!!!」


「そ、そうなの。あー、書いたほうがいいかな?」


「か、書かなければ、カットやオーダーにかかる時間が伸びるから。そ、それとも、あたしと一緒にいる時間が長いほうがいいって言うの!?」


「い、いや、そんなことは」


 ツンデレ美容師のツンデレ攻勢にたじろぐ悟は少々迷ったが……


(まァ、いいか)


 それを受け取り、必要事項を書くために待ち合い用のミニテーブルに着席した。少々、いや、かなり変な女だが、この店は家から一番近いし、カットの腕は良いし、どうせ髪が伸びたら切りに来なければならない。さもなくば、いずれまた、さっきみたいに八重子に怒られる。そうなるよりマシだ。


「名前と住所と携帯番号だけでいいのかな?」


 そこにあったボールペンを取り、訊ねてみると……


「こ、個人情報は厳守するからねっ! あ、あ、あたしだけの……」


「君だけの?」


「あ、あたしだけの、たいせつな情報なんだから、あなたの……」


 彼女は完全にデレモードに入っている。さっきまでのツンツン状態とは違い、ちょっと優しさも感じるが、異様なことに変わりはない。


「じゃあ、これ。俺の名前は一条悟だよ」


 悟は、書き終えたお客様カルテをツンデレ美容師に手渡した。


「じゃあな」


 と、今後こそ店を出ようとしたら……


「待って!」


 また呼び止められた。


「こ、これ、あたしの……名前なんだから……」


 今度は両手で名刺を差し出してきた彼女。顔はまだ赤い。


「あァ、これも、もらっとくよ」


 悟は片手でひょいと受け取り、さっさと帰るため店のドアを開けた。


「一条さん……」


(まだ、なんかあんのかよ)


 そうおもったが顔には出さず振り返ると、彼女は深々と頭を下げていた。


「ありがとうございました、またおこしくださいませ」


 彼女は店員らしく礼を述べた。最後は、まともになったようだ。


「べ、べつに、あなたに感謝してるわけじゃないんだからねっ!! こ、これも仕事なんだからねっ!!!」


 いや、やはり、まともではなかった。彼女は最後までツンデレだった。






「まあまあ、きちんとカットしてきたのですね、お利口ですわ」


 家に帰ると、玄関で出迎えた“メイド”の高島八重子が、にこにこと見てきた。いつもの黒いヴェールと修道服のシスタールックではない。下はくるぶしまでロールアップした細めのテーパードデニム、上はグレーのチェック柄シャツに着替えていた。どうやら掃除の途中だったらしく袖をまくっており、ロングヘアをポニーテールにまとめていた。


「うんうん、かわいい髪型ですわ。もう少し短くしても良いと一瞬思いましたが、今回は合格としましょう」


 カットしたての悟のミディアムヘアを見た八重子は、さっきまでと打って変わって上機嫌だ。よほど、これまでのボサボサ伸び放題が嫌だったのだろう。スポーツ刈りか五分刈りの刑は回避できたようである。


「ご褒美に、晩ごはんには少しくらいお肉を入れてさしあげましょう」


 そして晩飯肉抜きの刑も免れた。髪を切ったことで、とりあえずこの家に平和が戻った。当分は穏やかな日々になるはずだ。


「八重子、俺は今日、一風変わったものを見た」


 悟は八重子に、あの美容院での一部始終を語ることにした。


「変わったもの? なんですの、それは」


「ツンデレ美容師だ」


「つ、ツンデレ……?」


「この髪を切ってくれたパーマ屋の美容師がツンデレだったのだ」


 悟は難しい顔をして腕を組んだ。


「八重子、君もパーマ屋くらいは行くんだろ?」


「ええ、私の髪の長さならば、二、三ヶ月に一度くらいの頻度になるのですが」


「そこにツンデレ美容師はいるか?」


「そんな人はいません」


「だよな、やっぱ普通じゃねぇよな」


「どんな感じのツンデレなのですか?」


「“べ、別に、また来てほしいって言ってるわけじゃないんだからねっ!! これは仕事なんだからねっ!!!”と、言っていた」


「それは典型的なツンデレですわね」


「そういえば君もツンデレなとこがあるな」


「そ、そうでしょうか」


「いや、訂正するよ。君はただ、おっかないだけだ」


「やはり今夜の晩ごはんから、お肉を抜こうかしら」


「すんません、八重子さんは几帳面で優しいお方です」


 しばし、ふたりの間に沈黙……そして数秒後、八重子は、なにかを思い出したかのように、こう言った。


「そのツンデレって、“サービス”の一環なのではないかしら」


 と。




 

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