不思議なパンプキン 狙われた農業ガール 18


 昼から始まったかぼちゃの即売会。菜々子のかぼちゃ“ナナコ”は大賞を獲得しただけあって、やはり今回の品評会に参加した他の農家のものより売れ行きが好調だった。客たちの反応を聞くと、見た目のインパクトはけっこう大きいらしい。普段、市場に出回っているセイヨウカボチャと違い、ニホンカボチャはでこぼこが顕著で、ユニークな形をしている。それでいて、甘味が強くホクホクとしているというのだから興味をひかないわけがない。


 一番繁盛しているうえ、テントの中に入っている他の家族経営の農家たちと違いひとりで参加しているものだから、大勢の客をさばくのには苦労した。だが兼業農家の菜々子は普段、コンビニでアルバイトをしており、忙しい時間のシフトに慣れていたので乗り切った。レジがないので電卓と頭で勘定を計算するのがいつもと違う点だが、クレジットやスマホ決済がない単純な現金取引だけなので、そこはむしろ楽である。


(無事に終わりそうね)


 台上のコンテナに並んでいる残り少ないかぼちゃを見た菜々子は、接客の合間に少しだけ額にかいた汗を手の甲でぬぐった。釣りのお札が足りなくなった場合、会場となっているスーパーのレジで両替してもらう手はずだったが、一万円札を出す客がほとんどいなかったので、どうやら大丈夫だ。なんとかなりそうだった。


(一条さんは、どこに行ったのかしら?)


 客が引き、すこし余裕ができたので、菜々子は悟を探した。昼食は一緒にとったのだが、そのあとから姿が見えない。


(“仕事”が済んだから、いなくなっちゃったのかしら?)


 そう考えると、すこし切なくなった。依頼人の自分を狙っていた蛭田は捕まったのだから、たしかに悟との関係は終わりである。しかし、お礼すらまともに言っていない。この即売会後にまた会えると思っていた。


(でも、何も言わずにいなくなっちゃうものかしら)


 考えてみれば、そうである。きっと、近くにいることだろう。あとから、いつものように飄々とあらわれるに違いない。即売会が終わったら、きちんとお礼を言いたい。無事に大賞を取れたのは、かぼちゃを狙っていた蛭田を警察に引き渡してくれた悟のおかげである。


「あ、いらっしゃいませ」


 また、客が来た。菜々子は、雲に隠れて出ていない太陽に変わって、輝かしい笑顔で挨拶をした。今は、ひとりでこの即売会をのりきることが大事である。






 矢作の足が土の大地を蹴った。激しい出足であるにもかかわらず、土くれが飛ばない。凄まじい速さの証拠である。悟との距離をあっという間に詰めたヤツは右上段のハイキックを放った。ただし、それはフェイクである。悟が上体をかがめてかわすと、即座に二発目の左下段蹴りが飛んできた。ハイアンドローのコンビネーションキックである。


 悟は後方に飛んだ。矢作の左爪先がかすめそうなギリギリのタイミングとなったが、意図的にそうなったわけではない。予測以上に踏み込まれたのである。かなりの速さだ。


 矢作の猛追が始まった。駆け込んできてのキックの連打は、強靭な軸足を支えにしたもので、速さのみならず鋭さも併せ持つ。当たらずとも、即座に二撃、三撃を繰り出すことができる。その都度、軸足と蹴り足を入れ替え、攻撃を上、中、下段、さらに左右に散らしているわけだから、尋常な脚力ではない。


 かわしながら悟は大きく後退した。この場合、矢作のキックのリーチ外に立ち続けることが良手となる。高い木々に囲まれたここは広いので、本来ならば、まとわりつかれないようにするため立ち回るのは難しくない。後背の余裕は常にある。


 しかし、離れても矢作はすぐさま追いついてくる。悟は自分の脚に気を送り込み、脚力を上昇させて退がり続けているのだが間に合わない。あっさりと両者の距離は縮む。


「なぜ、あの光剣ホーシャを抜かないずら?」


 幾度めかの攻防ののち、脚を止めた矢作が訊いてきた。息があがった様子はない。


「牙は最後までとっておくものだろ?」


 返答する悟も、まだ力を出し切ってはいない。余裕がある。


「出し惜しみして負けるパターンずら。逃げ回っても勝てないずら」


「なら、ちょっとは手加減……いや脚加減してくれよ。剣を抜く間もないぜ」


 これまでの動きから察するに矢作は、おそらくQ型の超常能力者であろう。“超迅脚ちょうじんきゃく”とも呼ばれる脚力特化型の異能力で、地上での移動速度、および蹴り技の威力に優れる。さきほどから発揮している敏捷さ、そして蹴りの実力を見ればわかることである。


 矢作が、またもや前進してきた。合わせて大きく後退する悟の足跡は地面に円形を描くようにしている。フィールドの空間をフルに使っているため、後ろの余裕は常に維持している。悟が立ち回りでミスをおかすことはない。


 しかし、それでも相手との距離を置くことは難しい。体の任意箇所の身体能力を瞬時に向上させる悟は多方向性気脈者ブランチだ。彼は脚に気を送り込んでおり、それでスピードを上げている。しかし特化型のQ型である矢作のほうが脚力上昇の限界点は上となる。そのため、あっさりと間合いを詰められる。


 まとわりつく矢作の連続キックは風を切り裂く速さで悟に迫った。上段中段下段、そして左右とランダムに狙いを散らしてくる。このとき、かわす悟がヤツの足先の内側に入らず、一定の距離を保つ理由は膝蹴りを封じるためである。一見、矢作の蹴りはモーションが大きいが、そのことで懐に欠点を抱えているとは考えにくい。インファイト対策も万全のはずである。


 しかし、どんなに速くとも目は慣れる。そして悟が蹴りを見切りだしたとき、矢作は右の正拳を突いた。今まで見せなかった手である。左右からの蹴りの軌道を見せておいて、真正面からストレートパンチを繰り出したのだ。悟の目が蹴りに慣れた今が、タイミングとして絶好だったと言って良い。クリーンヒットすれば矢作の勝ちは決まる。


 悟はフライトジャケットの懐に手を入れた。ショルダーホルスターから抜き打たれた光剣オーバーテイクは持ち手からの気の供給を受け、疑似内的循環により一瞬にして真紅の刃を形成する。それが描く見事な半月形の剣筋は、この世に比肩するものなき速さと精度を誇る。いまや伝説となった剣聖のことを、切っ先で大気中に美しい放物線を表現する、戦いの芸術家アーティストと呼んだ者もいた。


 繰り出した右の腕にオーバーテイクの一撃を喰らった矢作の体が吹っ飛んだ。悟は、これを狙っていたのである。蹴りをかわし続ければ、それを見慣れた頃合いに必ず温存していた拳が飛んでくると踏んでいたのだ。矢作の蹴りの形がテコンドーやカポエイラのような足技主体の格闘技のものではなく、空手を基礎としたものであることから、そう見抜いていた。


 鮮烈なカウンターアタックを右腕に受けた矢作の体は、十数メートルも宙を舞った。悟の剣は抜き打った右手に気を込めたもので、その威力は絶大である。脚力勝負ならば特化型の矢作に分があるが、腕力はブランチ能力を持つ悟のほうが上をいく。


「アンタ、やはりおいらが見込んだ男ずら」


 矢作は無傷の左腕で受け身を取り、素早く立ち上がった。


「“引き出しの中身を引き出す”ってのはホネが折れるぜ」


 悟はオーバーテイクを右手に苦笑した。雲の多い晴れ空の下であり、太陽がのぞかぬため、木々に囲まれたこの戦場は薄暗い。そのせいか、グリップから発現している光刃がやけに重く輝いている。それは剣聖と呼ばれたころの彼が流してきた血の色に似ていた。


「相手が強ければ強いほど、おいらは燃えるずら」


 また特攻を仕掛ける気か、正対し右足を引いた矢作。ヤツが装着している手甲と足甲は、異能力をもってしても破壊できない特殊合金ネオダイヤモンド製のものであろう。悟の剛剣すら防ぐ硬度を誇る。


 十数歩の間合いから、両者同時に踏み込んだ。今度は悟も前に出る。近接し、片手でオーバーテイクを右上段から振りおろした。矢作はそれを左腕で受け止める。ヤツがネオダイヤモンド製の防具を用意した理由は、悟の剣と打ち合うためでもあったろう。拳で鍔迫り合いに持ち込むことができるからだ。


 悟の剣を左腕でガードした矢作は左の前蹴りを放った。悟はこれに反応し、一歩飛び退く。さらに踏み込んできた矢作は膝を狙った右のローキック、脇腹狙いの左のミドルキック、足をすくうための水面蹴り、そこから左右の細かいキックを散らしてきた。悟は、そのすべてを後退するだけでかわした。


 矢作のキックにさきほどまでのキレがない。悟の一撃を喰らった右腕が折れているのだろう。足技に長けたQ型の超常能力者であっても、上体でバランスを取ることは他者と変わりない。片腕が動かないというのは、キック主体の戦闘者にとって致命的な事態である。


 間隙を縫って、悟はオーバーテイクを上段から振った。ダメージを受けているほうの右腕でガードした矢作は、その衝撃と、それに伴う痛みからか苦悶の表情をし、両手を地につけた。普通ならば反撃に転ずることが困難な低い体勢となっている。


 だが次の瞬間、矢作の肉体がバネのように宙を踊った。地につけた両手を支点として側転したのである。ヤツの足は腕の長さを加えた分だけ高々と舞い、トリッキーな軌道を描いて悟の頭上を襲った。



 

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