不思議なパンプキン 狙われた農業ガール 17
試食会で菜々子のかぼちゃ“ナナコ”が獲得した点数は合計二十四点。つまり、八人の審査員すべてが満点の三をつけたことになる。ぶっちぎりの一位で大賞獲得となった。セイヨウカボチャの味と食感を持つニホンカボチャ、という不思議なかぼちゃは、もちろん話題を呼ぶことができる特異な存在であるが、圧倒的な甘味を持ち、単純に農作物としての完成度も極めて高いと評価された。
表彰式は試食会後、すぐにおこなわれた。農栄組合の男性職員の司会によるもので、審査員として招かれた著名人たちのスピーチなどはない簡略化された表彰式だったが、菜々子の手には大賞を証明する賞状が手渡された。これで野菜の特許とも言える育成者権取得へぐっと近づいたことになる。さらに農栄組合からの補助を受けることができるようになるため、菜々子の農業が少し楽になってゆくことだろう。
昼食を挟んで、一時より品評会の午後の部が始まった。会場となっているスーパー『ノーエーマート与次郎店』の大型駐車場を利用したかぼちゃの展示即売会である。店舗の壁面に沿うようにして横長に設置されたテントの中で、出場した十二組の農家たちが今回の品評会に持ち込んだかぼちゃを売りに出している。
はじめは静かな客足だったが、次第に人たちが集まってきた。開始三十分ほどたつと、けっこうな客の数となり、品評会を戦い抜いたかぼちゃたちを求める大勢の声で賑わった。空は晴れていても雲多く日がささず、風が涼やかなせいで屋外の居心地が良いため、快適な即売会となっている。
そんな中、やはり一番の人気は大賞をとった菜々子のかぼちゃだった。セイヨウカボチャの甘味とホクホクとした食感を持つニホンカボチャは“ナナコ”という。幾度も交配を重ね生み出した菜々子の父親が娘の名をつけた不思議なかぼちゃの前には大勢の人だかりができていた。ほぼ球形のセイヨウカボチャと異なり、でこぼこがはっきりしているニホンカボチャは市場になかなか出回らないため珍しいのだろう。
混雑している中、店頭に立つオーバーオール姿の菜々子は忙しそうにしながらも大勢の客たちを上手にさばいているように見える。普段はコンビニでアルバイトをしているそうなので、接客はお手の物といったところだろうか。兼業農家のたくましさ、というのはこういうときに発揮されるらしい。“ナナコ”を袋に詰め、客たちから勘定を受け取り、日焼けしたまぶしい笑顔をそえて釣り銭を渡している。
(どうやら、俺の“仕事”は終わりだな)
一条悟は、そんな菜々子のようすを大型駐車場の真ん中あたりから遠目に見ていた。蛭田は警察に捕まった。もう彼女を狙うものはない。
ここ数年、蛭田は本業としているアパート、駐車場経営がうまくいっていなかった。そのため、利益を生みそうな菜々子のかぼちゃに目をつけた。その他、違法なことをいくつかしていたらしく御用となった。また先日、菜々子を誘拐しようとしていた二人組が乗っていたワンボックスは薩国警備を通して警察に引き渡したが、そこから足がつき、蛭田が雇っていた数人の手下の存在があきらかとなっている。その連中もじきに捕まるはずだ。
(まァ、ここから先は君次第だ。がんばれよ、菜々子さん)
一生懸命にかぼちゃを売りさばいている菜々子に心の中でエールをおくると、悟は歩いて大型駐車場を出た……
人も車も多い通りに出ると、どことなく潮を含んだ風が体に感じられる。
歩道を東のほうへと進んだ。錦江湾に近づくにつれ歩く人の姿は見えなくなるが、車はいまだ多い。海に突き当たった悟は堤防に沿うようにして、歩道を南下した。左手に青く映える桜島が見える。今日は噴火しているが上空の風が
海を眺めながら十分ほど歩いた悟は右手の横断歩道を渡り、その先の緑地帯に入った。高い木々に囲まれており、道路からは死角になっている。
「桜島を拝みながらの散歩、ってのも悪かねェだろ?」
悟は振り返った。視線の先に、先日蛭田にくっついていた運転手、矢作の姿があった。
「気づいていたずらか?」
訛り男……矢作の口調は、やはり訛っている。風采の上がらない男だが、その蹴りの凄まじさは悟に剣を抜かせたほどのものだった。
「おいおい、殺気を隠す気なんざなかったろ」
悟は試食会が終わったころから、ずっとヤツの存在を後背に感じていた。まるで気づいてほしい、と言わんばかりの殺気を放っていた。
「アンタに決闘を申し込むずら」
矢作はジャンパーを脱ぎ捨てた。半袖ポロシャツから露出する逞しい両の腕に、肘まで覆う長さの手甲をつけている。戦う気満々のようだ。
「あんたは雇い主の蛭田からクビにされたって聞いたぜ。その蛭田はさっき捕まった。俺らが戦う理由があるのかね?」
「あの男は、おいらが仕えるに値しない小物だったずら」
矢作は、穿いているスラックスの裾を少し上げた。その中のすねの部分は足甲に覆われている。靴も戦闘用の頑丈なものだろう。武器を隠す気はない、という意思表示だ。正々堂々とした決闘を望んでいるようだ。
「アンタとおいらが出会ったのは、いわば運命ずら」
「運命?」
「おいらは強いやつを見ると燃えるずら」
「そんなたいした腕じゃねぇさ。買いかぶり過ぎじゃないのかい?」
「こないだ、おいらの蹴りをガードしたあの
矢作はスラックスのベルトにくくりつけているポーチから一組の
「仕事抜きの果たし合いを申し込むずら、アンタみたいな強いやつと戦うことがおいらの生きがいずら」
手袋をした矢作の訛り口調は穏やかだった。が、目には闘志がある。異能者は自分を磨くため強い者を求める本能がある。古代より戦いに明け暮れてきた彼ら、という生き物の遺伝子には暴力と殺戮をかなえることで充足する血塗られた欲望が刻み込まれている。
「因果な習性だな、それがあんたの満足につながるのか?」
「アンタもそうずら」
かがんで靴紐をきつく締めなおした矢作は言った。
「アンタは堅気のフリーランスのようずら。だが、アンタの剣には、まともじゃない生き方をしてきたやつ特有のイカれ具合があるずら。よくも悪くも邪道の剣ずら。おいらのようなアウトローには、ひと目見ただけでわかるずら」
「褒めてんのかけなしてんのかわからねぇな」
「アンタはおいらと同類ずら。戦うことにしか生きがいを見いだせない男ずら。流血の中にだけ、自分の存在意義を感じることができる男ずら」
かつて剣聖スピーディア・リズナーの本質は好戦的であると評されたものだった。世界を股にかけ、異能犯罪者や人外の存在をその手にかけてきた彼は、異能業界のスーパースターであると同時に殺し屋とも呼ばれた。悟自身、それを否定はしなかった。
「おいらも、強いやつと戦うことに喜びを見いだす人間ずら。アンタと同じずら」
矢作は、あのときのほんの一瞬、悟の剣を見ただけで、その血に染まった本質を感じとったのである。それもまた、異能者の本能……
「そうかもな」
そして、そう答える悟は痛いほどに、それをわかっていた。むかしの自分もそうだった。より強い者との対決をのぞみ、勝ち続け、やがて剣聖の座へとのぼりつめた。少年少女たちの憧れの存在となり、同業者から追われる立場となったあとは、同じく強さを求めるあまたの挑戦者たちを退けてきた。だから知っている。望まれた戦いを拒むことの無慈悲を……
一瞬の静寂……そののち、先に動いたのは矢作。土の地面を駆け、凄まじい速さで悟に接近したヤツの猛襲は、むしろ猛蹴と呼ぶにふさわしいものだった。ハイアンドローのコンビネーションキックである。
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