不思議なパンプキン 狙われた農業ガール 16

 

 午前九時からはじまった“かごしまかぼちゃアワード”という名の品評会。鹿児島県内の著名人による試食会が午前の部だが、採点形式であるため、ここで結果が決まる。出場する農家は菜々子を含め十二組。この中で大賞をとった者は、農栄組合の補助を受けられるようになり、野菜の特許とも言える育成者権の取得が内定するという。どこの農家も、それを狙っているはずだ。育成者権出願にかかる諸費用も農栄組合持ちとなるそうで、品評会に勝てば、なにかと農家経営に有利なことが多くなる。


 審査員となるのは藤代隆信や神宮寺平太郎ら著名人を含めた八人。彼らは試食したかぼちゃのうち、特に良いと思われる物の上位三種に点数をつける。一位は三点、二位は二点、三位は一点。最終的に獲得した点数が最も多かったかぼちゃが大賞となる。表彰式のあと午後から大型駐車場でおこなわれる即売会には全農家が出店する予定だ。


 会場となっている『ノーエーマート与次郎店』二階の会議室上座に連結された長机に着席している審査員たちは、次々と皿にのせられ運ばれてきた茹でかぼちゃを食い、口頭で一言二言の当たり障りのない評価を与えた。こういう品評会ではありがちなことだが、和やかな場の空気というものがあるので、試食の時点では他者との比較や手厳しい論評が飛び交うことはなかった。ローカルテレビ局のカメラや地方紙の記者も入っている。






「これは、なにかね?」


 だが、そんなユルいムードを一転、凍りつかせる刺々しい声があがった。審査員の一人、大河内おおこうち大作だいさくだ。当選七回を誇るベテランの市議会議員である。丁寧にととのえたオールバックと黒縁眼鏡が特徴で、普段はスーツ姿で公衆の面前に出ることが多い。だが今日はカジュアルなジャケット姿でノーネクタイだ。


「かぼちゃです」


 審査員席を前に起立している菜々子は答えた。出場している農家の中で九番目に彼女の順番がまわってきた。


「それはわかっているが、これはニホンカボチャではないのかね?」


 大河内の目の前の机上には皿に盛られた角切りのかぼちゃが三きれあった。そして、審査員席の右前の特設台には生の状態の、やけにでこぼこがはっきりとしたかぼちゃが置かれている。菜々子の父が“ナナコ”と命名したそのかぼちゃは塩茹でしただけで審査員たちに出されているが、それがこの試食会のルールだった。どの農家も同じ塩茹でのかぼちゃを出している。無駄に手を加えないことは公平であり、なによりもっとも素材の味がわかるからだ。


「はい」


 菜々子が返事をすると……


「わっはっはっはっはっは」


 大河内は席にふんぞり返って偉そうに高笑いをした。


「これだから右も左もわからぬお嬢さんは困るのだ。いいかね? 我々現代の日本人が好むのは甘みが強く、ホクホクとした食感が特徴のセイヨウカボチャなのだよ。それなのに水っぽくて甘みのないニホンカボチャで品評会に出ようなどとは笑止千万だ。勝つために奇をてらうつもりだったのかね?」


 食べてもいないのに大河内は酷評した。六十代の彼は農栄組合と繋がりが深い経商連……日本経済商業連合会の上層部とズブズブの関係にあると言われる。こういう場にいてもおかしくはない。


「国際的な経済協定が結ばれたこの時代、日本の農業は変革期にきている。今こそ全国の農家は立ち上がるべきであり、もちろん君のような若い力は貴重だ。だが、味わいで劣るニホンカボチャを品評会に出すとはね」


 日本の農業を憂慮するかのような大河内のセリフ。だが、口調は軽い。菜々子のような小規模農家を小馬鹿にしたフシがある。


「わたし食レポとかで、いろんなお店のかぼちゃ料理を食べたんですけど、使われていたのは全部セイヨウカボチャでした」


 審査員席の末席に座っている若くて可愛い女が言った。豊村とよむら萌香もえかという名で、地タレ……つまりローカルタレントである。鹿児島のローカルテレビ番組でよく目にする地元の有名人だ。彼女もまた審査員として名を連ねている。


 菜々子は、ただ立ちすくみ困ったような顔をした。会議室の周囲を取り囲むようにして立っている大勢の他の農家の者たちから好奇の目を向けられている。ひとりでこの場に立っていることはつらいだろう。ほとんどの農家は家族経営で、複数人で参加している。かぼちゃの出来を競い合うライバルたちとは同じ立場のはずだが、心理的にはアウェーなのかもしれない。


「この場に水っぽいニホンカボチャを出す者がいようとは思わなかったよ。いやいや、煮崩れしてないだけマシかもしれないがね」


 大河内はさらに笑いながら、目の前の皿を指さした。たしかに菜々子が持ってきた“ナナコ”は切り分けられたときの扇形を保っていた。ニホンカボチャとは煮崩れしやすいものである。


「食ってみなければ、わかりますまい」


 渋い声で答えたのは、審査員席の右から四番目に座っている隆信だ。


「そうじゃのう、食わなきゃわからんものじゃ」


 その隣、左から四番目に座っている平太郎が箸をとった。このふたりの老人が八人の審査員の真ん中をしめていることから、偉大さがわかる。


「まあ、それもそうですな。食べてみましょうか」


 大河内は、ひとつ鼻で笑いながら、菜々子が作った不思議なかぼちゃに箸をつけた……






「な、な、な、な、なんだ、これは……」


 菜々子のかぼちゃを食べた大河内の目が驚愕に見開かれた。


「あ、甘い! このかぼちゃ、まるで極上のさつまいもみたいに甘いわ!」


 萌香のかわいい目はまん丸くなっている。こちらも驚きの表情だ。ちなみに隆信、平太郎、大河内、萌香の他にも農栄組合の理事が四名、今回の審査に加わっているが、彼らも驚きを隠せないようすだ。


「い、いや、甘いだけではない! この食感、まるでセイヨウカボチャのようにホクホクとしているではないか!」


 大河内は“ばんっ”と机を叩き、立ち上がった。


「ど、ど、ど、ど、どういうことだ? これはニホンカボチャのはずだ。こんなに甘くホクホクとしているはずがない! まさか、調理中にセイヨウカボチャとすり替えたのではあるまいな?」


 と、失礼にも疑う大河内に対し、十人ほどいる運営スタッフの男女がいっせいに“ちゃうちゃう”と手を振った。彼らは、この部屋に設置されたガスコンロで菜々子が調理する姿をきちんと見ている。だから“んなことはねーよ”と否定しているのだ。


「お嬢さん……」


 出場者もスタッフも騒然としている場の中、穏やかに平太郎が訊いた。


「これは、どういうかぼちゃなのかの? わしも趣味で土いじりをする身なので知っておるのじゃが、ニホンカボチャとは味も食感も異なるようじゃ」


「これは、セイヨウカボチャの味と食感を持つニホンカボチャなんです」


 菜々子は、生の状態の“ナナコ”を一個手に取り、答えた。


「ば、馬鹿な……! そんなものがこの世に存在するわけがない! セイヨウカボチャとニホンカボチャは見た目も中身もまったくの別物だ! 甘くてホクホクとしているのはセイヨウカボチャのほうなのだ!」


 いまだ信じられないらしく、大河内がなおも食い下がる。


「亡くなった父が学校の先生だったとき、ある教え子さんから受けた質問が、このかぼちゃの開発のヒントになったそうです」


「ほう、どんな質問だったのじゃ?」


 平太郎の、サングラスをのっけた禿げた頭がキラリと光った。室内の電気を反射しただけのことなのだが、それがなんとなく興味を示したかのように見えてしまうのは単なる気のせいにすぎない。


「“なぜニホンカボチャとセイヨウカボチャは同じかぼちゃなのに味も食感も異なるのか”という質問だったそうです。それがヒントになり、父は何年にもわたり交配実験をかさね、このかぼちゃを作りました」


 新しいものが生み出されるとき、なにげないひとことがヒントとなるものである。かの発明王エジソンも“最初のひらめき”が大事と語っていた。


「ゴツゴツとした見た目はニホンカボチャですが、中身はセイヨウカボチャのものです。味も、そして食感も」


 父親が“ナナコ”と名づけたその不思議なかぼちゃを大事そうに撫でながら、菜々子はなおも説明を続けた。場の空気はいま、これまでのユルいものから緊張感のあるものに変わっており、会議室内はいかにも競争ごとらしいピリッとしたムードに包まれている。審査員たちは真剣に皿の上のナナコを見つめ、そして他の農家たちはむき出しのライバル心を隠そうともせず、菜々子をにらみつけた。それで良いのだ。生半可な環境では良い品評会にはならない。これはあくまでも農家同士の血で血を洗う死闘なのである。


「良い父親だったらしいのう」


「はい、とっても」


 平太郎に対し、誇らしげに答えた菜々子の頬に涙がひとすじ。それはかぼちゃが認められたことゆえの感涙か? いや、天国の父を思う追慕の涙か? 当人のみぞ知ることである。


「これ見た目だけじゃなく味も凄いですわ。こんな甘いかぼちゃは、これまで食べたことがありません。砂糖をくわえなくてもスイーツになりそうな味です。そして口の中でほぐれるような食感は、まるで栗のよう。食物繊維豊富な野菜にありがちな筋っぽさがなくて、舌の上で優しくほぐれていく感じなんです」


 興奮したようすの萌香が言った。さすが食レポをよくするだけあってコメントがテレビの人っぽい。同席している他の組合理事たちも、その不思議なかぼちゃに感嘆のまなざしを向けていた。


 “かちゃり”


 という硬い音がした。審査員席の中央にいる隆信が机上に箸を置いたのだ。鹿児島最高の実力者のいかめしい仕草に会場の皆が恐怖した。まさか口に合わなかったのか? もし、この老人の機嫌を損ねるようなことがあれば大事である。誰もが、その権力をおそれ、そして媚びへつらうのだ。


「既成の概念にとらわれず、常に新しい物を生み出そうとする心は大事ですな。このかぼちゃは、そういう信念に基づいて作られた物なのでしょう。ならば褒めるところしかありますまい」


 その隆信の言を聞き、緊張していた菜々子の顔がほころんだ。見ると隆信の皿はカラになっている。審査員中最高齢の彼がまっさきに完食しているではないか。この老人は八十をこえても食欲旺盛である。脚以外に悪い箇所はひとつもないというかかりつけ医の診断は正しいらしい。


「私は一介の職人から成り上がった身だが、常に想像と創造の心を忘れなかった若き頃の気構えと反骨心だけは今でも大切にしているものです」


 会場を圧する隆信の渋い声には言いしれぬ重みがあった。若き日の彼は武器職人だった。まだ日本では珍しかったスーパーコンピュータをアメリカから輸入し、それを武器製作に活用した。“長年の経験とカンこそが命”と言った古いタイプの同業職人たちからはずいぶんと批判されたという。


「味も良いが、形が既存のものと異なる、というのも面白いですな」


 そして、そう語る隆信がかつて作った武器は高性能を誇ると同時に、美しいエクステリアを持つことでも知られた。薩摩切子をモチーフにしたといわれる装飾を与えられた隆信社長時代の藤代アームズ製武器は見た目にこだわる世界中の一部異能者たちから支持されたのである。内面も外見も理解を得る性質は、このかぼちゃとの共通点と言えようか。


「すこし変わった物を作る、という発想を持つことは勇気を必要とするものだ。それをなしとげたことは称賛に値する」


 若かりしころの躍進を経て、藤代グループ会長となった今では薩摩の怪物と呼ばれる立場となり、言動ひとつで多くの人間の行く末を左右する存在にのぼりつめた隆信だが、いわゆる職人魂というものに対する理解は持ち続けているのだろう。業界の異端児、と呼ばれた過去を持つからこそ、この不思議なかぼちゃの良さがわかるのかもしれない。


「“ゆにーく”なところがまた良いのう。ニホンカボチャの形はゴツゴツとしていて愛嬌があるので見た目の“いんぱくと”は抜群じや。それでありながら味も最高というのならケチのつけようはない。ベーコンと炒めると酒のつまみになりそうじゃ」


 平太郎もかぼちゃを完食した。この爺さんは酒と女をこよなく愛する。


「あ、ありがとうございます!」


 大物ふたりの賛辞を受け、菜々子は深々と頭を下げた。そして、それを見た他の農家はうなだれた。どうやら皆が敗北を予感したようだ。鹿児島でもっとも名高き薩摩の怪物と好爺老師からの高評価が得られた以上、すでに勝敗は決したようなものである。


「お嬢さん」


 平太郎が話しはじめたころから黙りこくっていた大河内が立ち上がった。


「数々の非礼、お許し願いたい。ニホンカボチャはセイヨウカボチャと比べて味が劣るもの、と決めつけていた私は浅はかな知識に凝り固まった単なる表六玉だったらしい」


 市議として当選七回を誇る大河内が頭を下げた。隆信や平太郎ほどではないが、こちらも鹿児島の大物ではある。それが弱小農家の小娘たる菜々子に詫びたのだ。


「藤代会長と老師様の言葉で目が覚めた思いであります。食す前から美味しくないと決めつけ、失礼なことを言ってしまった私は井の中の蛙、夜郎自大、日に吠える蜀犬……」


「い、いえいえ、そんな」


 自分を卑下する大河内に対し、恐縮したようすの菜々子は何度も手を振った。


「思えば、このかぼちゃを作り上げたあなたのお父様の柔軟な発想は良い市政と共通する面もありますな。市政もまた、既成概念にとらわれず常に変革すべきもの。このかぼちゃから私は地方政治のなんたるかを教えられた気がするものです」


「い、いえいえ、そんなたいしたものでは」


(どうやら、決まったかな)


 会議室の端で菜々子と大河内のやりとりを見ていた悟は今回の試食会の好結果を予感した。勝負ごとの結果を左右する空気、というものがある。何百何千と修羅場をくぐってきたせいか、そういうものを感じ取るカンが働いたのだった。





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