不思議なパンプキン 狙われた農業ガール 15
「僕は小学生のとき、野々村先生……つまり君のお父さんに学校で質問した。“なぜセイヨウカボチャとニホンカボチャは同じかぼちゃなのに味も形も食感も違うのか?”と」
誰も来る気配がない開店前のスーパーの女子トイレで蛭田は菜々子に言った。なんと、父があのかぼちゃを作るきっかけとなった質問をした児童とは彼……子供のころの蛭田だった、ということになる。
「野々村先生は、それについて答えてはくれなかった。いいや、答えられる類の質問ではなかったということは、大人になった今ではわかる。君も知ってのとおり、セイヨウカボチャとニホンカボチャは種としては別物で特性も異なる」
「そ、その話は、あたしも聞いています。生前の父は、その教え子さんの質問に答えられなかったと自分で言っていました」
「その質問が、例のかぼちゃを作るきっかけになった、というのは?」
「それも知っています」
「では、その続きを聞いているかね?」
「続き?」
菜々子は首をかしげた。父から聞いた話はそこまでだった。続き、というものがあったとは知らないし、聞いてもいない。
「僕は君のお父さんにこう言ったのだ。“ニホンカボチャの見た目を持つセイヨウカボチャを作れるか?”ってね」
つまり、それこそが父が残したかぼちゃである。たしかに、その児童の質問と発言がヒント……きっかけになったと言えるだろうか。
「野々村先生は“定年になったら作ってみようかな”と言っていた。そしてもうひとつ、僕とある約束をした」
「約束?」
「もし、そのかぼちゃが出来たら、発案者たる僕に交配法を教えてくれる、というものだ」
蛭田が言うその約束のことは菜々子は知らなかった。
「あ、あたしは、そんな話は聞いてません」
だから慌てて抗弁した。父は、かぼちゃのことは交配法や今後の取り扱いのことなど全てを娘の自分に託して亡くなった。
「まあ、僕の話を聞きたまえ。いくらなんでも、これは昔の話だし、子供だった僕に対して本気で言ったわけでもないだろう。だから、そのことを盾にとって交配法を教えろなどとは言わないよ」
蛭田は茶色に染めたサラサラヘアーをかきあげながら話を続けた。
「だがね菜々子君。それでも約束は約束だ。実際、僕の質問がなければ、あのかぼちゃは生まれなかったかもしれないのも事実だ」
そう言われ、菜々子は困ってしまった。たしかに父が自分にかぼちゃの全てを任せたことは事実だ。しかし、それ以前に約束をした者がいた。それが目の前にいる蛭田……少年だったころの蛭田だった、ということになる。
「あ、あたしに、どうしろって言うんですか?」
「僕と組もうじゃないか」
蛭田は菜々子に、そう持ちかけた。
「今日の品評会には出ても構わない。賞を取れるかどうかはわからないが、結果に関係なく僕と組まないかね? 青年実業家の僕は顔が広いから、販売ルートを確保してあげるし、あのかぼちゃのPRもできる」
「あ、あたしは」
菜々子は蛭田の言動に恐怖した。この男の評判がよくないことは聞き知っていた。しかも自分を誘拐しようとしたのだ。だから正直、関わりあいになりたくはない。
「俺と組め」
蛭田の目つきが鋭いものに変わった。口調も。
「あのかぼちゃは莫大な利益を生む。ただし、作るだけではダメだ。売ることが大事だ。俺のように仕事がデキる男がいれば、億単位の金が手に入る」
蛭田は菜々子の肩に強く手をかけた。
「痛い……離して!」
女子トイレの壁に背中を押し付けられた菜々子は振りほどこうとした。だが蛭田の力は存外に強く、無駄な抵抗となった。
「俺と、組め……!」
蛭田は、もう一度言った。
「あのかぼちゃは俺がいたからこそ生まれたんだ。だから俺にも利益を享受する資格がある」
「はい、そこまで」
入り口から明るい声がした。それは菜々子を安心させるものだ。
「一条さん!」
安堵の息が菜々子から漏れた。悟が、そこにいてくれたのである。
「ここは女子トイレだぜ。野郎が入っていいもんじゃねぇな」
「僕は彼女にビジネスパートナーにならないか、と誘っているだけさ」
悟があらわれても、蛭田に動じる気配はない。
「菜々子を誘拐しようとしておいて、それはないぜ」
「誘拐? 証拠はあるのかね」
「それなら、あんたが菜々子の父親に例のかぼちゃのヒントを与えた児童だった、って証拠もねぇな」
「そこをつかれると痛いが、あいにく本当だよ」
「たしかに三十数年前、菜々子の父親は国分にある小学校にいた。あんたの実家が、その校区内にあったのは本当だ」
「そうだろう。野々村先生は僕の担任だった」
「ちょいとある筋に調べさせたのさ。なぜ、あんたが市場に出回っていない菜々子のかぼちゃのことを知っていて、そしてなぜ、そのかぼちゃにこだわったのか」
菜々子の父親と蛭田が同じ小学校にいたという事実から、なんらかの点と線を感じた悟は薩国警備の畑野茜に裏を取らせたのである。
「そうしたらわかったよ。菜々子の親父さんにかぼちゃの件で質問をしたのは“女子児童”だった。あんたじゃない」
つまり蛭田は嘘をついていた、ということになる。
「菜々子の親父さんは、ある女子児童の発言がきっかけで、定年後はかぼちゃ作りをしたいと言っていたそうだ。数人の学校関係者から証言がとれている」
複数の証言である以上、間違いはない。
「ちなみに、数ヶ月前に同窓会があったらしいな。そこで生前の菜々子の父親が不思議なかぼちゃ作りにはげんでいたこと、そして娘の菜々子があとを継いだことをあんたは知った。それが金になると考えたあんたは菜々子の家をつきとめた。そこから一連の騒ぎさ」
蛭田は菜々子に対し、かぼちゃの交配法を渡せ、と持ちかけた。そのあと言うことをきかなかった菜々子を二度に渡りさらおうとした。一度目は偶然その場を通った薩国警備の鵜飼丈雄らが阻止し、二度目は先日、悟が阻止した。
「ちなみに、その女子児童は数年前に病気で亡くなっていたらしいな。本人がこの世にいないわけだから、あんたがそれになりすまそうと考えたのもわかる。あと、菜々子の父親が女子児童にかぼちゃの交配法を渡す、と言った事実は確認が取れなかった。あんたのでっちあげかもしれないが、どのみち真相は不明だ」
観念したか蛭田は何も言わない。すると、悟の後ろからジャンパーを着た男たちが四人、入ってきた。鵜飼が手配してくれた刑事たちである。蛭田の罪状としては誘拐幇助の他、本職の事業でいくつか違法なことをしていたようだ。よって御用となる。
「あんたが最初から菜々子に対し、自分がその児童だと名乗らず、誘拐という強硬手段に出た理由だが、嘘がバレる可能性を考慮したのか? それとも交渉の最後のカードとしてとっておいたのか?」
悟は刑事たちに両脇を抱えられた蛭田に訊いた。
「両方外れだ。その女子児童が亡くなったことを知ったのは一昨日のことだった。彼女は同窓会を都合で欠席したのだと思っていたのさ」
蛭田は答えた。それで彼は、その女子児童になりすますことを思いついたわけである。
「もうひとつ、あの矢作って男はどうした?」
悟は先日、自分に対し凄まじい蹴りを放ったあの訛り男のことを訊ねた。
「あいつは鈍臭くて使えないからクビにしたよ」
答える蛭田は、あっけらかんとしたものである。
「そうか、あんた人を見る目がないんだな」
悟が言うと、刑事たちが蛭田を連行していった。
「大丈夫? 菜々子さん」
悟は、女子トイレの隅で放心状態といった感じの菜々子に目を向けた。
「び、びっくりしました。もし蛭田さんの言うことが本当だったなら、かぼちゃの交配法を教えないといけなかったんでしょうか?」
菜々子は人がよいのだろう。本気で言っているようだ。そういう所を蛭田につけこまれそうになったわけである。
「君の親父さんは君にかぼちゃを託したのさ。それは紛れもない事実だろ」
「はい」
「それより品評会がはじまるぜ、急ごう」
悟が菜々子に促すと
「おーい坊主、なんか物騒なことがあったようじゃのう」
騒動を聞きつけたのか、今日の品評会で審査員をつとめる神宮寺平太郎がやってきた。年のわりに耳のよい老人である。
「おい爺さん、ここは女子トイレだぜ」
悟は言った。
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