不思議なパンプキン 狙われた農業ガール 13

 

「人質が乗ってる車を安全に止める方法を知ってるか? 運転手を追ッ払うことさ」 


 悟は、スライドドアが開いたワンボックスの床で菜々子を後ろから拘束しているスキンヘッドに対し言った。


「こ、こいつだ! こいつがさっきから屋根を叩いてたんだ!」


 ワンボックスの屋根にとりついていた悟の手により、運転席から引きずり出されたアフロヘアが叫んだ。


「ご名答。俺は身軽がモットーでね」


 菜々子がさらわれたのを察知した悟は、素早く家の塀を飛び越え、ワンボックスの屋根にのぼったわけである。連中に気づかれぬよう音ひとつたてず、それを成し遂げるのだから、さすがの身のこなしだ。


「てめえ、ただもんじゃねえな」


 アフロヘアがジャンパーの懐から折りたたみ式のナイフを取り出した。ここは人通りの少ない道で対向車がくる気配はない。二百メートルほど向こうが住宅地になっている。立ち位置としては路上駐車しているワンボックスのスライドドアの前に立つ悟。その一メートル背後は土手。ナイフを光らせるアフロヘアが悟の左手……つまりワンボックスの左前方。菜々子を拘束しているスキンヘッドは車内ということになる。


 アフロヘアがナイフの刃を出し、直後に突き入れてきた。刃渡りは十センチに満たない短いものだが狭いスペースでは有効な武器となる。悟の首を狙った。


「おや?」


 しかし狙った先に何者もなかったためアフロヘアは手を伸ばした空振りの姿勢のまま首をかしげた。コンマ数秒後……


「あっ、てめえ!」


 アフロヘアは憤慨した。跳躍した悟は華麗に片足で着地したのである。“アフロヘア”の上に……


「“そこ”から降りやがれ!」


 自慢の“アフロヘア”を踏まれたアフロヘアは右手のナイフを自分の頭上に踊らせた。


「ぬああアッ……! 俺のアフロがあ!!」


 狙いをあやまった刃先が切った髪が大量に地面に落ちた。きちんと整髪した“アフロヘア”は、けっこう高さがあるものだ。自滅である。


「“アフロ”バチックにキマったぜ」


 一方、アフロヘアの頭上からいつの間にかワンボックスの後方に着地していた悟にはオヤジギャグを言う余裕がある。人の頭に乗るというのは相当なバランス感覚を必要とするが、この男ならば簡単にやってのける。


 ナイフ片手にアフロヘアが突進してきた。“アフロヘアの仇”と言わんばかりに。そして縦横に繰り出される刃先を三度避けた悟はヤツの手首を取り、ナイフを奪い取った。そのまま横一閃……


「ひええええっ」


 恐れおののいた様子のアフロヘアが腰を抜かして尻もちをついた。もともと天をつく形だったその“アフロヘア”は悟の正確なナイフさばきにより、上部が真ッ平に切られている。


「しまった、おまえの首を狙ったつもりなんだが、手もとが狂っちまったぜ」


 悟はナイフを右手でくるくると回しながら、なおも余裕の顔。カッコ良くキメるあたり、さすがである。


「ちきしょう!」


 さっきまで菜々子を取り押さえていたスキンヘッドが、いかつい体を運転席に滑り込ませ、発進しようとした。


「げっ」


 しかし素早く運転席側にまわってドアを開けた悟に首根っこをつかまれ、スキンヘッドは外に放り出された。


「ダメダメ、仲間を見捨てて行っちゃあ」


 悟は外から手を伸ばし、スタータースイッチを押して、ワンボックスのエンジンを止めた。道路に尻もちをついた姿勢のスキンヘッドとアフロヘアは呆然としている。


「帰って、おまえらのボスに伝えろ。俺の“彼女”に手を出すな、ってな」


 そして悟は、ワンボックスのスマートキーを左手にぶら下げていた。


「あーっ! てめえ、いつの間に?」


 それを奪われたことに気づいたアフロヘアが自分のズボンのポケットを探った。取られたのはナイフだけではなかった。


「返せ!」


 と、アフロヘアが立ち上がった矢先、ヤツの足もとにナイフが突き刺さった。


「ひえっ」


「まだ、やる気か? なら、そのナイフを取りな」


「ああ、いえいえ、わかりました、帰ります」


 実力差を痛感したか、すっかり降参したようすのアフロヘア。


「よろしい、さっさと帰りたまえ」


 悟は奪い取ったワンボックスのスマートキーを、着ているフライトジャケットのポケットに入れた。


「あ、あの……」


「ん?」


「く、車の鍵がないと帰れないんですが」


「おまえらのトロい動きを見るに運動不足であることはあきらかだ。走って帰りなさい」


「いや、でもけっこう遠いんですけど」 


「なんか文句あンの?」


「あ、ありませんですー!」


 アフロヘアとスキンヘッドは立ち上がって、そのまま自分の足で走り去った。それを確認した悟は開いたままのワンボックスのスライドドア側にまわった。


「菜々子さん、大丈夫?」


 声をかけると、車内の床でふるえていた菜々子の顔に光がさした。


「一条さん……」


「怪しいヤツらは追っ払ったから安心だ。立てる?」


「はい」


 立ち上がった菜々子。だが、まだ足もとがおぼつかないようで、バランスを崩した。


「おっと」


 悟は、その熟れきった豊満な身体をガッチリ受け止めた。


「よしよし、慌てずゆっくり降りな」


 そのまま、路上駐車中の車が作り出した影でふたりは抱き合った。悟の背後は土手で、スペースは狭い。


「怖かった……殺されるかと思った」


 悟の左肩あたりに顔を埋める菜々子の声は低かったが、幾分かの安堵がこもっていた。


「ゆうべ言ったろ? 菜々子と“ナナコ”は俺が守るってな」


 それが悟の“仕事”である。蛭田の魔の手から菜々子と、そして彼女の父親が娘の名をつけたかぼちゃを品評会の日まで守りきる。そのためなら身命を賭すのが、この男だ。


「ありがとう、一条さん」


 菜々子は、より強く身体を悟にあずけてきた。しっかりとした生地のオーバーオールからでも確実に伝わる豊満な胸の感触は柔らかさと弾力をあわせ持つものだった。


「一条さん、まだ、おでこが赤いわ」


 ときめく何かを期待したのか、見上げた菜々子は悟の額を撫でた。さきほど裸を見られたとき反射的に投げた“くるくるドライヤー”が命中した箇所である。


「あァ、大丈夫だよ。俺は頭のてっぺんから爪先まで頑丈にできてるからな」


「ねぇ一条さん、あたしたち、仕事だけで繋がってる関係なのかしら?」


「そいつぁ、君の気持ち次第だな」


 悟と菜々子の視線が絡みあった。ふたりの間にさす空気は秋のものであってもどこか熱い。


「一条さん……」


 菜々子は目を閉じた。それは仲直りの合図ではなく、今まで以上の進展を求めるサインなのかもしれない。ならば、それに応えるのも男の“仕事”といえようか。悟は彼女の唇を吸うため、顔を近づけた……


『見て見て! あのふたり、車の影でエッチしてる!』


『ほんとだほんとだ』


『路駐して路チューしてる』


 通りがかった小学生の女子たちが、そんな悟と菜々子を見て冷やかした。ランドセルを背負っているところを見ると通学の途中らしい。ふたりは慌てて離れた。


「あー、そろそろ帰ろッか」


 と、悟。ひとつ咳払いをした。


「そ、そうですね」


 とは、菜々子。こちらは日焼けした顔を真っ赤にしている。大人ふたりの抱擁を見た小学生たちはヒューヒューと口笛を吹きながら、通り過ぎて行った。


「ちょうどヤツらからぶんどった車もあるし、帰り道は楽だぜ」


「そ、そうですね」


「でも、お姫様を乗ッけるんなら、“かぼちゃの馬車”のほうがよかったかな」


「もう、馬鹿……」


 菜々子は笑顔を取り戻したようだ。それが何より好ましいことである。




 


 

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