不思議なパンプキン 狙われた農業ガール 12

 

「きゃあああああああああっ!!!」


 洗面所の中にいたのは一糸まとわぬ裸の菜々子だった。いつも束ねているロングヘアがほどかれており、まさに生まれたままの姿となっている。


「菜々子さん、なんでこんなとこに?」


 予想外の展開に悟も少々面食らった。


「なんでって、ここはあたしんちですよ!」


 至極まっとうなことを言う菜々子は右腕で胸を隠し、左手で股間を隠した。いわゆる“手ブラ手パンティー”の状態である。そのかぼちゃ並みに熟した胸は爆乳と呼ぶにふさわしいボリュームで、また農作業で培われたであろう腰まわりは豊かであっても締まっている。太股も適度に発達しており、全体的に豊満であるせいか、実際の背丈より大柄に見えるタイプだ。


 その菜々子の見事な肢体は、くっきりとした二色のコントラストで仕上がっていた。日に焼けているのは顔と首と腕だけで、通常、服を着ている部分はむしろ白い。元々は色白だったのが農作業で、そうなったわけである。南国鹿児島らしさを感じさせる健康的なヌードだった。


「俺は顔を洗おうと思って来たんだが……」


「あたしは裏庭の畑を見たあとで、汗をかいたんでシャワーを浴びようと思ったんです!」


「ずいぶん早いんだね」


「だって農家ですもの」


「なるほど。つまり、これは不可抗力だ」


 悟の言い訳は毎度のものである。


「あたし誤解してたわ……」


 だが、すでに身の危険を感じている菜々子には通用しなかった。


「ゆうべ一条さんのこと、渋くてストイックだって言ったけど撤回します! スケベ!! 変態!!!」


「いや、だから誤解だって……」


「こっちに来ないで!」


 菜々子が投げつけた“くるくるドライヤー”が、悟の額を直撃した。






「いてててて……」


 日がのぼったころ、庭のテーブルに腰かけている悟は額のたんこぶを撫でた。農業で鍛えられた菜々子の腕から投げつけられたせいか、なかなか痛かった。


「だ、大丈夫ですか?」


 水で冷やした手ぬぐいを持って来た菜々子が心配そうに見てきた。


「ああ、大丈夫大丈夫。くるくるドライヤーが直撃したダメージで、ちょっと頭が“くるくる”しただけさ」


 手ぬぐいを患部に当て、つまらないオヤジギャグを言う悟。


「わっはっは」


 それに対する菜々子の反応が薄かったので、仕方なく悟は自分から笑い、テーブルの上に並べられた朝飯に箸をつけた。


「ああ、これ美味いねぇ」


 悟は数品目を食って褒めた。菜々子がテーブル上に用意してくれた本日朝の献立は山盛りご飯、アジの干物、例のかぼちゃが入った味噌汁、大根とキュウリのぬか漬け、納豆である。これぞ和の食卓といった感じだ。外で食っているプレミアム感も手伝ってなおさら美味く感じる。


「ありがとうございます」


 と、答える菜々子のほうは突っ立ったままである。良好な反応はない。


「いやあ、このアジも良い“味”だよ、はっはっは」


 またもオヤジギャグ。今度は菜々子も……


「うふふふふ」


 と、薄い反応の笑いを返してくれた。その後、気まずい沈黙が流れる。


「あ、あたし、裏庭の掃除の続きをしてきます」


 菜々子は急に思い出したように言うと、そそくさと悟の前から消えた。


(怒らせちまったかなぁ)


 悟は仕方なく、ひとりで寂しく朝飯を食い続けた。






(んもう、顔から火が出そう)


 菜々子は家の裏手側の壁にもたれかかった。目の前にある裏庭の畑は七、八歩ほどで渡れる小さなものである。収穫を終えており、早起きして堆肥をまいていた。その後、シャワーを浴びようと思い、そして洗面所で悟とバッタリ……というわけだった。


(まさか裸を見られるなんて)


 真っ赤になっているであろう自分の顔を両手で抑え、ぶるぶると首を振る菜々子。表庭で朝食をとっている悟からこの場所は見えない。


(恥ずかしすぎて、今後どう一条さんと接すればよいかわからないわ)


 なにせ素っ裸を見られた身である。ブラジャーもパンティもつけていなかった。つまり胸も、股間も開帳してしまったのだ。


(ああ、でも……“くるくるドライヤー”を投げつけてしまったのはあんまりだったかしら)


 反射的にとった行動とはいえ、乱暴すぎた。しかも悟のおでこにクリーンヒットしてしまった。

 

(や、やっぱり、謝ってこなくちゃ)


 菜々子は心に決め、もう一回、悟のもとへ行こう、と一歩踏み出した。そのとき、背後から何者かに口をおさえつけられた。






 捕らえられた菜々子は、裏庭の出口に面した道路に停まっている黒の大型ワンボックスカーの中に押しこまれた。


「よし、出せ!」


 菜々子をさらったのはプロレスラーみたいにゴツい体格をしたスキンヘッドの男だった。このワンボックスのスライドドアは電動になっているらしく、機械的な音をたてて自動で閉まった。


「おう」


 と、答えた運転席の男はアフロヘアをしている。菜々子をさらった実行犯は二人だ。


「いや、助けて、誰か!」


 口が自由になった菜々子は後部座席の床で叫んだ。だが、スキンヘッドの太い両腕に背中からおさえつけられ、身動きがとれない。


「ちっ、暴れるな、動くんじゃねぇ!」


 スキンヘッドは菜々子の両脇から自分の両腕を通し、さらに両足を絡みつけて拘束している。三列シートの二列目が限界まで後ろにスライドしているので床は広い。さらった男とさらわれた女を収容するに充分な面積があらかじめ確保されていた。計画的犯行だ。


「行くぜ」


 シフトレバーをDレンジに入れ、アフロヘアは急発進した。振動で車体が大きく揺れたが、スキンヘッドの拘束は外れない。


「まったく、蛭田さんも矢作みてえな鈍臭ぇヤツじゃなく、最初から俺らに頼めば良かったんだよ」


 運転席のアフロヘアのセリフから察するに蛭田の仲間らしい。昨日、菜々子をさらおうとした訛り男……矢作の姿は車内にはなかった。


「離して!」


 菜々子は、なんとか拘束から逃れようとしたが、スキンヘッドの力があまりにも強い。抵抗しても無駄だった。


「おとなしくしろ! そしたら危害は加えねえ。あんたには聞きたいことがあるんだよ」


 スキンヘッドが言う聞きたいこと、とは蛭田が知りたがっていたかぼちゃの交配法であろう。


「場合によっちゃ薬でも射って聞き出すことになるかもしれねえ。そうなりたくなけりゃ、素直に言うこと聞きな」


「いっしょにいた男は?」


 アフロヘアがバックミラーを気にしている。今ごろ呑気に朝食をとっているに違いない悟のことであろう。


「気づかれちゃいねえだろ、こいつの男らしいが、追ってくる様子はねえよ」


 スキンヘッドが言った。


「へへへ、ゆうべは“お楽しみ”だったのかねぇ」


 いやらしいことを想像しているらしく、アフロヘアが品なく笑った。


(あたし、殺されちゃうのかしら)


 観念した菜々子。完全に取り抑えられ、抵抗する気力と体力も失った。揺れる車の加速感が脳に響く。意識が朦朧としてきた。


(お父ちゃん、あたし、もうすぐそっちに行くわ)


 そんな中、優しかった父の顔を思い出した。かぼちゃの交配法と家と畑と軽トラと、そしていくつかの記憶を残して逝った父。父娘ふたりで楽しく農作業をしたときのようすが脳裏に浮かんだ。


(お父ちゃん、なんでそんな顔をするの?)


 だが、思い出の中の父は、滅多に見せなかった厳しい顔をしていた。まるで、こっちに来るのは早い、と言っているかのように。


 そして、次に思い出したのは、この世界で唯一、自分を助けに来てくれる可能性がある男のことだった。


(一条さん……たすけて)






「おい、いま屋根を叩いたか?」


 運転しながら、アフロヘアが訊いた。


「馬鹿言え、俺はこの女をふん縛るので精一杯だ」


 スキンヘッドは答えた。すると……


「ほら、まただ」


 アフロヘアは、ちらりと上を見た。


「おまえ、また屋根叩いたろ?」


「だから、俺はこの女をふん縛るので精一杯だから、んな余裕ねえよ」


「いや、でも屋根からコンコン音がすんだよ」


「気持ち悪いこと言うなよ、叩いてねえよ」


「ほら、まただ。ちょっと見てくる」


「おい、人をさらってる最中だぞ、あとにしろよ」


 スキンヘッドの言うことを聞かず、ハザードランプを点灯させたアフロヘアは路上に車を停めると運転席のドアを開けた。


「あひゃっ!」


 なぜか、素ッ頓狂な声をあげ地面に落っこちたアフロヘア。


「おい、なにやって……」


 スキンヘッドが怒鳴りかけたとき、左側のスライドドアがゆっくりと開いた。


「おい悪党、人質が乗ってる車を安全に止める方法を知ってるか?」


 そこにあったのは女性的で美しい男の姿。そのカッコ良さに、かつて世界中が熱狂したものだった。そして今は、わけあって、しがない鹿児島のいちフリーランス異能者である。


「答えは簡単! 運転手を追ッ払うことさ」


 菜々子を助けにあらわれた一条悟は、そう言った。




 




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