不思議なパンプキン 狙われた農業ガール 10

 

 ────青年実業家というのは嘘ではないわね。その蛭田喜英ひるた よしひでという人は国分こくぶでアパートや有料駐車場を経営しているわ


 電話の向こうで藤代真知子は言った。藤代アームズの社長たる彼女はミニシアターの形をした電脳の存在、人工知能である。そのことを知る者は少ない。


 ────ちなみに元はホストだったみたいね


「見た目どおりだな」


 悟は蛭田の格好を思い出した。浅黒く日焼けした顔、サラサラの茶髪、黒い細身のスーツ、尖った靴。どこからどう見てもホストっぽかったが、本当に元ホストだった。


 ────生まれも国分で、大きな農家の子供だったらしいの。二十年前、広大な農地を相続しているわ


「それでホストから農業に転身でもしたのか?」


 ────いいえ、相続後まもなく、その農地を人に貸し付けたの


 電脳の存在である真知子は世界中のネットワーク上で得られるすべての情報を素早く収集し、必要なものを悟に提供している。掲示板、SNSの他、官公庁や企業の端末なども見ることができるので、電脳世界では万能を誇る。それらの情報に彼女自身の推測を加味することもあるので、聞いている悟としては先を読む手間が省ける。


 ────本人は農家を継ぐ気はなかったみたいだけど、相続した農地は手放さず、すぐに農業の用途に供することができる人を探し出したみたい


「その農地を農業用途にあてれば、相続税の納付が免除されるからか」


 ────たぶん、そうね。もちろん貸し付ければ、収入が得られるわ。ホスト業で羽振りは良かったみたいだけど、副収入としては最適だったのではないかしら


「で、今は?」


 ────市町村合併のあと、その農地がある場所が都市計画化に伴う市街化区域になったのよ。まもなく蛭田は農地を宅地に転用しているわ


「それでアパートと駐車場の経営か」


 ────農地の宅地転用は大きな利益を生むわ。でも当然、その農地を借りていた一家は農業を継続できず困ったはずよ


「その一家は、今どうなった?」


 ────わからないわ


「そうか」


 蛭田が相続税の納付を回避するため貸し付けていた農地をアパートや駐車場経営のため宅地にした結果、そこを使っていた農家は出てゆく羽目になった、というわけである。法的な問題は発生しなかったと思われるが、生活の手段を失くした農家側はたまったものではなかっただろう。


 ────ちなみに、蛭田の評判はあまり良くないわ。いろいろ悪さをしているみたいだけど、性格的にも難ありな感じね


 それは、さきほどの態度を見ればわかる。雇われている矢作という異能者も、あまり蛭田を好いてはいないようだ。あの革靴は絶対わざと落としたと断言できる。


「なんで蛭田は菜々子のかぼちゃを狙ってんだ?」


 悟の疑問点は、そこにある。農家の息子とはいえ農業に従事しているわけではない蛭田はなぜ、あの不思議なかぼちゃを狙うのか?


 ────とりあえず、そのかぼちゃに大きな価値があることはたしかね


「そうなのか?」


 ────いま、私が単純に予想してみたところ、そのかぼちゃがもたらす利益は一億円を超えるわ


「おいおい、マジか」


 悟は驚いた。たしかにセイヨウカボチャの甘味と食感を持つニホンカボチャとは驚きの逸品ではあったが、まさかそれほどのものとは……


 ────ただでさえニホンカボチャとセイヨウカボチャの交雑は大変難しいとされているわ。それにより互いの外見的特徴と味や食感を併せ持つかぼちゃを作り出したのだとしたら菜々子さんのお父様は相当な努力と時間を費やしたはずよ。もしご存命だったなら、日本の農業史に名を刻むことになっていたかもしれないわね


「それほどのものか」


 ────今はブランド野菜ブームの御時世よ。それが特許をとって市場に出回れば、物珍しさから大変な人気を獲得することが考えられるわ


 蛭田が異能者の矢作を使ってまで菜々子のかぼちゃを狙うわけもそれなのかもしれない。結局、悪党が悪事を働く理由は金なのである。


 ────蛭田が直接かぼちゃを盗まないのは……


「自分では交配法を解析できないからか」


 ────そうよ。現在では野菜の解析技術は進んでいて、専門の機材を使えばわからなくはないわ


「それをするには農業学校のような機関に持ちこまなけりゃならないな」


 ────ええ、当然そこから足がついてしまうわ。だから蛭田は菜々子さんに直接、交配法を聞き出そうとしているのだと思われるわ


「いっしょにいた矢作っていう異能者に関しては何かわかったか?」


 ────いいえ、矢作姓を持つ異能者は他県に存在するけれど、悟さんが言う外見的特徴とは一致しないわ


 菜々子を襲った以上、矢作は異能犯罪者……つまりフリーランスの資格を持たない異能者であることは間違いないだろう。日本では超常能力実行局や退魔連合会のような組織に属さない異能者は原則として自営異能者の資格を取る必要がある。国内外の“表”の異能者を網羅したデータベースを持つ真知子が知らないのなら、矢作は“裏”の存在ということになる。もちろん世間を渡るときに本名で通すとは考えにくい。矢作とは偽名かもしれない。


 真知子に礼を言って電話を切った悟は倉庫の前で作業をしている菜々子を見た。オーバーオールに着替えた彼女は数十玉ほどある件のかぼちゃを、入り口付近に敷いた新聞紙の上に並べている。


(追熟か……)


 悟は風向きと太陽の位置を確認した。収穫したかぼちゃは冷暗所に寝かせることでさらに甘味を増す。そのことを追熟と呼ぶ。菜々子は、そのかぼちゃに風を通すため一旦外に並べているようだ。倉庫の入り口付近が今は影になっているため、ちょうど良いのだろう。品評会に出す頃にはさらに甘くなっているはずである。


「菜々子さん」


 菜々子に近づいた悟が声をかけたのは、かぼちゃよりも立派な尻だった。彼女は中腰で作業をしている。


「はい」


 作業を止め、振り向いた菜々子の胸がオーバーオールの中で揺れた。こちらも尻同様、すでに成熟済みの見事なデカさである。男ならば、この手でさらに追熟させてやりたい、と思わせるいやらしい身体をしている。


「どうしたんですか?」


 と、笑顔を見せる菜々子。美人であるが、農業で日焼けした素肌には、どこかたくましく、そして牧歌的な匂いがある。白く華奢で洗練された街の女たちとは異なる味を持つ女だ。


「君が蛭田にそのかぼちゃの作りかたを渡さない理由って、なんだい?」


 悟が訊ねると、菜々子の表情が硬くなった。そういう顔も悪くないタイプの女である。


「よかったら教えてくれないかな?」


 蛭田が出した条件の詳細は知らないが、悪いものではないはずだ。だが、なにより悟の興味は、女ひとりでかぼちゃを守る決意を固めて品評会にのぞむ菜々子の内心にある。


「蛭田さんの評判が良くないことは、組合の人から聞いたんです」


 菜々子は軍手を外した。重労働をふくむ農業にいそしんでいるわりに細い指をしている。女手にはキツい作業もあろうが、それで音をあげないのは立派である。


「お金もうけのために、人に貸し付けていた農地を宅地にして農家の人たちを追い出したり、キャバクラで酔って大暴れしたり、ガラの悪い人たちを雇って商売敵を脅したり、ラーメン屋さんで出されたお冷がぬるいと難癖をつけて勘定を払わなかったり……」


「なんかスケールが大きいのか小さいのかわからねぇヤツだな」


 蛭田の評判が悪い、とは真知子も言っていた。それを知っていたのなら、菜々子が蛭田と組まないのはわかる。


「それにあたし、自分の手でこのかぼちゃを世に出したいの」


 裏ッ返した野菜コンテナの上に座り、新聞紙の上に並べたかぼちゃたちを見つめる菜々子の目に曇りはない。純粋な明るさだけがあった。


「さっきも言ったとおり、父がこのかぼちゃを作った理由は学校の先生だったとき、教え子さんがした質問に答えられなかったことでした」


 その質問とは、“なぜニホンカボチャとセイヨウカボチャは同じかぼちゃなのに味も見た目も食感も違うのか?”というものだったという。そんな質問をする小学生がいるものかと思えるが、多感な時期に抱えた謎の答えを誰かに訊かずにはいられなかったのかもしれない。


「そのことを悔いた父は、セイヨウカボチャの味と食感を持つニホンカボチャを作るため晩年を捧げました。そうすれば、かぼちゃの本質に迫ることができると考えていたんです」


「まァ、同じかぼちゃだけど別物だからな」


 デコボコとしているニホンカボチャの味は淡白で、食感はねっとりとしている。他方、球形のセイヨウカボチャは甘味が強くホクホクとした食感だ。悟が言うとおり同じかぼちゃでも別物といえよう。


「同じだけど違うもの。でも、それをひとつに出来れば、その教え子さんの質問に答えられなかったときの自分を超えられる、と思ったのかもしれないわ」


「なんか複雑な心理だな」


 歴史に残る発明のきっかけとは何気ないことなのだろう。その質問に決意とインスピレーションが浮かんだのだとしたら、菜々子の父とその児童の出会いもまた、日本農業史に残るものだったと言える。残念なことがあるとすれば、偉大なるその事実を知る者があまりいないということだろうか……


「あたし、父から受け継いだこのかぼちゃを自分の手で世に出したいんです」


 もう一度、夢を語る菜々子の顔は、ふたりの頭上に広がる秋の青空と同じく晴れやかなものだった。やはり目に一点の曇りもない。


「このかぼちゃをあたしに託して父は亡くなりました。もちろん、今度の品評会で賞を取れば、特許に近づくからというのもあるんですけど、でもなにより父が作ったこのかぼちゃを世に出したいの」


 そして、その言葉に嘘いつわりはない。悟は、そう判断した。


「わかった、品評会の日まで、俺がそのかぼちゃと君を蛭田の野郎から守ってみせるさ」


 悟がカッコ良く言うと、菜々子の目に涙が溢れた。


「お、おいおい、泣くこたァねぇだろ」


「あたし、父が亡くなってから今まで、頼る人がいなかったんです。だから、なんだか嬉しくって」


 ひとりで、この家と畑とかぼちゃを守ってきた女である。顔で笑っていても、心が泣きたくなることは何度もあったに違いない。


「涙は品評会までとっとけよ。そのかぼちゃなら本当に賞を取るかもしれねぇ」


 それは悟が本気で思っていることだ。セイヨウカボチャの味と食感を持つニホンカボチャという異質の存在だが、特徴はそれだけではない。その味は世界の名店を知り尽くした剣聖たる彼が太鼓判を押すものだ。品評会に出せば勝つ可能性大である。


「このかぼちゃには名前があるんです」


 菜々子は、並べてあるかぼちゃの一個を膝に抱いて言った。


「なんていう名前?」


 そう訊いた悟に菜々子は


「“ナナコ”」


 と、答えた。


「生前の父が名付けたんです」 


「そうか」


 菜々子の父は、この不思議なかぼちゃに娘の名をつけたわけである。


「じゃあ、菜々子とナナコは俺が守るさ」


 悟は約束した。鹿児島に帰ってきた世界の剣聖は、たったひとりの名もなき女を守るため剣をとる……



 

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