不思議なパンプキン 狙われた農業ガール 9

 

 ここ鹿児島は、かぼちゃの産地である。総生産量は北海道に次ぎ全国で二位。県南部の南さつま市で採れるものが有名で、秋の今頃は収穫時期となるが、春作のものも存在する。


 その名の由来はカンボジアを経由して日本に伝わったから、とされている。十六世紀ごろ我が国にやってきたかぼちゃは“ニホンカボチャ”と呼ばれる。デコボコがはっきりとしており、皮の黒味が強いのが特徴で、ねっとりとした食感が特徴だ。薄味の煮物にすると特に美味い。


 一方、幕末期になるとアメリカからセイヨウカボチャが伝わった。戊辰戦争のころに北海道で本格的に栽培されはじめ、やがて全国に伝わった。こちらは丸みを帯びた形状で食感はホクホクとしており甘味が強い。用途は広く、蒸し物、揚げ物のほか、スープや菓子の材料としても使われる。


 二十一世紀の現代においてはニホンカボチャよりセイヨウカボチャのほうが流通が多い。これは日本人の食生活が欧米化したことが理由であるとされるが、甘味の強い西洋かぼちゃに世間の需要が集中したことも挙げられるだろう。皮や種、ワタに至るまで捨てるところのない野菜と言われるかぼちゃは栄養価が高く食物繊維は豊富。効率よくビタミンが摂取できることから最近ではアンチエイジング効果も注目されており、便秘の改善にも役立つ。我々の食卓に欠かせないものとなっているのである。






「これが、あの人たちが狙っているものです」


 菜々子が倉庫から持ってきたものは、一個のかぼちゃだった。直径は二十センチに満たないほどであろうか。ハンドボールくらいの大きさである。


「いまどき珍しいニホンカボチャだな」


 悟は、砂糖とミルクをぶち込んだコーヒーをスプーンでかき混ぜた。でこぼこがはっきりとしておりゴツゴツとした形状はたしかに少数派のニホンカボチャのそれである。スーパーでよく見る多数派のセイヨウカボチャのものとはあきらかに異なる。


「見た目は、そうですね」


「ん? 違うのかい?」


「違うような、違わないような……です」


 菜々子は、ひと息大きく吸って……


「これは、ニホンカボチャの形と、セイヨウカボチャの味と食感を併せ持つかぼちゃなんです」


 と、答えた……






 “チャリーン”


 悟の手からこぼれ落ちたスプーンがテーブルのふちに当たり、鈴に似た音をたてた。


「な、な、ぬわんだってえええ……!」


 椅子から立ち上がり、驚愕する悟。


「そ、そんな馬鹿な! セイヨウカボチャとニホンカボチャは見てくれだけでなく、味も食感もまったくの別物だぜ?」


 かつて剣聖スピーディア・リズナーと呼ばれたこの男は、どんな巨悪に立ち向かっても、そしてどんなピンチを目の前にしようとも、常にクールにキメてきた。そんな彼が、これほどに驚くというのは異常事態である。


「水分が多くてねっとりとしているニホンカボチャの味わいは淡白だ。逆にセイヨウカボチャは、栗かぼちゃとも呼ばれるほどに甘味が強くホクホクとしている。冬至にかぼちゃを食うと風邪をひかない、というならわしは明治時代以降に確立したもので、そのころにはかぼちゃが日本人の食卓に広がっていたことがわかるが、当時はまだニホンカボチャのほうが多かった。戦後になると、日本人の舌が肥えてきたため、甘味が強くホクホクとしているセイヨウカボチャが主流になった。カンボジアから持ち込まれたかぼちゃは最初“かぼちゃ瓜”と呼ばれていたが、後に瓜が取れて“かぼちゃ”と呼ばれるようになった。また南瓜とも書くが、これは中国の南京からきている」


「一条さん、やけにお詳しいんですね」


 菜々子は悟の薀蓄に、やや引いたようすである。世界の人気者、剣聖スピーディア・リズナーは強さ、カッコよさだけでなく、その博識ぶりも知られていた。日本の雑学系クイズ番組への出演オファーが何度かあったほどで、豊富なその知識量は高学歴お笑い芸人や雑学キングの異名をとる漫画家、物知りなおデブタレント、才色兼備な女子アナらのものを凌駕するレベルと評された。


「つまりだ、俺が何を言いたいのかというと、見た目がゴツゴツしているニホンカボチャと、まん丸くて甘味が強くホクホクとしているセイヨウカボチャは同じかぼちゃでも似て非なるものだ。それらの特徴が両立するはずはない!」


 菜々子は、その手にしているかぼちゃをニホンカボチャの形と、セイヨウカボチャの味と食感を併せ持つかぼちゃだと言った。だが、悟がいうとおりそんなものが存在するはずはない。いや、存在してはならないのだ。なぜならニホンカボチャとセイヨウカボチャは外見も味も食感も異なるからである。


「では、証拠をお見せします」


 そう言い残し家の中へと入った菜々子は ガスコンロと水を入れた鍋を用意した。塩を少々入れ、沸騰させる。その間にテーブルに置いたまな板の上で件のかぼちゃを一口大にカットした。


「どうぞ」


 十五分後、菜々子は皿にあげたかぼちゃの塩ゆでを悟に差し出した。


「うむ」


 悟は箸で、それを食ってみた。 


「こ、これはッ……!」  


 彼は驚きを隠せなかった。見た目はニホンカボチャでありながら、セイヨウカボチャのようにホクホクとしている。そして、その甘さもまたセイヨウカボチャの如く……いや、一般的なセイヨウカボチャより遥かに甘い。


「こ、これは本当にニホンカボチャなのか?」


「分類上は、そうなります」  


「だが、こんなに甘いニホンカボチャは食ったことがねぇ。糖度三十パーセントはゆうに超えてるぜ」


 地球上のありとあらゆる国を駆けまわった伝説の男、剣聖スピーディア・リズナーは博識であると同時に食通としても知られた。世界の名店を知る男、とも称されたほどだ。フランスの某有名シェフは“スピーディアに料理をお出ししたことが人生最大の幸せ”と言った。銀座にある老舗の寿司屋の大将は“剣聖からいただいたサインは店内に飾らず自宅に持ち帰り家宝にしている”と語っていた。マドリードにあるカタルーニャ料理店のオーナーは“母国がワールドカップで優勝したときよりもスピーディアが来てくださったときのほうが幸せだった”と回想していた。そんな剣と食を極め尽くした男、一条悟を感心させるこのかぼちゃは、いったいなんなのか?


「亡くなった父は、その晩年をかぼちゃの品種改良に捧げた人でした」


 菜々子は空を見上げた。憂いを帯びたその目に去来するものは何か? 父との想い出か? それともかぼちゃに情熱を傾けた父の姿か? それは彼女のみぞ知る……


「そのきっかけは父が小学校の先生をしていたときに、教え子さんから出された“質問”に答えられなかったことだと聞かされています」


「質問?」


「はい、“なぜニホンカボチャとセイヨウカボチャは同じかぼちゃなのに味も見た目も食感も違うのか?”という質問だったそうです」


「たしかに不思議といえば不思議……なような」


「その教え子さんの質問に答えられなかったことを父はひどく悔いていました。定年後ここに家を建て、農業をしながら、父はかぼちゃの研究に没頭しました」


「そ、そんなに人生変えるような質問だったのか」


「はい、やがて研究が高じて、自分でかぼちゃを作るようになりました。その教え子さんの質問を着想としたかぼちゃ。セイヨウカボチャの味と食感を持つニホンカボチャを生み出すために」


 いや、たかが子供の質問と切り捨てることができようか? そもそも発明とは何気ない疑問から生まれるものだと言われる。ならば、かぼちゃの品種改良もまた同様なのだ。なにげないひとつの言葉が歴史を変えてきた。それが人の世である。


「何度も、何十度もの交配と失敗を重ね、父は数年がかりでこのかぼちゃを作りました。セイヨウカボチャの味と食感を持つニホンカボチャです。すでに病におかされていた父はその後、あたしにあとを託し、亡くなりました」


「で、さっきの蛭田って男は、このかぼちゃを狙っているのか」


「はい。数日前、どこで番号を調べたのか蛭田さんから電話がありました。“このかぼちゃの交配法を渡せ”、と」


「君は断ったわけか」


「はい、そのあと一、二度うちに来ましたが、そのときもお断りしました」


 つまり断った菜々子を脅し、力ずくでこのかぼちゃの交配法を得るため蛭田は異能者の矢作を雇った、ということになる。


「来週、農栄組合が主催するかぼちゃの品評会があるんです。あたしは、このかぼちゃでそれに出る予定です」


「品評会?」


「はい。父が作ったこのかぼちゃを世に出したくて」


「ふうん」


「でも、それは半分建前。実はその品評会で賞をとれば、育成者権の取得が内定するの」


「野菜の特許か」


 品評会を控えたこの時期に蛭田が強硬手段に出た理由はそこにあるのかもしれない。このかぼちゃが世に出れば、手を出しづらくなるからだ。


「一条さん、その品評会が終わるまで、蛭田さんの手から、あたしとかぼちゃを護ってほしいんです」


「それが君の依頼?」


「はい、正規の報酬は、きちんとお支払いします」


 悟のようなフリーランス異能者の業務が多岐に渡る時代であるが、やはり専門は荒事ということになる。それは異能者が神の使いもしくは悪魔の化身と怖れられた昔も、そして異能者と通常人の距離が縮まった今も変わらない。


「わかった。この依頼、引き受けるぜ」


 そう答えると、菜々子の顔がほころんだ。


「ありがとうございます、良かったぁ!」


 と、彼女は言い、そして……


「一条さんって、リアクション上手ですよね」


 笑いながら悟の顔をのぞきこんできた。どうやら、大げさに驚いてみせたのがバレたようである。




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