不思議なパンプキン 狙われた農業ガール 5
茜が差し出した写真には、今回の依頼人となる菜々子と、そして彼女を襲ったという犯人がいっしょに映っていた。
(いまどき、こんなベタな格好をした悪党がいるのか)
それを見て呆れる悟。菜々子の背中から抱きついている犯人は、なんとベージュ色のストッキングを頭からかぶっていた。
「あたし、許せないんですう。女性の敵ですよお」
それまで明るかった茜が急に憤怒の顔をした。当然だ、同性として、こんな昔の刑事ドラマに出る犯人役みたいな格好で女に抱きつく男に嫌悪感をいだくのは当然だろう。しかもストッキングをかぶっているそいつの顔は圧迫されて目が釣り上がり、鼻が潰れ、なんともブサイクである。キモいことこの上ない。
「だってストッキングって脚に穿くものじゃないですかあ、それをかぶるなんて許せませんよお」
「君の怒りポイントは、そっちのほうだったのか」
悟は自分が勘違いをしていたことに気づき、頭をかいた。この茜という女は太股がむっちりとしているので、美脚効果があるストッキングに対する思いは格別……なのだろうか?
「その写真、なんですか?」
横から雫がのぞきこんできた。
「なんでもない、なんでもない、なんでもないよ」
と、悟は慌てて写真をうしろに隠した。ストッキングをかぶった男が女に背中から抱きついている写真など、いたいけなJKに見せるものではない。雫の情操教育に悪すぎる。
「じゃあ、そういうことで、また来ますねえ」
相変わらずの語尾が伸びて上がる鹿児島訛りを残し、茜は笑顔で帰っていった。そのうしろ姿、薩国警備の制服であるスラックスを穿いた尻と太股は、やはりむっちりとデカい。
(まったく、そういうことってどういうことだよ)
仕事を押し付けられた悟は居間に戻った。すると、依頼人である野々村菜々子がソファーに座ったまま、こちらを見てきた。
「あのう、ご迷惑でしょうか?」
まるで捨てられた子犬のような、うるうるとした目をして菜々子は訊いてきた。どうやら空気を読んだらしい。
「いやー、迷惑だなんてとんでもない、はっはっは」
と、悟は調子よく答えた。どうにも断ることができる空気ではない。
「雫ちゃんが作ったサンドイッチ、野菜たっぷりですっごく美味しかったです。食べすぎちゃいました」
助手席に座っている菜々子は満足そうに自分の腹をなでた。さきほど雫が昼飯に作ってくれたサンドイッチはツナ、ロースカツ、たまごなどの他、トマト、レタス、キュウリなどの野菜もふんだんに取り入れた数種の色とりどりのものだった。それらに使われたソースは雫が自分で調合したもので菜々子が言うとおり大変な美味であった。さすが悟の“メイド”である。ただのJKとはワケが違う。
「もう、また太ったらどうしよう」
と、笑う菜々子。ステアリングを握る悟は、そんな彼女の豊かな胸を盗み見た。すこしルーズな形をしたクリーム色のVネックニットの上からでもわかる大きな乳房は、これ以上発達しようがないほどに張りきっている。たしかに今後肉がつくとしたら別の部分だろう。だが農家を営んでいるという陽に灼けたその肢体に肥満の兆候は見られない。男の欲望をそそる、よい身体である。
「喜んでもらえたのなら、なによりだ」
それは悟の本音である。今朝、襲われたばかりだという菜々子は昼飯のときまでは被害者らしく深刻な顔をしていた。だが今は明るく振る舞っている。もともとポジティブなのかもしれないが、やはり食が心にもたらすプラスの作用は無視できるものではない。早期に立ち直ることができるか否かは結局、外的要因と自分次第ということになる。
「まァ、作ったのは俺じゃないけどな」
「ですよねー」
「一番食ったのは俺だけど」
「ですよねー」
「元気の源は食だからな」
「ですよねー」
「ちなみに俺は野菜より肉派」
「ダメですよ、野菜もバランスよく摂らなきゃ」
「やっぱり?」
「農家の人間としては、看過できません」
と、めしトークが進むうちに、悟が運転する白いコンパクトカーは県道25号線を抜けていった。雫が通う静林館高校が近いこのあたりから田畑が多く見られるようになり、景色は緑多く、のどかになってゆく。落ち着いた田園風景が車窓に広がった。
「あれが、あたしの家です」
菜々子が指さした方角、つまり真ッ正面に、ブロック塀で囲まれた庭付き一戸建てがあった。そんなに古い家ではない。昔ながらの農家が多いここいらではむしろ新しい部類か。木造の和風二階建てで外壁は全体的に白く仕上げられている。塀の中央に設けられた二メートル半ほどの隙間から悟の車は庭に入った。
「ほう、なかなか立派なもんだ」
運転席から外を見た悟はサイドブレーキを引いて素直にほめた。庭に作られた畑を見ての感想だ。菜々子が作ったものなのだろう。
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