不思議なパンプキン 狙われた農業ガール 6
菜々子の家の庭でエンジンを止め、車を降りた悟は深呼吸をした。ここは鹿児島市内だが、中心部と違い空気が澄んでいる。静かで寂しい場所であるが、街中では味わえない爽やかな風と遮るものなきまっすぐな陽射し、そして豊穣を予感させる土の匂いに自然の良さを感じることができる。ときには、こういう場所も悪くない。都会の喧騒から離れることは、なにかと大きな意味があるものだ。
「これが、君が作っている畑?」
悟は左を向いて訊いた。この庭は車を停めた位置から見て助手席側に畑が広がっている。ボンネット側に家があり、運転席側にガレージタイプの倉庫が建っていた。農業用途であろうその倉庫の前に軽トラが一台停まっているが、菜々子のものであろう。
「はい」
と、答える菜々子の、陽に灼けた素肌もまた、作物同様に大自然が育んだものに違いない。太陽の下輝く豊満な肉体も相まって健康美の塊のような女である。
「すでに収穫が終わってるんだな」
「はい」
菜々子の畑に作物の姿はなく、土だけがあった。悟の言うとおり、収穫を終えたあとの状態である。
「ずばり、さつまいもを植えていたと見た」
「あ、すごーい。わかるんですか?」
「もっとほめて」
「すごーい、すごーい」
今の時期、収穫が終わっている作物といえば真っ先にさつまいもを思い出すものだが、菜々子は空気を読んでくれたようだ。ノリの良い女である。
「君は専業でやっているのかい?」
「まさかァ、専業農家なんて夢のまた夢ですよ」
「んじゃ、別に仕事を?」
「普段はコンビニでバイトしてるんです。むしろそっちが本業」
「大変だな」
「今はさほど忙しくないですけど、時期によっては朝の三時半に起きて畑、七時から夕方までコンビニ、そのあとまた畑って感じになります」
「ホントに大変だ」
「そういうときって、寝るのが夜の八時とかになるんですよ」
「ひえー」
「人を雇う余裕なんてないので、全部ひとりでやってます」
五十坪ほどのこの家の敷地内の庭に作られている畑は決して大きなものではないが、それでも管理は大変だろう。悟は女手ひとつで農業にいそしむ菜々子の姿を想像した。
「あと、よその土地を借りていて、そこも畑にしてるんです。大きさは、ここのと同じくらい」
けれど菜々子の顔に悲壮感はなく明るい。いわゆる大農家と呼ばれるものとは規模や設備、人手に雲泥の差があろう。だが、女ひとりで食っていくには、それくらいで事足りるのかもしれない。もちろん好きでやっている面もあるのだろう。
「あっちの畑では、タマネギやニンニク、ネギとか作ってます」
「なるほど、連作に強い野菜だな」
「一条さんって、もの知りなんですね」
やはり、か弱い女ひとりでやっていけるよう効率よく作れるものをメインとしているようだ。ときたまテレビで“農業ガール”が紹介されるが、彼女たちの笑顔の裏にある苦労は容易に想像できる。就農者とは女性の割合も比較的多いと聞くが、菜々子のような若い力が日本の農業にとって貴重であることは間違いないだろう。
「できあがった野菜は、自分で食べるもの以外は、伝手があるお店に置いてもらってます。いずれはインターネット販売とかも考えてるんですけど、あたしネット音痴で」
と、語る菜々子には笑顔があった。悟は彼女がなぜ農業をやっているのか訊かなかったが、それで得られる充足感のようなものがあるのなら良いのではないか、と思えた。
「ところで本題、なんだけど、今朝君を襲ったヤツに心当たりはあるのかい?」
悟は話を切り出した。薩国警備の畑野茜は“詳しいことは本人に訊け”とだけ告げて、さっさと帰っていった。だから事情はよく聞いていない。
「私を襲った人は直接は知りません。ですが、襲われる心当たりはあります」
これまで明るかった菜々子の顔が曇った。今のセリフから察するに、彼女を襲ったヤツを操る“バック”の存在があるのかもしれない。
「そいつには、なんか特徴はなかった?」
畑野茜から受け取った写真に映っていたそいつは顔を隠すため頭からストッキングをかぶっていた。ストッキング男が菜々子の背後から抱きついているその写真は、けっこうショッキングであるため菜々子には見せていない。茜も見せなかったようだ。
「うしろから抱きついてきたので顔は見てないんですけど、声は聴きました。“アレを渡すずら”と、言われました」
「ずら?」
「あの人、やけに訛ってました」
「どこの訛りだろう?」
「わかりません。変な“訛り男”でした」
「訛り男ねぇ」
腕を組んだ悟は、被害者と第三者の感覚の差異を感じた。写真を見ている自分は菜々子を襲ったヤツを“ストッキング男”と認識し、ヤツの声を聴いている菜々子は“訛り男”と呼ぶ。どちらも同一人物なのだが“ストッキング男”と“訛り男”ではまるで別人種のようである。だが同じ男なのだ。ならば、これからは合体させて“ストッキング訛り男”とでも呼ぶべきか。
いらぬことを悟が思案していると、こちらにやって来る車のエンジン音がした。デカい白の高級セダンである。それは塀の前の道で停車した。
「やあ、これはこれは菜々子君、久しぶりだね」
後ろのドアから男がひとり、降りてきた。いったい何者なのか。
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