不思議なパンプキン 狙われた農業ガール 4

 

 一条悟が住む城山の洋館に薩国警備の畑野茜が、ひとりの女を連れてやって来たのは、秋風も爽やかな晴天の昼ごろのことだった。


「そりゃあ災難だったな」


 居間で事情を聞き、悟は茜の隣のソファーに座っている野々村菜々子という女を見た。農家を営んでいるという彼女は今朝、何者かに襲われ、鵜飼丈雄が指揮する薩国警備第七隊の面子に助けられたという。


「怪我はなかったの?」


「はい」


 悟の問いに、菜々子はうなづいた。仕事がら、日焼けした肌が印象的な美人である。


「逃げ出した犯人の行方は不明なんですう。そこで一条さんにィ……」


 と、茜が、いつもどおりの語尾が伸びて上がる鹿児島訛りで話しはじめたところで、悟はその首根ッこを彼女の服ごと掴んだ。


「きゃっ、なにするんですかあ?」


 じたばたする茜を廊下に連れ出し、悟は彼女の耳もとで


「なんで俺に頼む? 薩国警備きみたちがやりゃあいいだろ」


 と、訊いた。すると今度は茜が悟の耳もとで


「組織は、おおっぴらに一般の人たちからの依頼は受けないんですう、だからフリーランスの一条さんに頼んでるんですよお」


 と、答えた。茜たちEXPERは、自分らが所属している薩国警備を“組織”と呼ぶ。正式名称は超常能力実行局鹿児島支局というが、そんな長ったらしい名前では呼ばない。


「だからって、なんで俺なんだよ? 他にもフリーランスはいるだろ」


 部屋にいる菜々子に聞かれぬよう、またも茜に耳打ちする悟。人外の存在や異能犯罪者たちに敢然と立ち向かう薩国警備は国や地方公共団体との関係が強いとされるが、その存在は世間には公表されていない。警備会社としての顔を持つ彼らは独自の判断で動き、事件案件を調査し、ときに警察や消防、自衛隊と連携するも、一般の人たちからの依頼を直接受けることは通常ない。そこは人々に周知の存在たる退魔連合会との違いである。


 一方、フリーランス異能者は、“街の身近な解決屋”という側面を持つ。異能者と通常人の距離が近くなった、と言われる現代においては、こちらのほうが市井の人たちからの依頼を受け付ける。ある犯罪組織に追われる身となったため死を装い、世界を股にかけたスーパースターたる剣聖の身分を隠し、生まれ故郷の鹿児島に潜伏中の悟も今はそんなフリーランスの立場である。これは藤代隆信や真知子が手配してくれたおかげだった。


「それは、もちろん一条さんが頼りになるから、ですよお」


 茜のボーイッシュなルックスは、にこにことしている。ふたりの声の大きさは、ひそひそ話レベルで、たぶん菜々子に聞かれてはいないはずだ。


「あと、鵜飼隊長からの伝言ですう。“例の件”は任せておけ、とのことでしたあ」


 例の件、とは悟と因縁の間柄である“ペイトリアーク”に関することだろう。世界のどこかに潜んでいるヤツに関する情報の収集を鵜飼に頼んでいるのは悟自身だ。そして鵜飼は、その見返りとして、悟に“仕事”を依頼する。そんな持ちつ持たれつの仲ではある。悟個人での情報収集には限界があり、真知子や国際異能連盟にも調べさせているが、ローカル組織であっても薩国警備の情報網は馬鹿にはできない。そもそも長は鹿児島にいたことがあり、地元の異能業界とも付き合いがあったはずだ。


 その薩国警備は表向き、フリーランス異能者を経済的に食わせるため、仕事を依頼していると言う。だが当然、異能犯罪を防ぐ目的もある。路頭に迷った異能者が悪事に走るケースは多々あるからだ。


(鵜飼の野郎ォ、こっちの弱みにつけこみやがって)


 悟は、生真面目な鵜飼がペロリと舌を出す顔を想像した。鹿児島に潜伏しているうちは、のんびりと暮らしていくつもりだったが、なにかと厄介ごとに巻き込まれる。どうにも平和に生きていけない体質らしい。


「世界中飛び回ってた一条さんなら絶対確実百パーセント大丈夫ですよお、鵜飼隊長もゼンプクの信頼を寄せてますもん」


 この場にいない鵜飼に代わって茜が可愛く舌を出した。薩国警備の中で、悟がいまや伝説となりつつある剣聖スピーディア・リズナーその人であると知っているのは鵜飼と茜、そして上層部の限られた者たちだけだ。それ以外では藤代隆信と真知子、そして好爺老師こうやろうしの異名をとる神宮寺平太郎じんぐうじ へいたろう、隆信の家政婦の取手とりでさわ子が悟の正体を知っている。隆信が悟のもとに監視人兼世話人として派遣している高島八重子も知らされているだろう。


 開けっぱなしの玄関から物音がした。見ると、風邪でダウンしている八重子に代わって悟のメイドに一時復帰した津田雫の姿があった。


「あ、雫ちゃん!」


 かわいい“後輩”を見た茜は、すッ飛んで行った。


「畑野さん、きゃっ」


 雫が驚いた理由は茜がいたからでなく、玄関先で茜に抱きしめられたからだろう。


「雫ちゃーん、相変わらず、ちっちゃくてかわいいねえ、元気だったあ?」


「は、はい。おひさしぶりです」


 そういえば、ふたりが見知った仲だったことを悟は思い出した。帰鹿した直後におこなわれた鵜飼との試合の立会人が茜と雫だった。あれから三ヶ月とちょいたっている。茜は正式なEXPERで、JKの雫は見習いEXPERだが、れっきとした薩国警備の先輩後輩である。ただし雫は悟の正体を知らない。


「雫ちゃん、一条さんの護衛兼料理洗濯掃除係に復帰したんだってねえ、たいへんだねえ」


「や、八重子さんの風邪が治るまでの間のことですから……」


 ボーイッシュで明るい茜は薩国警備の制服の上着を脱いでいるブラウス姿。わりと背が高いほうで、スラックスにおおわれた尻から太股にかけてのラインがムチムチしている。一方、顔を真っ赤にしている雫のほうは小柄で、高校のブレザー型制服を着た身体つきが華奢で薄い。だからだろうか? 抱き合っているというより、茜が雫を捕食しているようにも見えてしまう。 


「雫ちゃん、学校は?」


「今日は保護者会があって、午前中で終わりでした」


「そっかあ、それでここに来たんだねえ」


「畑野さんは、どうしてここに?」


「あたしも雫ちゃんみたく一条さんの“メイド”に雇ってもらおうかと思ってるんだよお」


「こらこら、ウソつけ」


 アラサーの悟は抱き合う若い女ふたりの会話に割って入ろうとした。年がかなり違うので、なんとなくジェネレーションギャップを感じてしまうが、ここで引き下がったら大人の男の面目がたたない。


「雫ちゃん、学校はどう? 楽しい?」


「は、はい」


「雫ちゃん、成績優秀だもんねえ、東大志望だもんねえ、勉強たいへんだねえ」


「は、はい」


「おいしいパフェのお店見つけたんだあ。今度いっしょに行こうねえ」


「は、はい」


 だが、若人のフレッシュなエネルギーはオジサンを寄せ付けないらしく。剣聖と呼ばれた悟は世界中の名店を知り尽くしているが、さすがに鹿児島県内のパフェが美味い店は知らなかった。


「じゃあ一条さん、よろしくお願いしますう。詳しいことは本人に訊いてください」


 茜は立ち去る前に、一枚の写真を手渡してきた。


「これ、うちの隊員のひとりがスマホで撮ったのを現像したものなんですう」


 悟は、その写真を見た。今回の依頼人となる菜々子に後ろから抱きついている男が“犯人”である。そいつはなぜか、ストッキングをかぶっていた。



 

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