不思議なパンプキン 狙われた農業ガール 3


「薩国警備の鵜飼丈雄だ。その人を離してもらおう」


 ステーションワゴンから降りてきた警備員は名のった。


「きさま、EXPER《エスパー》ずらな?」


 うしろから菜々子に抱きついたままの訛り男の声に緊張の気配が宿った。ただし、その手はすでに胸から離れている。


(た、たすかったわ)


 菜々子は安堵した。薩国警備は鹿児島でナンバーワンシェアを誇る警備会社だが、化け物や犯罪者から人々を守る異能者の集団であるとも噂されている。いま目の前にあらわれた鵜飼という男は、そこの一員らしい。訛り男が言うEXPERとは、彼らの総称であろうか。


「動くなずら、動いたらこの女の命はないずら」


 しかし人質を手にしている訛り男は、強気に出た。彼は手袋をしたままの手刀を菜々子の喉に当てた。


(ちょ、ちょっとお、こいつまだあきらめないわけ?)


 あっさり助かるのではないか、と期待した展開にはならず、菜々子は絶望した。かといって逃げ出すこともできない。自分を拘束している訛り男の腕力が強すぎて、磔にされている気分だ。


 すると、向こうからさらに三台、同型のステーションワゴンがやってきた。それらは鵜飼が乗ってきた車両のうしろに停まった。前後左右のドアが開き、ぞろぞろと制服姿の警備員……つまりEXPERが降りてくる。賑やかなことに、その数は十人。


「なっ、おまえら卑怯ずら。一人に対して大勢とは卑怯ずら」


 とは、菜々子を人質にとっている訛り男の台詞である。


「おまえに言われる筋合いはない」


 至極まっとうな返答をした鵜飼の周囲に、車から降りてきたEXPERたちが立つ。真ん中の鵜飼を含めた十一人のEXPERは皆が紺色の制服制帽姿だ。規律の正しさを感じさせるその見た目は壮観である。服装が似ているせいか、なぜか菜々子は以前見た警察音楽隊のパレードを思い出してしまった。


「三十六計逃げるに如かず、ずら」


 菜々子の背後から気配が消えた。振り返って見ると、すでに訛り男はいなかった。いや、道路の向こう、遥か彼方に凄まじいスピードで走って逃げていく人……顔を見ることはできなかったが、あれが自分をつかまえていた訛り男なのだろう……のうしろ姿が見える。


「追え!」


「逃がすんじゃねぇぞ!!」


「待てコラァ!!!」


 七人の男性EXPERたちが、けっこう荒っぽい掛け声一閃、走り出し、訛り男を追っていった。その速さ、身体能力に優れた異能者らしく尋常なものではない。薩国警備に囁かれる異能集団であるという噂は本当なのだろう。さらに二人のEXPERが各々、二台のステーションワゴンの運転席に乗り込み、タイヤを鳴らしながら発進した。自分の脚で追う者七人と、車で追う者二人が合図もなしに分かれた。実によく訓練された集団である。


「人質を連れて逃げる不利を知っていたか」


 ここに残った鵜飼は騒々しくすッ飛んで行ったEXPERたちを見て言った。口頭で指示を出す場面こそなかったが、雰囲気から察するに彼がリーダーなのだろうということが、なんとなく菜々子にはわかった。


「お怪我はありませんかぁ?」


 もうひとり、この場に残ったEXPERが訊いてきた。ブラウンのショートヘアに制帽をかぶった若い女だ。ボーイッシュなかわいい顔をしているが、彼女も異能力を持つはずである。そして、今の集団の紅一点だった。


「は、はい……」


 と、なんとか答えたところで足腰の力が抜けてしまい、菜々子はくずおれそうになった。地面に尻をつく前に、ショートヘア女が抱きかかえてくれた。


「もう大丈夫ですからね。あたしは薩国警備の畑野茜はたの あかねですう」


 ショートヘア女は名のった。語尾が伸びて上がる、女性特有の優しい鹿児島訛りである。さきほどの訛り男の訛り方とは違う。


「あ、ありがとうございます……」


 茜という名の女に支えられ、なんとか礼を言うことはできた菜々子。身の危険から解放されてほっとしたが、農業で鍛えているはずの下半身に力が入らない。もし誰も通りかからなかったら、自分はどうなっていたのだろうか。






「どうぞ、知覧ちらんのお茶ですう」


 背もたれ付きの折りたたみ椅子に座らされた菜々子は、茜が差し出してくれた水筒の中身をひとくち飲んだ。ほどよいあたたかさの知覧茶である。爽やかな香味が口いっぱいに広がり、少しだけ心が落ち着いてゆくのがわかる。鹿児島は野菜、畜産だけでなく、茶の産地としても有名だ。


「お茶にはリラックス効果があるんですよお」


「本当にありがとうございます」


 菜々子は頭を下げた。この折りたたみ椅子も茜が車のトランクから出してくれたものだ。座って茶を飲むと、たしかに落ち着くものだ。この茜という人は、ずいぶんと親切にしてくれる。女同士なので、被害にあった自分の気持ちがわかるのかもしれない。


「連絡がないところをみると逃したかな」


 一方、鵜飼は冷静な目で訛り男とEXPERたちが消えた方角を見ていた。愛想の良い感じではないが、どこか頼りになる雰囲気の人である。


「変質者、でしょうか?」


 そんな鵜飼に訊ねる茜。口調が菜々子に対するものと違い、しっかりとしている。上司だからか? 


「いまどき、“あんな格好”の変質者って、いるものでしょうか?」


 いま茜は“あんな格好”と言った。うしろから抱きつかれた菜々子は訛り男の姿をはっきりとは見ていない。ただ、逃げたヤツの頭部にひらひらとしたなにかが踊っているように見えたが……


「彼女が落ち着いたら、すこし話を聞くことにしよう」


 鵜飼はこちらを見てきた。菜々子は、反射的に目をそらした。



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