混浴でドッキリ! 悟とアラサー女子の、アツアツ温泉紀行 13

 

 一条悟が客室のドアをあけたとき、そこにあったのは、下着姿の茉莉花が、同じく下着姿の愛菜のパンティに手をかけている、なんともなまめかしい女同士の痴態だった。


「見目麗しいシーンなんで、もちょい見物していたいところだが、さっさとかたづけて温泉に入りたいんでね」


 半ば本音、だったが、愛菜の危機を看過するわけにもいかないので、悟はそう言った。女の部屋にノックもせず入るのが、この男らしいところである。


「あら、お客様。見るだけならただですわよ」


 起き上がった茉莉花は悟のほうを向き、下着姿の豊満な身体を隠しもせず晒した。彼女に取り憑いている人外は、まだ顕現したことはないと愛菜が言っていたが、すでに正気はなくしているらしい。そういう“症例”も珍しくはない。


「もちろん参加するのもただですわ。よろしかったら三人で楽しみませんこと?」


「そりゃあ一興だが、肝心の愛菜さんから承諾がとれる状況じゃないみたいなんでな」


 悟は下着姿で倒れている愛菜を見た。どうやら意識を失っているようだ。さきほどは脱衣場でそのスレンダーな身体を見せてもらったが、今は場末の旅館の一室である。どうにも彼女の裸と縁があるらしい。


「愛菜さんがいつまでたってもロビーにあらわれないので、なにやら悪い予感がしてここに来てみたんだが、どうやら正解だったらしい。おとなしくお縄につくんだな」


 と、悟が言い終わるやいなや、茉莉花は愛菜を片手で抱きかかえた。そのまま彼女は後ろ向きに飛び、部屋の窓ガラスをぶち破った。逃げる気だ。


 悟は畳の間に落ちていた愛菜の形代を拾うと、ふたりを追うため破壊された窓から飛び降りた。ここは三階だが、身体能力に優れた異能者ならば問題ない高さである。


 旅館の表側駐車場に着地すると、そこに神宮寺平太郎の姿があった。


「ふたりとも“うひょー”な格好をしておったのう」


 平太郎は苦笑しながら禿げた頭を叩き、そして国道のほうを指さした。数十メートル先に下着姿の茉莉花が下着姿の愛菜を抱えて逃げるシュールな後ろ姿が見える。


「ンなこと言ってる場合か。俺は車と靴を取ってくるから、爺さんは先にあのふたりを追ってくれ」


 悟は右足をあげ、自分が履いている室内スリッパを平太郎に見せた。






 “てんがらもん”旅館から、えびの市方面へと至る県道一号線の中ほどで茉莉花は止まっていた。愛菜を抱えたまま、肩ですこし息をしている。まだ人外が顕現していない状態でも人並み外れた脚力を発揮できるようだが、人の姿では実行できることに限界があるようだ。


「さすがに、ここまでは追って来ないでしょう」


 数キロを疾走した茉莉花は天を見上げた。夜の雲間からのぞく月光が、下着姿でいる女ふたりの白い肌を暗い路上の真ん中に引き立たせるが、それが幻想的に映るのは両者が美しいからに他ならない。かたや旅館の女将をつとめる四十路の美熟女、かたやBLと乙女ゲーム大好きな美人アラサー。女の全盛期というものが、いつの年ごろをさすのかは人によるものであろうが、少なくともこのふたりには、いま現在の時点で華がある。だからこそ、夜の世界に美しく咲いているのだった。


「ところが、こんなところまで追ってくる物好きもいるんじゃよ」


 そして、この老人は今も若い頃と変わらぬ実力を持つとされている。生涯すべてが全盛期とも言われる彼は好爺老師こうやろうしとも呼ばれ、その卓越した実力と気さくな人柄から、鹿児島の異能業界で最も尊敬される身だ。月光にきらりと輝く禿げた頭は、もはや愛嬌さえ感じさせるトレードマークと言って良い。神宮寺平太郎である。


「あらまあ、お客様。チェックアウトの時間には早うございますわ」


 茉莉花は意識を失っている愛菜を抱きかかえたまま、平太郎のほうを向いた。と、見せかけた瞬間、いきなり地面の“なにか”を蹴った。


「悪あがきは、よすんじゃな」


 平太郎は自分の顔前に手のひらを差し出していた。その人さし指と中指の間に石っころが挟まれている。すでに人の力を超えている茉莉花が蹴ったそれは高速の飛び道具となったはずだが、この老人にそういった小細工はきかない。


 平太郎と茉莉花が対峙しているところに車のエキゾーストノートが近づいた。ヘッドライトをつけた白いコンパクトカーである。それは三人から少し離れた場所にハザードランプをつけながら停車した。運転席が開く。


「どうやら間に合ったようだな」


 そこから降りてきたのは一条悟だった。ハザードランプが暗闇に映し出すその顔は、いつ見ても美しい。かつて世界中を駆け回ったこの男は、全盛期の印象をワールドワイドに残しながら、表舞台から姿を消した。今はゆえあって、しがない鹿児島のフリーランス異能者となっている。


「遅いわい」


 と、平太郎はカーゴパンツのポケットから手のひらにおさまる大きさの黒い物体を取り出し、投げた。


「車の鍵をフロントに預けてたもんだから、少々、時間かかっちまってね」


 悟は、それを受け取った。平太郎に渡していたGPS発信機である。これで追跡して、ここまで来たというわけだ。


「女ひとりをつかまえるのに男ふたり、というのは、あまり感心できませんわね」


 追い詰められたこの状況においても、茉莉花の顔に臆する気配は見られない。


「あいにく、わしらは合理主義者でのう、“ふぇあぷれー”の精神に欠けておるのじゃよ」


「こらこら爺さん、いっしょにすんな。“わしら”から“ら”の字は抜いてくれ」


「ら抜き言葉は良くないからのう」


「なんだ、そりゃ」


 平太郎と悟が漫才をやっていると……


「おふたりとも、こちらには人質がいることをお忘れのようですわね」


 茉莉花は、抱きかかえている愛菜の喉元に手刀を突きつけた。




 


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