混浴でドッキリ! 悟とアラサー女子の、アツアツ温泉紀行 14


「おふたりとも、こちらには人質がいることをお忘れのようですわね」


 茉莉花は、片手で抱きかかえている愛菜の喉元に手刀を突きつけた。


「もし、そこを一歩でも動けば、このお嬢さんの命はありませんことよ」


「あ、タンマタンマ。話し合おうぜ」


 と、悟。両手を挙げて降参の意を示した。


「話し合いが通用する相手じゃなかろう」


 とは、平太郎。こちらは茉莉花に従う気はないらしく、シャツの袖をまくりはじめた。戦う気か?


「なに言ってんだよ爺さん。愛菜さんが人質にとられてるんだぜ?」


「おぬしは甘いのう。降参すれば愛菜ちゃんが解放されると思ったら大間違いじゃぞ」


「だからって、このままやり合う姿勢を見せたら、キレた女将さんが、なにしでかすかわかんねぇだろ」


「愛菜ちゃんも、この業界に入った以上、常に死を覚悟しておったはずじゃ。戦いの中で若き命を散らすなら、それもまた本望というものじゃろう」


「もし、このお嬢様を解放してほしければ、私の要求を聞いていただきますわ」


「爺さん本気か? 見損なったぜ」


「おふたりとも、まだ私の話は終わっておりませ……」


「だいたい、お主は助平だから女に甘いんじゃ。もし人質が男だったら“あー、めんどくせぇ”とか言って見捨てておったろう」


「爺さん、俺のことをそんな目で見てたのかよ」


「長い付き合いじゃ、それくらいわかるわい」


「おふたりとも、私の話を……」


「爺さんに言われたかないぜ。昼間っから近所の人妻やOLや女子大生を家に連れ込んで、しっぽり決め込んでやがるくせに」


「ですから、私の話を……」


「わしのは高尚な“人生相談”じゃ。まァ、“しっぽり”などという下品な想像しかできんお主にはわからんじゃろうがの」


「あっ……」


 平太郎と悟の口論になんとか割って入ることに気を取られていた茉莉花が悲鳴をあげた。いつの間にか目を覚ましていた愛菜が彼女の手刀に噛みついたのである。咄嗟のできごとに、茉莉花の拘束が一瞬だけ緩んだ。振りほどいた愛菜は逃げようとする。


 それに生じたほんのコンマ数秒の隙を見逃すふたりではない。スピードを上げるため脚に気をこめた悟が猛然とダッシュする。そして平太郎は高々と跳んだ。


「おのれ小娘ッ!」


 逃げる愛菜を追おうとした茉莉花が初めて怒声をあげた。だが彼女の前に、禿げた頭の残光を見せながら華麗なる着地をとげた平太郎が立ちはだかる。そして、弱々しく走る愛菜を抱き止めた悟は、茉莉花と距離をとるため後方に大きく跳躍した。付き合いが長いせいか、良いコンビネーションだ。


「一条さん……?」


 空中で悟の腕に抱かれる下着姿の愛菜の目は、意識が回復した直後で、やや焦点があっていない。が、怪我はないようだ。


「大丈夫かい?」


 と、風に髪をなびかせる悟に訊かれたとき、愛菜はすこしうなづき、そして頬を赤らめた。自分があられもない格好だからだろうか? それともハンサムを超間近に見たからか?


「もう心配はいらねぇよ」


 悟もまた、愛菜を抱きかかえながら平太郎に負けぬほどの華麗なる着地をとげた。あれほどの距離を飛んでも、足音ひとつたてないのがまたカッコいい。


「あたし、女将さんに“マヒマヒプルプルダケ”で作られたスープを飲まされちゃったんです」


 悟にしがみつきながら愛菜は言った。マヒマヒプルプルダケとは異能者をも麻痺させるという強力な毒キノコだ。正式な学名は“malum manducare”。ラテン語で“食べちゃダメ!”という意味である。


「そりゃあ、災難だったな。立てるかい?」


「ええ、飲まされた量は少なかったので、もう大丈夫です」


 愛菜は悟の手をおさえながら、ゆっくりと地面に降りた。が……


「あン」


 と、かわいい声をあげてよろめいてしまった。それを悟が優しく抱きとめた。


「まだ、きのこスープの悪影響が残ってるみたいだな」


「ええ、そうみたい」


 黒い下着姿の愛菜は悟の胸に顔を埋め……


「ねぇ一条さん、あたし、こんな格好なのよ。恥ずかしいわ」


「俺は、ド近眼でね。いま君が裸だってことに気づいたよ」


「見ては駄目よ。目をつぶってて」


「目の保養をさせてくれれば、ド近眼が治ると思うんだけど?」


「もう……馬鹿」

 

 愛菜は、悟の肩を叩いた。傍目には、イチャついているようにしか見えない。


「おぬしら、仲良くなったのはよいが、ちっとは状況を考えんかい」


 茉莉花の前に立ち、牽制している平太郎が言った。いつ戦いの火蓋が切って落とされてもおかしくない状況である。


「出来るかい?」


 悟は着ているフライトジャケットの内ポケットから愛菜の形代を取り出した。さきほど部屋で拾ったものだ。


「ええ、大丈夫です」


 愛菜は、それを受け取った。彼女の大事な商売道具である。


「女将さんの中に憑いているモノを“顕現”させます」


 悟から離れ、愛菜は直立した。今の、生身である状態の茉莉花と戦えば、彼女の肉体に直接ダメージを与えることになってしまう。意図的に人外を顕現させ、それに攻撃することが好ましい。


「高天原に神留坐かむづまります……」


 愛菜は右手の人さし指と中指に挟んだ形代を目前の高さに上げ、唱え言葉を発した。神道系の退魔士がよくやる技だ。人外を顕現する能力は“くだり魔”と呼ばれ、負の気と相反する正の気質を持つ彼女ら宗教的能力者固有のものである。二十六種存在する超常能力者にすらない特別な力だ。愛菜の詠唱に合わせ、形代が光を放った。それに呼応するように、茉莉花の全身が光り輝いた。


『Uuuuuu……』


 この世のものではない言葉を発する茉莉花……だったものが愛菜の力を受け、徐々に巨大化していく。全身を覆っていた光が消えたとき、そこにいたのは全長四メートルほどある、“きのこ型”の人外だった。それこそが彼女に取り憑いていたモノである。




 



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