混浴でドッキリ! 悟とアラサー女子の、アツアツ温泉紀行 12


 茉莉花から口移しでスープを飲まされた愛菜は、体中の力が抜けていくのを感じた。


(力が、力が入らないわ)


 足腰で踏ん張ることができず、そのまま尻をついた。それでもなんとか畳の間まで後ろ手で這ったが、そこまでだった。黒い下着姿の愛菜は、古い旅館の畳の上に仰向けで倒れた。


(うかつだったわ、すでに正気を失っていたのね)


 全身が弛緩していく中、愛菜の視界に入ってきた茉莉花の顔からは、人ならざるものの表情を備えた妖しい色香が窺える。人外の力を有したことで得た人知を超えた美貌ともいえるが、それを美しいと思うか否かは人による。


「このスープは高千穂たかちほで採れた“マヒマヒプルプルダケ”というきのこで作ったものですの」


 女将らしく夜会巻きにしている茉莉花は乱れた耳元の後れ毛を指ですいた。なにげない仕草も、エロくて色っぽい。


(ぜんぜん動くことが、できないわ)


 愛菜も、そのマヒマヒプルプルダケのことは聞き知っていた。名前のとおり比較的毒性に強い異能者ですら麻痺させるという恐怖のきのこであり、じめじめした山林などに生息する。対異能犯罪者用の薬やガスの精製にも使われるもので、一般人による故意の採取は法律で禁じられている。


 茉莉花は愛菜を見おろしながら、夜会巻きを留めていたヘアピンをはずした。すると、漆のように艶やな長い黒髪が、しとやかな音をたてながら彼女の両肩を隠した。


「今から、たっぷりと可愛がってさしあげますわ。これは当館の……いえ、私からのサービスですのよ」


 茉莉花は帯をはずし、和服を脱ぎはじめた。すると派手な濃い紫のブラジャーに覆われた胸が露出した。


(ああ、なんて綺麗なの……)


 このとき、なぜか愛菜は同性たる茉莉花の裸に見とれてしまった。その豊かな胸からは熟女の濃い体臭が匂ってきそうである。茉莉花が、かつて芸能人であったことは愛菜も風の噂で知っていたが、その美貌と身体つきには、やはり世俗の人を魅惑するだけの説得力があった。あまりにも美しいのだ。グラマーな女に和装は似合わないというのは迷信にすぎない。彼女ほど和服を美しく着こなす女が、この世にどれほどいようか?


 和服が畳の間に落ちる乾いた音がした。紫のブラジャーとパンティだけになった茉莉花の身体は完璧だった。年齢は四十五歳と聞いているが、とてもそうは見えない。若々しい顔にも、そしてハリがありながらも豊満な肢体にも一点の瑕疵すらないのだ。かつて深夜番組やグラビアで世の男性を悩殺してきたパーフェクトボディは、こんな古ぼけた旅館の女将となった今でも健在だった。まさに美魔女。


 下着姿の茉莉花は、同じく下着姿の愛菜のそばに膝をおろした。美しい女ふたりが淫らな格好で見つめあう様はエロスの極限をゆく。ただ、茉莉花の目には欲望がたぎり、対する愛菜のほうは身動きとれず、恐怖に怯えた視線をおくる。


(なにを、する気?)


 殺されることすら覚悟している愛菜の引き締まった腹のあたりに、茉莉花は右手を置いた。意外とあたたかい。


「若いっていいわね。ほそくて、肌が綺麗よ」


 茉莉花は、愛菜のきめ細やかな肌のさわり心地を味わうかのように手のひらでなぞった。黒いブラジャーとパンティの間にある白い平原のような肉体が、死へとつながる恐怖と女を汚される恥辱、そして、なんともいえない不可思議な感触を受け、すこしづつ熱を帯びてゆく。


(ああ、なぜ今、あたしは感じているのかしら)


 抵抗できぬ愛菜は天井を見上げながら疑問に思った。マヒマヒプルプルダケの影響で麻痺し、なにも感じないはずである。けれど、茉莉花に愛撫されているのは、はっきりとわかる。彼女の手のひらは自分の腹を丹念に往復し、肌の表面にあるうぶ毛が立ちあがるような心地よい圧力をくわえながら優しくなぞる。


(そこは……)


 愛菜は腹の中に異物をさしこまれるような感覚を覚えた。茉莉花の指先が臍をこねくり回しはじめたのだ。


「ううっ……」


 その、くすぐったさと指圧感に、弱々しい声が唇から漏れてしまった。


(おへそは、だめ……)


 性を知り尽くした熟女の精緻な指さばきを受ける中、愛菜は強く目を閉じた。臍は人が持つ気の発生源であるが、そこを外部から刺激されると、えもいわれぬ変な感覚に襲われる。すこし痛くもあり、そして、くすぐったくもある。


「かわいい反応を見せるのね」


 茉莉花は手を止めた。みだれた髪を手櫛でととのえた彼女は


「次は、ここをいただくことにしましょう」


 と、大胆にも愛菜のパンティに手をかけてきた。


(い、一生の不覚だわ)


 全身が麻痺し、弛緩している中、愛菜は自分のうかつさをあらためて呪った。


(BL派のあたしが、まさか百合の餌食になってしまうなんて)


 パンティを脱がされる直前、脳裏に今までプレイしてきたBLゲームや乙女ゲームの映像が走馬灯のようにかけめぐった。人は“なにか”を失う直前、人生の中で出会った様々なことを思い出すものだが、愛菜の場合はそれだった。特に、現在家庭用据え置き機でプレイ途中である男性アイドル育成ゲーム『アイドルスターズMen's Side 〜あの光り輝くステージの向こう側へ〜』には多大な未練があった。あとひとり攻略すれば、隠しシナリオである敵対事務所のイケメン若社長ルートに突入できたのだ。


「悲しそうな顔をしなくていいのよ。すぐに快楽へといざなってさしあげますわ」


 そんな愛菜の脳内に浮かぶ乙女ゲームヒーローのことなど微塵も知らないであろう茉莉花は、パンティを脱がそうとする手に力をこめた。


(誰か、誰かたすけて……おじいちゃん、老師様……)


 愛菜が助けをもとめた、そのとき……


「おっと、そこまでだ」


 と、部屋の入り口から、卑猥な空気に楔を打ち込むような明るい声がした。


「見目麗しいシーンなんで、もちょい見物していたいところだが、さっさとかたづけて温泉に入りたいんでね」


 ニヤけた顔の一条悟が、そこに立っていた。



 

 

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