混浴でドッキリ! 悟とアラサー女子の、アツアツ温泉紀行 9
「あの女将さん、人外に取り憑かれています」
黒い下着姿のままで、愛菜は悟に告げた。
「マジで?」
「ええ」
「わかるのか」
「はい」
「君は“探知能力者”だったのか」
悟の問いに愛菜は頷いた。“探知能力者”とは人外の存在が糧とする陰性気質、つまり負の気を鋭敏に感じとることができる宗教的能力者である。その多くが宗教団体を母体とする退魔連合会に所属し、退魔士となるが、愛菜のようなフリーランスの中にもいる。つまり彼女はフリーランスの探知能力者、ということになる。
「まだ被憑体としては初期の段階です。いま“治療”すれば人外と彼女を完全に切り離すことができます」
探知能力は異能学の世界では“
(これは、好都合だな)
このとき、悟の脳裏に打算がひらめいた。鹿児島に帰って来て三ヶ月あまり。フリーランスとして戦う中で、人外の居場所を察知できる探知能力者とお近づきになりたいと常々考えていたところである。いま、黒い下着姿でいるこの愛菜という女がまさにそれだ。BL好きで、かなり思い込みの激しい一面がある彼女だが、今後のことを思えば、仲良くなっておくのも悪くない。そして、ここは混浴である。
「愛菜さん……」
悟は愛菜の面前に立った。
「はい」
愛菜は、しおらしく返事をした。
「ひとつ、訊いてもいいかな?」
「なんですか?」
「いつまで、その格好でいるつもり?」
悟が言うと、愛菜はスレンダーな自分の身体を見た。黒いシームレスのブラジャーとパンティだけの、なんともしどけない姿である。
「そ、それを早く言ってくださいッ!」
悲鳴まじりに飛び上がる愛菜。本当に忘れていたのなら、ちょっと残念なタイプの女だ。
「まァ、ここは混浴だ。裸になっても困るこたァねぇよ」
「あ、あ、あたしが困るんです!」
愛菜が叫んだそのとき、男湯側の入口から人の気配があった。
「なんじゃなんじゃ、おぬしら。騒がしいのう」
いま現在、男女が共有できる仕組みになっているこの脱衣場に入ってきたのは神宮寺平太郎だった。好爺老師の異名を持ち、鹿児島の異能業界でもっとも尊敬されているこの老人もまた、洗面器に入れたマイ温泉セットを右手に持っていた。
「爺さん、なにしに来たんだよ?」
悟は驚いた。実は平太郎と相部屋だったのである。この老人はたしか、宴会が終わったあと、他の老人たちとひとっ風呂浴びて、とっくに寝ていたはずだ。
「なにとはなんじゃ。温泉につかりに来たに決まっとろうが」
平太郎が答えると、彼の頭が脱衣場の電灯を反射し、まばゆくきらめいた。既に髪はないツルッパゲの老人である。だから洗面器の中に入っている黒いボトルのスカルプシャンプーは、その名のとおり頭髪ではなく、むき出しの頭皮を洗うためのものに違いない。
「おいおい、あんた、さっき入ったろ。ホントにボケちまったのか?」
「この旅館の温泉は十二時過ぎると混浴になるんじゃよ。そのときを見計らっての、二度目の“ばすたいむ”じゃ」
(このクソジジイ、ここが混浴だと知ってやがったのか)
悟は平太郎の言い草に呆れてしまった。その年になって、まだ女の裸に興味があるとは元気にもほどがある。
「しかし、出会うたばかりのおぬしらの仲がここまで進んでおったとはのう」
平太郎は黒い下着姿のままでそこにいる愛菜を見て、意味ありげに笑った。男ふたりの前で、浴衣を着るタイミングを逸してしまったのだろう。愛菜はただ、両腕を交差させて胸を隠し、美乳スレンダーの身体をわなわなと震わせながら怒りの形相を示していた。
「愛菜ちゃん、しばらく見んうちに、いい女になったのう」
と、平太郎。その言葉を聞き、ついに愛菜は怒声をあげた。
「出てって! ふたりとも、ここから出ていってください!」
我慢の限界がきたらしく、彼女は自分のマイ温泉セットをふたりに投げつけた。
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