混浴でドッキリ! 悟とアラサー女子の、アツアツ温泉紀行 2

(なんとかして、このジジイだらけの宴会から抜け出す方法はないものか……)


 悟は旅館の宴会場を見まわした。自分以外はみな老人、という怪異な環境の中で、すっかり居場所をなくしてしまっている。話は合わないし、居心地が悪いことこの上ない。


 なぜ悟が今回の慰安旅行に参加しているのか? それはもちろん彼が、この“鹿児島自営異能者友の会”の会員だからである。藤代グループ会長 藤代隆信ふじしろ たかのぶや、その孫娘 真知子まちこのはからいにより鹿児島県内で活動できる三級独立異能者の資格を得たのが九月のことだった。フリーランスとして活動し、ときに薩国警備からの依頼を受ける見返りとして、EXPERの鵜飼丈雄うかい たけおに因縁の相手であるペイトリアークの情報を調べさせている。その結果、これまで鹿児島でおきた多くの事件を解決してきた。さすが剣聖と呼ばれた男。腕利きである。


 ここ鹿児島で独立異能業を営む者は、鹿児島自営異能者友の会への入会が半ば強制される。それには理由があった。力ある異能者による不祥事、犯罪は昔からあとをたたない。そのためクリーンかつ公正なイメージを世間にアピールするため、地元フリーランス異能者を入会させるわけだ。異能犯罪者や人外の存在との戦いが主たる責務の彼らだが、ときに警察や消防とも連携し、治安や防災にも協力する。また社会奉仕活動にも熱心で、子供たちの交通誘導や空き缶拾い、地域によっては一人暮らしのお年寄りの見守りまで行う。異能者は人々に奉仕するもの、という概念を友の会メンバーは忠実に守っている。


 悟は耳をすませてみた。まわりの老人たちの雑談が聴こえてくる……


「まあ、しかしあれですのう。最近は足腰が衰えて現場に行くのも一苦労ですわい。車の運転も大変ですじゃ」


「わしも、そろそろ車の免許を返納しなければならんかのう。こないだレストランで“サイコロステーキ”一人前を頼もうとしたら、舌が回らず“サイドブレーキ”一人前と言ってしまいましたわい」


「山田さん、そりゃ免許うんぬん以前にボケが始まった証拠じゃよ」


「わしも近ごろ滑舌が悪くなってのう。ガソリンスタンドでエンジンオイルの交換を頼んだら、店員から“うちでは、けんちん汁の扱いはございません”と言われてしまったんじゃ」


「それはまた、大変じゃったのう……ゲホッゲホッ……! ああ、すまん。最近冷えてきたせいか痰が絡みやすくなってのう」


 異能を持つ老人たちの会話には枯れかけの花が咲いていた。聞けば聞くほど、死臭直前のキツい加齢臭が漂ってきそうだ。


(まったく……神宮寺の爺さんに借りを作った俺がバカだったぜ)


 悟は、横で楽しそうに酒を飲んでいる神宮寺平太郎を見た。薩国警備の潮崎健作しおざき けんさくとの試合で立会人になってもらったのは九月のことだった。そして鹿児島市内にある静林館せいりんかん高校の時計塔を退魔連合会の悪徳退魔士、銭溜万蔵ぜにだめ まんぞうの手から守るため、平太郎の行きつけの店である“おっぱい天国モミモミ大明神”に口を聞いてもらい、そこの従業員として潜入したのも九月だった。ふたつも借りを作っていたため、この宴会を断ることができなかったのである。


(“仮病”でも使うしかないか)


 適当なタイミングで“腹が痛い”とでも言えば、抜け出せるだろうか? もしくは“風邪気味”とでも言えば良いだろうか? 酒を飲まない悟は冷えたウーロン茶を飲みながら、あれこれ思案してみた。


「“坊主”、なにを不景気な顔しとるんじゃ。もっとたくさん食べなさい」


 平太郎から背中を叩かれた。この老人は子供の頃から知っている悟のことを坊主、と呼ぶ。


「言われなくても、わかってるよ」


 悟は頭をかきながら箸をとり、膳の上にのせられた鮎の塩焼きをひとくち食った。


(美味いな……)


 心地よい塩味と微細な苦味が口の中に広がり、川魚特有の香りが鼻に抜けてゆくのを悟は感じた。この時期の鮎は産卵を控えた“落ち鮎”などと呼ばれ、初夏のころの物と比較すると味が落ちるとされている。そのため醤油で煮付けるのが一般的な食い方であるが、これは塩焼きであっても美味かった。養殖物の味ではない。


「それは、天降川あもりがわの鮎でございます」


 背後から澄んだ美声がした。悟が振り返ると、いつからいたのか、そこに三つ指ついた女将の鳥越茉莉花がいた。


「産卵を控え、比較的平坦な天降川をくだる落ち鮎は、その過程で適度に筋肉が落ち、その身が柔らかくなると言われております。初夏の鮎に比べると香りが強くなり、苦味が増しますが、それを塩のみで味付けしますと若鮎にはない深い味を醸し出すようになるのでございます」


 和服を着こなし、夜会巻きにした髪も艶っぽい茉莉花は、そのように説明した。天降川は湧水町ゆうすいちょうに源流を持ち、ここ霧島へと伸びている。なるほど、この落ち鮎が持つ塩味と苦味の絶妙なコラボレーションは鹿児島の大自然が育んだ、お子様にはわからない大人の味わいなのだった。“ここにいる老人たち”と同じく晩期を迎えた鮎であるが、抑えきれない加齢臭と常備薬の人工的な苦さばかりを撒き散らす“ここにいる老人たち”とは違い、食欲をそそる香りと爽やかな天然の苦味を我々に教えてくれる。


「ところでお客様、本日のお料理は、いかがでございますか?」


 茉莉花が訊いてきた。


「ああ、美味……」


「美味いのう、久々に良い酒が飲める味と出会ったわい」


 悟が答えようとしたら、平太郎に先を越された。


「ありがとうございます。それは、よろしゅうございました」


 再び三つ指をつき、茉莉花は頭を下げた。ここはくたびれた温泉旅館であるが、鮎だけでなく、これまでに出された料理も実に美味かった。先付の秋茄子とトマトのイタリアン風サラダ、旬の銀杏を用いた茶碗蒸し、甘鯛の煮物、そして刺身。季節の物をふんだんに使った料理の数々は味と香りだけでなく見た目も美しいものだった。


「ああ、美味いよ」


 悟も答えた。本音である。かつて剣聖として世界中を駆け回ったこの男は当然に舌も肥えている。各国の名店を知り尽くした彼が太鼓判を押したわけだから、この“てんがらもん旅館”の料理は本物と言ってよい。


「それはようございました。当館の料理長は五年前まで銀座の有名料亭に勤めておりました。日本料理のみならずフレンチやイタリアンも研究しており、西洋の食材なども積極的に取り入れております」


 と、茉莉花。まるでどこかの“鉄人”のような料理人が、こんなくたびれた温泉旅館にいるのだから世の中狭いものである。


「料理長は、かの剣聖スピーディア・リズナーにも食べていただいたことがあるそうです。それが人生最大の誇りと言っておりました」


 茉莉花は言った。“本人”の前で……




 

 

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