ニュー・オーバーテイク 〜淫情剣〜 6

 鳴り響く音楽とミラーボールの照明の中、強制的に酒を飲まされ、意識を失って床に倒れている寿子。抵抗できない彼女に、男三人が群がった。


「きょうは、たいくつしてたんだよ。ちょーどいーぜ」


 “歯無し”はシンナー臭い息を吐きながら寿子のデニムを脱がした。中身は彼女の顔同様に地味なベージュのパンティだ。デザインも平凡なものである。


「こんなダセぇ女でも、ついてるもんはいっしょだからな」


 “顎髭”は筋肉質の腕で寿子のニットを裾から引き裂いた。呼吸に波打つ女の肌があらわになり、人目に晒される。


「へへへ、まったくだぜ。顔はイマイチでも女は女さ」


 “スカジャン”は寿子の頭に紙袋をかぶせた。強姦の最中、地味な顔が見えると萎えるから、であろう。


「こんなオバサンのどこがいいのォ?」


 黙って見ている志村の右側に座る金髪ギャルが眉間に皺をよせ、あからさまな嫌悪の情を見せた。


「ツーか、こいつらマジキモいんだけど……」


 志村の左側に座る褐色ギャルは、まるで汚い物を見るような目で三人の男どもの行為に難色を示した。彼らの“仲間”である不良娘たちであっても、同性の性的危機を毛嫌いする程度の倫理観を持ってはいるらしい。


「ねぇ、ハルタカ。止めてあげなよォ」


 褐色ギャルが志村の耳もとで囁いた。金髪ギャルのほうも事態の深刻さに気づいたのか周囲を見回している。


『HEY! おまえら、テンションアゲアゲが大事だぜ! ドゥーユーアンダスタン?!』


 DJの声がマイクを通し、店内に響く。ノリの良いサウンドに身をまかせ、客たちは踊り続けている。彼らの何人かは、今ここで行われている行為に気づいているはずだ。だが、誰も止めようとしない。異常な光景だが、ここは“そういう店”である。


「おい……」


 と、引き裂いたニットを床に放り捨てた“顎髭”の視線が、寿子の身体に熱く注がれた。


「ああ、すげぇな……」


 寿子の頭に紙袋をかぶせた“スカジャン”が唾液を飲み込んだ。


「へへへ、いーぜいーぜ、さいこーだぜー」


 “歯無し”は寿子の下半身から剥ぎ取ったデニムの尻の部分でシンナー臭い自分の涎を拭いた。


 男三人が今、硬直している理由……それは下着姿で床に倒れている寿子の身体を見たからに他ならない。カムフラージュの役割を果たすほどにゆったりしたニットを着ているときはわからなかったが、平凡なベージュのブラジャーの中には意外なほどに豊かな胸がつまっていた。仰向けの姿勢でも大きさを損なわない逸品は若さゆえのハリに欠けており、やや垂れ気味だが、むしろそれが良かった。


「畜生……顔はたいしたことないくせにスケベな身体しやがって」


 “顎髭”が唾を吐き捨て毒づいた。同じくベージュのパンティは大事なところを完全に覆うほどに面積が大きく、股間を完全に隠すダサいデザインだ。だが、そこからのぞく太股はどうか? 熟れた果実のように肉づきがよく、甘い果汁がつまっていそうではないか。


「顔さえ隠せば、かなりいい女だぜ」


 我慢の限界に達したか、“スカジャン”はすでに自分のズボンのベルトを外している。寿子の腹や腰回りにも濃厚な脂がのっていた。胸から脚までが全体的に“ユルい”のである。彼女は独身だが、欲求不満を抱え昼下がりの不倫に走る“団地妻”にも通ずるユルさだ。もし合意の上で彼女を抱くときはセクシーな格好などさせない。ダサい服や下着のほうがいい。ベッドもいらない。古ぼけた団地の黄ばんだ畳の上で乱暴に着衣をむしり取ったとき、あらわれるだらしない身体と汗ばんだ体臭に男は現実を見て取り、そして夢との境界線を嗅ぎ取り、興奮するのだ。


「今日は俺からだぜ……」


 “スカジャン”が紙袋をかぶせられたままの寿子のブラジャーに手をかけた。独身でありながら全体的にユルい団地妻のようなこの女だが、やはり一番の魅力は胸にある。紙袋をかぶせられた地味な顔の下にある極上の身体を見たとき、彼らは年上の良さを……いや、男をその気にさせる“偽りの団地妻”の良さを知ったのだ。






 そのとき、店内の空気が動から静へと変質した。鳴り響いていた音楽が突如ストップしたのである。踊っていたはずの客たちは動きを止め、彼らを煽っていたDJは仕事を忘れ、いっせいに入り口を見ていた。


「素敵……」


 客の女性のうちの、誰かひとりがそう言った。店に入ってきた“男”は女性的なルックスであまりにも美しかった。皆の燃えたぎっていたダンス熱を急速に凍結させるほどに……かつて異能業界の世界的スーパースターだった“彼”は、こんな場末のクラブでも輝きを放つのか。常連客ばかりのこの店にあらわれた見慣れぬ新参であっても一瞬にして女たちの心を虜にし、そして男たちの嫉妬心をかきたてる。


「誰? 芸能人?」


「あんたバカ? こんなとこに来るわけないでしょ」


「でも、すごくカッコいいよ」


「あたし、今日来て超ラッキーだったかも」


 男性客らが露骨に見せる不満顔の中、女性客たちは彼に夢中だった。十四種の人工的な色彩を順番に発揮する天井のミラーボールは次々と彼の姿に異なる性質の光線を浴びせるが、それが原色であっても間色であっても似合うことこの上ない。そんな絵になる男だ。


「あ、こっち来るよ」


 また誰かが言った。だが、彼が近づくと皆が道を開けた。女も、男も皆である……なぜか? それは、血塗られた宿命に生きてきた“剣聖”が持つ危険な雰囲気のせいなのかもしれない。客たちは、それを本能的に感じ取り、誰も彼に触れようとはしない。そして誰も、その行く手を阻むことはできないのだ。






「誰です?」


 ソファーにかけたまま、志村は目前に立った“彼”に訊いた。


「一条悟」


 “彼”は、そう答えた。

 

 

 



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