ニュー・オーバーテイク 〜淫情剣〜 5

「これは中央駅の駐車場で撮った写真ですの。あなたが会っていたのは先日、未成年者に対するわいせつ行為で逮捕された高校の教員です」


 寿子は、その写真を見せた。彼女の表情には店内に鳴り響く音楽に負けない決死の思いがあった。対する志村は全くの無表情で煙草をくゆらせている。写真は彼と、その教員が鹿児島中央駅の立体駐車場でなにやら会話をしている現場を写したものである。


「妹が死んでから、私はずっとあなたを張っていました。いつか尻尾を出すんじゃないかと思って。そうしたら……」


 この写真を撮る事ができた、というわけである。その男性教員がわいせつ行為で逮捕されたのは数日前のことで、ニュースにも取り上げられた。それと志村には、なにやら浅からぬ関係があるようだ。


「これだけで、あなたが悪事に加担していることがわかるのです」


「なら、警察に持って行ったらどうです?」


 志村に言われると、寿子の顔が曇った。


「持って行きました。でも……」


「証拠にならなかったんでしょう。そりゃあそうですよ。僕は、その男に“道を訊かれた”だけですから……」


 志村の言うとおりである。寿子は、この写真を警察に見せたが、志村逮捕につながる決定的証拠にはならなかった。


「そう……そうなのです……」


 うつむき、思いつめたような表情をする寿子。その目に悔しさが滲んでいたが、天井のミラーボールがそれを映し出すことはない。ここは店内の端にあるせいか、彼女の心根をあらわすように薄暗かった。


「大崎の田舎から出てきた妹は、美容師になるのが“夢”でした……」

 

 寿子の妹は生前、鹿児島市内の専門学校に通っていた。実家は曽於そお郡の大崎町おおさきちょうにある決して裕福ではない農家だが、彼女にかかる学費をなんとか捻出していた。OLである姉の寿子とアパートで質素なふたり暮らし。寿子自身も“稼ぎ”をあてがって学費の一部を援助していた。


「妹が死んでしまったことで、ショックを受けた母は倒れてしまいました。父も身を粉にして畑に出ています。みんな苦労してるのに、なぜあなたは……あなたのような悪人がのさばるのでしょう」


「苦労っていうのはみんなしてるもんですよ。自分ひとりが苦しんでいると思うのは、エス的な思考層と自我の精神バランスが乱れている証拠です。あなたは辛いことがあった後にありがちな状態におちいっていますね」


 どうやら精神学に詳しいらしい志村は柔和な笑みを崩さない。一方で彼の左右に座るふたりのギャルは、意外と真面目に話を聞いていた。


「それにしても“夢”とはね。彼女に、そんなものをいだく思考層があったとは思えませんが」


 その志村の言葉、なにを意味するのか……?


「警察が……警察があてにならないのなら……!」


 寿子はバッグから一本の包丁を取り出した。


「私が、あなたを殺します!」


 バッグを捨て、包丁を両手に持った彼女は妹の仇をとるため一歩踏み出した。突然の事態にギャルふたりが悲鳴をあげる。


「あっ……!」


 だが、志村を刺し殺そうとした寿子の行動は、彼女の背後に立った何者かの手によって、あっさりと阻止された。


「おう、ハルタカ。もめごとか?」


 暴れる寿子の手首を握り、その行動を封じているのはチェック柄のシャツを着て顎髭をはやした男である。彼の横には、さらに二人の男が立っていた。三人とも百八十センチ以上あり、ガラが悪いがガタイは良い。この店の常連客のようだ。


「まぁ、そんなところだよ」


 志村は灰皿で、煙草をもみ消した。その顔に怯えた様子はない。


「そいつは“お仕置き”しなくちゃならねえな」


 背中に髑髏マークが刺繍されたスカジャンを着た男がいやらしく笑った。手にはテキーラの瓶を持っている。


「そりゃーよくねーなー、ひとごろしはケーサツにつかまっちまうぜー」


 最後に、Tシャツと短パンを着た男が言った。シンナーでもやっているのか前歯がなく歯茎が丸見えだ。滑舌が悪く目の焦点が定まっていない。


「やめて、離してください!」


 なおも暴れる寿子の手首を“顎髭”が強く握った。すると痛みに耐えられなかった彼女の手から包丁がこぼれ落ちた。


「おいハルタカー、このおんな、ヤっちまっていーか?」


 目だけをギラつかせながら“歯無し”が訊いた。それに対し、志村はなにも言わない。端正な顔に、なんの表情もない。


「じゃあ、遠慮なく」


 それをOKサインと受け取ったか、“スカジャン”は“顎髭”が羽交い締めにしている寿子の口にテキーラの瓶の口天部を近づけた。


「ああ……おやめください……」


 その声は男どもに届かず……無理矢理酒を飲まされる寿子。抵抗しようとするも、横から“歯無し”に顎をつかまれる。こうされると吐き出すことができない。もちろん相手は体格の良い三人だからどうにもならない。


「やめ……て……」


 気管を刺激されたか逆流した分のテキーラが唇からこぼれ寿子のニットを汚していく。喉に焼けつくような痛みを感じているであろう彼女は涙を流しているが男どもは無慈悲にも乱暴を続ける。


「オラァ、こっち向けやクソアマぁ!」


 空になったテキーラの瓶を投げ捨てた“スカジャン”が両手で寿子の頭を強く揺さぶった。酒のまわりを良くするためである。ただでさえアルコール度数の高い酒を飲まされた身だ。たまったものではないだろう。


 ぐったりと床に倒れた寿子。強制的に酔わされ、意識はあるまい。目からこぼれた涙と唇からこぼれたテキーラが地味な顔を汚していた。デニムを穿いた太股が開き、かすかに動いている。


 その姿を見た男たちの目に欲望がたぎった。彼らは鼻息を荒くし、三人がかりで寿子の服を脱がしはじめた……

 

 

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