魔剣ヴォルカン 40

 悟はソニックシェイカーで空中からサタンの頭部に斬りつけた。それと同時にソニックシェイキングシステムのトリガーを引く。


『Ugaaaaaaaaaaaa!!!!!』


 暗黒の夜空に、そして伊佐の大地に、サタンの絶叫が響いた。藤代アームズが誇る天才マイスター早乙女睦美の手によるこの剣は、新開発の超音波振動機構ソニックシェイキングシステムにより、通常のチェーンソーの三十倍もの切断力を発揮する。そのパワーは使い手たる悟にダイレクトに伝わった。骨の髄まで痺れるような、凄まじい衝撃と振動である。


『我……魔剣によりし顕現を、なおも求むもの也……』


 頭頂から真ッ二つにされてもなおサタンは口をきくことができるらしく、その断末魔にこう語った。


『我……当世における肉体を消失したのみ……父王の意志と意思が現存し、それを具現できる依代がある限り……我再び蘇り、破壊と破滅、破綻をもたらす汝らの災厄神となろう……』


 ソニックシェイカーによる物理ダメージを受けたサタンの肉体が縮小し、徐々に人らしさを取り戻してゆく。一分もたたぬうちに元のジェラールの姿となり、その場に倒れた。


「しっかりしろ」


 と、悟は彼の傍らに立ち、声をかけた。


「姉さんは……?」


 上半身裸のジェラールは、心底疲弊した、といった表情で目と口を開いた。人外から解放された直後特有の痛み苦しみもあるはずで、喋るのにも労力を要するだろう。だが、それでも姉サンドラの行方を訊いてきた。


「安全なとこに匿ってるよ」


 悟が言う“安全なところ”とは藤代隆信邸である。あれより強固な警護を受ける個人宅は鹿児島には存在しない。ここに来る前に、悟はサンドラを隆信に預けたのである。あの老人からの依頼を受ける条件として。


「僕は……姉さんを狂わせた……この世に復讐したかった……そして……失われた力を取り戻したかった……」


 ジェラールは、なんとか言葉を繋いだ。古代の呪法の依代となったその体にかかる負担は大きかったのだろう。一度開いた目は再び閉じ、端正な顔面は蒼白になっている。


「むかしの姉さんが……僕のために……神父様に身を捧げたことはわかっていた……でも、それを許すことが……できなかった……」


「喋らないほうがいい。君の体は、限界のはずだ」


 悟の後から瀕死のジェラールに声をかけたのは鵜飼である。サタンの攻撃を正面から喰らっていたが、どうやら無事らしい。


「姉さんに……伝えてくれ……」


 ジェラールの口は最後の言葉を紡いだ。


「愛している……と……この世で最も……姉さんのことを……愛している……と……」


 冷ややかな風に魂を誘われたか。ジェラールは、それっきり動かなかった。彼は最後の最後で、姉をゆるしたのである。






「やっと起きたかい。ずいぶんよく眠っていたもんだねぇ」


 アンドレが目を覚ましたとき、妻のテレーズは皮肉な口調で言ってきた。その後ろに早朝の白けた空が見える。どうやら、あれから数時間が経過したようだ。


 起きようとしたとき、一条悟の剛剣を喰らった腹が痛んだ。それでも生きている、ということは峰打ちだったのか。あのあと意識を失ったが、テレーズが車でここまで運んでくれたのだろう。


「もうちょっと、寝ておいで」


 と、テレーズはアンドレの頭を抑えつけるようにした。どうやら彼女の膝の上らしい。周囲を見回すと、ここは舗装された狭い山道で、乗ってきたセダンの影にふたりはいた。アンドレが寝ているのは地面である。


「博士は? ジェラール様は?」


 テレーズの膝枕の上で、アンドレは訊いた。


「博士は行方をくらましたよ。ジェラール坊っちゃんはどうなったかわからないが、この静けさから察するに負けたんじゃないかね」


 返答を聞き、アンドレは陽がのぼりかけた空を見た。あの一条悟と鵜飼丈雄ならば古代の呪法により人外の力を得たジェラールすら倒したかもしれない。そう考えることもできる。


「もしそうなら、それで良かったんじゃないかね」


 テレーズの顔は穏やかだった。


「もともと優しかったあの坊やは、縛られていたものから解放されたんだ。それで良かったさね。あんたもそう思ってんだろ?」


 そう言われ、アンドレはかつての誇りの証たる襟章をつまんだ。自分が所属していた異能傭兵集団、熱帯戦線を裏切ったペイトリアークに復讐するため、古代の呪法とジェラールの力を必要とした。だが、子供のころ遊んでやったジェラールに対し憐憫の想いがさしていたのも事実である。


「さて、これからどうするんだい? 地獄まで、とは言わないが、あたしゃあんたの妻だからねぇ。ついて行くよ」


「俺らは日陰者にすぎん。ならば、それにふさわしい生き方もあろう」


「また、悪さを企むのかい?」


「とりあえず、鹿児島ここを離れてから考えることだ。消えた博士も、もう近くにはいまい」


 アンドレはテレーズの手をとり、今後を考えた。


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