魔剣ヴォルカン 39

 魔剣ヴォルカンを飲み込み、巨大化したサタン。その体高は三メートルほどで、平均的な人外と同じくらいの大きさである。だが威圧感は何者とも違う。古代の呪法による影響か? それとも魔剣ヴォルカンの力か? いや、母体であるジェラールが心に握りしめていた怨嗟が無意識のうちに外部に噴出しているのか? 少なくとも恐るべき魔界の実力を秘めていることはわかる。


「あれが、最終形態かね」


 やや離れた先の標的を目にし、悟は頭をかいた。


「だと、いいがな」


 鵜飼は懐からデザートイーグルを抜いた。


「不吉なこと言うなよ鵜飼。あれより進化したら、余計に勝つ自信がなくなるぜ」


「俺に訊かれても困ることだ。人外の都合など知らん」


 ふたりの会話が聴こえているのかいないのか。サタンはこちら側に一歩を踏み出した。その爪先は、いかにも悪魔の如く反って尖っている。そして腕は地を引きずるほどにある。


 サタンは両手を組み、天に向かって長い両腕を上げた。その頭上を照らすように、手首のあたりから青白い火花が散った。


 振り下ろされたヤツの両手から極太の光線が走った。中央車線を挟んで左右に散った悟と鵜飼が立っていたあたりを通過したそれは、彼らの背後に伸びる暗い道路の先にあるコーナー付近まで届き、なにかにぶつかって四散した。とんでもない射程距離の拳圧である。


『Grrrrrrrrrrrrrrr……』


 もはや人の言葉を忘れたか、低い唸りをあげるサタン。その凶悪な目はルビーのように赤く光り、闇に浮かんでいる。そして、その力はさきほどまでの形態のときより強い。


(巨大化しただけのことはあるな)


 ガードレールを飛び越え、草むらの中に身を潜めた悟は、ヤツの拳圧が飛んだ方向を見た。人家がない場所であること、そして共闘できる鵜飼がいること。この二点が幸いである。


(“こいつ“を使うしかないか……)


 悟はソニックシェイカーの握り手に付いているトリガーの位置を確認した。ちょうど右手の人差し指が当たる位置にある。最終的には物理攻撃力がものをいうが、それを助長するのが、この剣に搭載されている“ソニックシェイキングシステム”である。問題はサタンに近づくことができるかどうか、だ。


 反対車線側のガードレール上を人が飛んだ。鵜飼だ。彼は勇敢にもサタンに対し正面決戦を挑んだ。


『Gaaaaaaaaaa!!!』


 雄叫びをあげ、腕を振るサタン。空気が振動する音がここまで聴こえた。ただでさえ長い腕が、さらに伸びたのである。ムチのようにしなり、凶器と化した。


 鵜飼は初段をかわした。サタンは、さらに両腕をふるい自己の巨体を防衛する。長いリーチの内側に寄せ付けない、という動きだ。


『Gaaaaaaaaaaa!!!』


 サタンの腕は伸縮を繰り返しながら執拗に鵜飼を狙った。その動きは鋭く速い。だが畑野茜の力を借りているという鵜飼は、それらすべてを見事にかわす。目の覚めるような動きを見せる。


(畑野さんの力、ってのがいつまで続くかわからねぇからな)


 スキを見て悟は草むらを進み、サタンに近づいた。驚異の敏捷さを手に入れた鵜飼が囮になってくれているのはわかる。だが、その効果は有限のはずだ。リミットが来る前にサタンを討たなければならない。


 鵜飼は相手の攻撃を避けながら片手でデザートイーグルのトリガーをひいた。大口径を誇るその銃身から、どデカい轟音がこだまする。


『Ugaaaaaaaaaaaa!!!』


 44マグナム弾を頭に喰らったサタン。だが、その動きがとどまることはない。なおも腕を伸ばし、鵜飼に襲いかかる。


 アスファルトが砕けた。サタンの腕は飛び退いた鵜飼をとらえきれず、代わりに道路を叩いたのだ。舞い散る瓦礫の中、着地した鵜飼は、さらにデザートイーグルを連射した。


『Gaaaaah!』


 全身に44マグナム弾の砲火を受けながらも、サタンは自らの体高以上に両の腕を伸ばし反撃した。ダメージはあるはずだが、やはり倒すのは容易ではない。かたや鵜飼は、攻撃をさらに避けトリガーを引く。


 サタンの赤い目が光った。ヤツが振り回す手の平から拳圧がほとばしる。鵜飼はそれを飛んでかわし、素早く空中で弾倉をリロードした。悪夢のような威力の拳圧はアスファルトを木っ端微塵にする。


 地に降りた鵜飼がデザートイーグルの照準を定めようとしたとき、予想外のことがおこった。今度はサタンが前方に上げた右脚が一直線に伸びたのである。尖った爪先が鵜飼を刺し殺そうと唸りをあげた。


 茜の力を借りている鵜飼は、それすらもかわした。だが、直後に飛んできたサタンの長尺右ストレートへの反応が遅れた。小手をはめた両腕でガードするも、あっけなく吹き飛ばされる。鵜飼ひとりで相手をするのは、ここまでが限界か。


 サタンの背後に飛影が踊った。かつて誰かが言った。“剣聖スピーディア・リズナーが空を舞うとき、その背に人々の想いが見える”と。それは多くの生死に関わり、より多くの哀しみを見てきた彼の生き様を知る者だけが語る美しい絵空事にすぎないのかもしれない。だが本当にそうなのだろうか? 依頼人のサンドラが願う弟ジェラールの無事だけではない。託されたものと血塗られた宿命、そして戦いの果てにある無情。それらすべてを双肩に背負い、今宵も飛ぶのだ。死して伝説となり、人々の心の中にしか生きていない最後にして“偶然の”剣聖は……


 サタンが鵜飼を相手にしている隙に、その背後をとった悟はソニックシェイカーで空中からヤツの頭部に斬りつけた。それと同時に、ソニックシェイキングシステムのトリガーを引いた。


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