魔剣ヴォルカン 38

 悟がソニックシェイカーで放った剣圧を背中に受け、サタンは地面に落下した。重い音と共に大地が揺れる。


 その揺れに合わせるように攻撃をした側の悟がよろめいた。渾身の気で放った今の剣圧で、かなり消耗したのだ。これまでの戦闘でも体力を使っている。それでもサタンがこしらえた大穴に落ちたフリをして背後をとる機会を狙っていた。


(やはり、一撃では無理か……)


 悟は数十メートル先で、うつ伏せに倒れているサタンを見た。背中の翼は煙をあげ半壊している。ヤツが得意としている空中戦を封じた、と期待したいところだ。


(なかなか、いい剣じゃねぇか、真知子……)


 悟は右手で新型剣、ソニックシェイカーを軽く振った。大剣と言ってよい大きさだが、極端な重さは感じない。いま剣圧を放って、その良さはわかった。オーバーテイクを失った今、頼れるのはこいつの威力だ。


 後方からヘッドライトが近づいてきた。大型のセダンである。硬い音をたてて停まると、助手席からアンドレが出てきた。


「よう、生きてやがったか」


 悟は声をかけた。


「一条悟、この恨みは今この場で晴らすぞ……」


 アンドレは右手でコートに付いている襟章の上半分をつまんだ。消えた下半分は昨夜、鹿児島中央駅のそばで悟が斬り落とした。その怒りからか旺盛な戦意を感じる。サタンと同時に相手するのはきつい状況だ。


「リベンジの申し込みには早くねぇか?」


「闘いに時期など関係ない」


「前に、あんたと同じことを言ったヤツが、ひとりいたよ」


 と、悟が指さす方から、もうひとつのヘッドライトがやって来た。薩国警備のステーションワゴンである。


「そいつのことだけどな」


 悟がニヤけると同時に、停車したステーションワゴンの運転席から鵜飼が降りてきた。戦闘用の小手を両腕にはめていることをのぞけば、薩国警備の制服を着たその見た目はいつもと変わらない。が、どことなく身にまとっている気配が違った。


「これで二対二。どうするムッシュ?」


 サタンがいまだ動かないことを確認した悟は、アンドレの行動を伺った。相手が増えたからといって、退くような男ではないだろう。


 アンドレの影が消えた……飛燕の速さで悟の頭上を襲う。空中から飛んでくる彼の拳には気組みと殺意がみなぎっていた。喰らえばひとたまりもない。


 対する悟の抜き胴は諸手に気を込めた、まさに剛剣であった。やや体を右前方に推進させ、骨太な真一文字の閃光を生む。ソニックシェイカーは使い手が意図したとおりの剣筋を描く名筆となり、それを操る剣聖は達筆の腕さばきを見せる。力強い一筆を思わせる一刀だった。


 カウンターとなった斬撃を腹に打ち喰らったアンドレの巨体が吹っ飛んだ。ソニックシェイカーは試運転シェイクダウンもまだだったが、あっさりと自分の物にするあたりは、さすが悟である。弘法筆を選ばず。そして剣聖は剣を選ばず……


「おや?」


 アンドレを撃退した悟は首をかしげた。そこにいたはずの鵜飼の姿がない。見ると彼は、サタンのほうへと歩を進めていた。


「おいおい、危ねェぞ」


 と、鵜飼のうしろ姿に声をかける悟。サタンは立ち上がろうとしていた。さきほど放った剣圧により背中の両翼は損壊しているが、それでも戦闘意欲は鈍らないようだ。ヤツは魔剣ヴォルカン片手に直立した。


 サタンは鵜飼のほうへと駆けた。ヤツが攻撃手段として選択したのは魔剣による斬撃である。連続で繰り出される漆黒の刃は幾度も押し寄せる荒波のように見える。執拗に鵜飼の面を狙う。


 だが鵜飼は鮮烈な動きでそれらをかわした。わずか数秒の攻防でサタンが繰り出した無数の剣は大車輪のように速く鋭いものだったが、そのすべてが空転に終わった。完璧すぎる回避行動ののち、鵜飼は魔剣の一閃をかいくぐり正拳突きを放つ。こちらも完璧なタイミングでの一撃だった。それを腹に喰らったサタンは十メートル以上も吹き飛び、仰向けにダウンした。


「おまえにしちゃあ、いい動きだ」


 悟は鵜飼の背中に近づいて言った。


「畑野君の力を借りた」


 その大きな背中が答えた。やはり、どこか普段と違う雰囲気がある。オーラ、のようなものがいつもと異なるが、畑野茜から、なんらかの“力の供与”があったのだろう。


「だが、簡単に決着とはいかないらしいぜ」


 悟は、なおも立ち上がろうとするサタンを見た。やはり一筋縄、というわけにはいかないようだ。


『我、父王の作りし魔剣をもって、勝敗を制す者也……』


 サタンは口を大きく開けた。縦に三十センチほどにも広がったその中には体色同様の黒い空間が広がっている。


『我、ヴォルカンにして、ヴォルカンもまた、我……』


 口を開けたまま、ヤツは魔剣ヴォルカンを天にかざした。


『ふたえは現世現行の理をもって今、ひとえと為す……』


 そして、驚くべきことにサタンは手に持った魔剣ヴォルカンを柄のほうから飲み込みはじめた。


『ふたえがひとえとなり得る道理あらば、ひとえがふたえとなる道理もあり……この世の真理は常に、双方向のゆき先のもと、自然に帰し、自然に抗うものなりて……』


 やがて魔剣ヴォルカンを刀身ごと完全に飲み込んだサタン……もとはジェラールという名の青年だったモノは乳白色の光に包まれた。


『この世の理に仇なす愚かな人間どもよ……神となり、支配そのものとなった我が顕力を知って、来世の果てまで悔いるがよい……』


 危機を察知した悟と鵜飼は大きく後方へと飛んだ。ヴィクトル・ドナデュー博士が開発した魔剣ヴォルカンを体内に取り込み、巨大化したサタンは剛烈な威圧と苛烈な威厳をもって、アスファルトの上に雄々しく君臨していた。

 

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