魔剣ヴォルカン 35

 サタンと化したジェラールが振るった魔剣ヴォルカンに弾き飛ばされた悟は、夜の宙空に弧を描き地面に激突した。猛烈な衝撃を感じるが、これで死なないのが人並外れた異能者という人種である。すぐに立ち上がり、相手の動向をうかがう。


(こりゃあ、なんか手を考えなきゃならねェな)


 悟は打ちつけた腰を片手でさすりながら、夜闇と半同化しているサタンの黒い姿を見た。魔剣片手に、ゆっくりと近づいてくる。異能者は夜目がきくため視認はできるが、倒す手段があるだろうか? 右手のオーバーテイクのみならず、背中に最終兵器ソニックシェイカーがあるが、使いどころは考えなければならない。


(鵜飼から銃を借りといたほうがよかったかな)


 近接戦闘では分が悪いといえる。かといってこちらが剣圧を放っても当たる可能性は低い。あのサタンは古代の呪法により人外のパワーと、異能者であるジェラールが本来持つ俊敏さを兼ね備えた。寄っても離れてもこちらの手が封じられている状況だ。この場合、鵜飼が加勢に来てくれるのを待つしかないのかもしれない。彼がアンドレに倒されていなければ、の話だが。


 いつの間にかサタンが接近していた。ヤツの背中にある二本の黒翼が後ろを向いており、ホバークラフトのように地面を滑ってきた。速い。


 悟は打ち合いを避けるため後方に飛んだ。サタンも、こちらに合わせるように飛ぶ。両者の距離が空中で縮まった。さきほどと同じ状況である。人外の力を得たジェラールは悟より力強く速い。古代の呪法の恐ろしさとは人外と異能者双方の肉体と精神を結びつけ、桁外れの力を持つ怪物的な戦闘者を作り出す点にある。今の彼は剣聖すら凌駕する存在だ。


 サタンが振るう魔剣ヴォルカンからの斬撃を空中で受け止めた。オーバーテイクが音を立てると同時に、またも吹き飛ばされる悟。ヤツは間髪いれず追ってきた。二撃目も受け、またも飛ばされる。これが三撃、四撃、五撃、六撃と続く様はサッカーのリフティングのようである。むろん宙に浮く悟のほうがボールだ。空中戦を制することができない。


 七撃目……サタンが繰り出す七度目の魔剣を受けた悟は、一本の電柱めがけて弾き飛ばされた。地面から空に向かって高々とそびえ立つそれはコンクリート製の墓標となるのか。そこに人知れず死んでゆく剣聖の名と経歴が刻まれることはない。


 悟の姿がボールから弾丸に変身した。彼は激突する直前、電柱を蹴り、その反動で飛んだのだ。このとき両足に気を送り込んだため、凄まじいスピードとなった。一直線にサタンを狙う。


 だが、やはり悟はボールだった。サタンは空中に浮きながら野球の右打者のような構えを見せた。魔剣という銘のバットを両手で持って悟を打ち返す気である。外見が化け物であるせいか、滑稽にも映る。


(なかなかのギャグセンスじゃねぇか)


 その姿を見ながらも、天かける飛翔体となった悟は突っ込んだ。迎え打つサタンは魔剣を振る。オーバーテイクでその斬撃を受け止めた悟は一線の打球となり、夜空高く舞い上がった。


 空中でトンボをきって悟は着地した。すでにサタンは地に足をつけている。


『良い戦法である』


 サタンは言った。その額に一本の釘が刺さっている。


「必死で考えた手さ」


 悟は答えた。実はさきほど電柱を蹴る直前、そこに取り付けられていた足場釘を素早く引き抜いたのである。異能者の腕力だからできる早業だ。接近する直前それを投げ、みごと命中させたのだが、たいして効いていないようだ。


『我の顔に傷をつけた報い、その身をもって償うがよい』


 サタンの額に刺さっていた釘が地面に落ちた。


(こりゃあ、怒らせないほうがよかったかな)


 悟は血すら流さないサタンを見た。額にあいていた穴がみるみる塞がっていく。回復力も持つ頑丈な敵である。


 サタンは上昇した。そこから黒翼をはためかせ降下してくる。魔剣ヴォルカンの黒い刀身が上段から閃いた。悟は横っ飛びし、かわすと、そこから走り、反時計回りに距離をとった。サタンの後背にまわろうとする。


 悟の狙いはヤツの背中にある二本の黒い翼だった。有翼種の人外は皆、そうであるが、あれが空中戦での強さを支えている。どうにかして片翼だけでも沈黙させる必要があった。相手が通常の人外ならば遠距離から剣圧で狙うのも手だが、被憑体のジェラールが本来持つ俊敏さを兼ね備えているため当てるのは難しい。背後から近づいて斬るしかない。


 サタンは再度、上昇した。空から両手で魔剣を振りかざし、襲ってくる。その力技、受け止められる性質のものではない。漆黒の切っ先が轟音をあげ、しなる。


 悟はスレスレのタイミングで後方に飛んだ。その軌道は低い。あまり高く飛ぶと、また相手有利の空中戦にもちこまれるからだ。地上戦ならば、まだなんとかなる。悟は、そう踏んでいた。


 攻撃をかわした直後、サタンはなおも空から襲いかかってきた。急降下しながらの上段斬りである。悟は、もう一度、同じように後方に飛んだ。


 爆発に似た音がした。サタンが斬ったのは、悟がいま立っていたあたりの地面だった。その瞬間、裂けたアスファルトの破片が飛び散り、陥没した道路にできた亀裂が猛スピードでこちらに伸びてくる。


 着地した悟の目に、それは見えた。が、かわすことができなかった。悟はサタンが作りあげた巨大な大地の裂け目に飲み込まれていった……






 アンドレとの戦いを終えた鵜飼は薩国警備のステーションワゴンで悟とジェラールのあとを追っていた。国道を北東方面へと飛ばす。位置はわかる。念のため悟に断って彼の車に発信機を付けていたからだ。それはオーディオスペースに搭載されたモニターと連動している。ここから二キロほどの場所で光点が止まっているので、現在そこで交戦中なのだろう。


 百メートル先に同型のステーションワゴンが停まっているのが見えた。点滅しているハザードランプが見知った女の影を映しだしている。


(来てくれたか……!)


 車のリアバンパーの前に立つ制服姿の“彼女”を確認した鵜飼は、その目の前で停車してサイドブレーキをあげた。いそいで降りる。


「鵜飼隊長!」


 部下である畑野茜は、ボーイッシュなルックスに心底安心した、という表情を浮かべた。制帽はかぶっていない。ブラウンのショートヘアが、かすかな夜風に揺れていた。


「すまんな」


 おなじく制帽をかぶっていない鵜飼はひとこと述べ、まっすぐ伸びる道路の先を見た。この向こうで悟がジェラールと戦っているはずだ。加勢に行かなければならない。


「畑野君……」


「はい」


「悪いが君の“力”を、貸してくれ」


 この状況の中、茜をこの場に呼んだのは鵜飼である。古代の呪法の力を得たジェラールに対抗するには、彼女の異能力が必要だと判断したのだ。


「はい……」


 赤くなった茜は目を伏せ、返事をした。当然であろう。これからおこなわれる“行為”は、嫁入り前の娘には恥ずかしい限りのものである。


「ことは一刻を争う。畑野君、たのむ……」


 鵜飼が言うと、茜は制服の上着を脱ぎ、ネクタイをはずした。そして、中に着ていたブラウスのボタンに手をかけた。


「隊長、あたし……」


 茜は、なにかを言おうとした……が、それ以降の言葉はなかった。彼女はただ、剥き出しにした白い肩を見せ、静かに目を閉じた……


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る