魔剣ヴォルカン 34
悟は車を飛ばしていた。地上の国道267号線を上から沿うようにして空を飛ぶ影が古代の呪法により人外の力を得たジェラールである。見失わぬよう、さきほどからアクセルを強く踏んでいる。こちらのスピードメーターは百キロ前後で針を揺らしているが、距離が縮まる気配はない。あちらもかなり速い。
幸運だったのはジェラールが熊本県の
「どっかで足止めしないとな……」
誰も聞いてなどいない車内で、ひとりつぶやいた。今の一条悟、としての彼は鹿児島県内でのみ活動できる三級独立異能者の資格しか持たない立場だ。世界を股にかけた剣聖スピーディア・リズナーだったころとは違う。戦場が人気のない田舎になるのは好都合だが、人吉市に逃げられた場合、自分にジェラールを追う資格はなくなる。
悟は助手席を見た。倒したリクライニングシートには鞘に収めた新型剣、ソニックシェイカーを置いてある。真知子がくれたものだが、できれば、こいつを使わずにカタをつけたい。それが理想の展開である。
悟はアクセルをベタ踏みした。1300CCのコンパクトなエンジンの回転が上がり、加速する。前方に他車がいないことを確認し、さらに踏む。速度が百四十キロを超え、ジェラールを追い越した。そのまま数百メートルを行くと停車した。
降車した悟はソニックシェイカーを背負った。鞘から伸びている二本のベルトにプラスチック製のバックルが付いており、それを胸の前でとめる。次に道路脇の電柱によじ登った。そのてっぺんに届くまでの時間、わずか数秒。今、ソニックシェイカーの柄が右肩の位置にあるため、見た目は忍者に似ている。
「よっこらしょ」
と、まさに忍者のような軽業で電柱の頂上に立ったとき、飛んでくるジェラールの姿が上方に見えた。いま、この場は地上からの高さ十五メートルほどであろうか。それより上空を彼は飛んでいる。
悟は着ているフライトジャケットの懐に手を入れ、ショルダーホルスターからオーバーテイクを取り出した。気を送り込むと、疑似内的循環により直線状の刃が形成される。こちらはスピーディア・リズナーのトレードマークとなっている、おなじみの紅い光剣である。
「届いてくれよ……」
夜更けの空に立ちながら、オーバーテイクを片手上段に構えた。真闇に包まれる電柱の頂上に真紅の花が咲いたように見える。かつてスピーディア・リズナーには血の色をした薔薇がお似合い、と言った者がいた。その本質は好戦的である、と言った者もいた。それらの噂が、彼の死により世間を駆け抜ける伝説となった今、血を吸い続けたこの光剣のみが、剣聖の真実を知る……
悟はオーバーテイクを振るった。気の
剣圧がジェラールの至近で四散した。弾かれたか、距離がありすぎて効かなかったか。ヤツは軌道を変え、一直線にこちらへと飛んでくる。
悟は電柱から飛び降りた。命中させる必要はなかったのである。ジェラールがこちらを敵として認識してくれれば、それで良かった。目的は足止めだ。
悟が着地したとき、さきほどまで立っていた電柱のすぐ上をジェラールが通過した。ヤツは上空でUターンすると、静かに地面へと降り立った。
ヴィクトル・ドナデュー博士の古代の呪法は、やはり成功したようだ。かつてジェラールだった“モノ”は今、異形の魔物に変貌している。端正な白人だったはずだが、その肌は黒く変色しており、頭から二本の大きなツノが飛び出ている。左右の背中から体と同色の黒い翼を生やしており、そして青かったはずの瞳は赤く発光している。聖書に登場する“サタン”によく似ていた。
『今、我を“呼んだ”のは、おまえか?』
サタンは人間語を話した。ジェラールの口を借りているのかもしれない。
「呼んだわけじゃねぇよ。どっちかッつーと、“あちら側”に帰ってほしいくらいだ」
悟は発熱中のオーバーテイクを右手に本音を述べた。古代の呪法により召喚され、異能者に取り憑いた人外の強さは並みの比ではない。目の前のサタンはジェラールという被憑体を得て、強大な力を発揮できる状態となっているはずである。正直、勝てる自信はあまりない。
『我、この“魔剣ヴォルカン”を作りし父王の思いに導かれ、この地に立った』
ジェラールの身を借りているサタンは右手に持った漆黒の大剣を天に掲げた。刃渡り二メートルほどもあるだろうそれはヴォルカンという銘らしい。父王とはヴィクトル・ドナデュー博士のことか。ならば、その剣を作ったのは彼、ということになる。
『父王が、この世を欲するならば、この膂力、当世に発揮するのみ。我、いにしえの力を得、当世における実体をも得た』
「あんた自身にメリットはないだろ?」
『我、ただ干渉し、ただ傍観するのみ。破壊の当事者であり破戒の創造主であれば、それでよい』
「ヴォルカンってのが、その剣の銘かい?」
『この剣の“銘”にして、我の“名”なり』
「どういう意味だ?」
『この剣と我は同体。この名、父王がくれた当世における我が名であり、我そのものをもさす』
つまり、目の前の“サタン”を実体化させるための物理媒体が“魔剣ヴォルカン”だということか。ならば、やはりヴィクトルの呪法は成功したと考えてよいだろう。サタンと魔剣ヴォルカンは一対一体の存在といえる。
『我が道阻むならば、我が力をもって、我が心思うままに、我が剣により、我が道を拓く』
サタンは魔剣ヴォルカンを横に払った。瞬時に発生した巨大な剣圧が地面すれすれを飛び、襲いくる。
悟は横っ飛びして避けた。同時に凄まじい音が響く。サタンの剣圧はアスファルト道路を広範囲にえぐりながら、いま悟が立っていた場所を通過した。
(おいおい……)
舌を巻く悟。サタンが立っている位置から前方二十メートルほどにかけて幅三メートルほどの陥没道路が出来上がっていた。魔剣ヴォルカンから放った今の剣圧によるものだ。
(こりゃあ、こいつを使わないわけにはいかねぇかもな)
背中にしょったソニックシェイカーをいつ抜くか? 真知子からの物騒なプレゼントだが、素直に受け取って正解だった、ということになりそうだ。しかし、こちらから近づくのは骨である。
考える間もなく、サタンは襲いかかってきた。速い。姉のサンドラがジェラールは
悟もまた同類のブランチだ。彼は脚に気を集中させると後方に飛んだ。まともに打ち合う気はない。
だが、サタンも飛んだ。あっさりと空中で距離が縮まる。ヤツは片手で軽々と魔剣ヴォルカンを上段から振りかざしてきた。
それを両手に握ったオーバーテイクで受け止める悟。剣同士のぶつかり合いとは思えないほどに、どデカい音をたてた。その衝撃、まるで大砲のようである。
さらに、もう一閃……今度も同じく片手上段からの斬撃である。これも速い。そして、超重量級の一撃だった。
オーバーテイクで防御した悟の体が夜空舞うピンポン玉のように簡単に吹き飛んだ。魔剣ヴォルカンと一体化したサタン……ジェラールの馬力は、人が制することのできる範囲を超えていた。
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