魔剣ヴォルカン 33

 アンドレのボディーブローを喰らった鵜飼は数メートルも吹き飛ばされ、地面に仰向けの体勢で転がった。一瞬、息が止まるほどのダメージに朦朧とする中、目を見開いた彼が見たものは、コートの裾を翻し空中から襲い来る相手の姿だった。こちらの隙を逃さぬ素早い追撃だ。


 左側に転がってよける鵜飼。だが、その行動が早すぎた。上空からこちらの動きを見たアンドレは攻撃を出さぬまま着地すると無造作に蹴りを繰り出した。立ち上がっていた鵜飼は左腕でガードしたが、かなり重く痺れる。たいした威力だった。


「しょせん小手先の拳など、ものの役にも立たぬ。俺を倒したくば、懇親の力を込めよ」


 アンドレは開幕のときと同じく空手の構えをとった。胸をこちらに見せ、正対している。


「そのようだな」


 再度の追撃を封じるため、鵜飼はかなり間をとった。最初のジャブはたしかに当たった。ダメージもあるはずだが、それをものともせずアンドレは突っ込んできた。結局、軽い打撃に致命的な効果はないということだ。


 アンドレが自分と同じA型の超常能力者であることは調査済みだった。“驚異的な身体能力”と呼ばれるそれは全身の均等強化を実現する。両者の異能力が同質同等ならば、あとは体格差により選択する戦法が変わってくる。鵜飼は身長百九十センチをこえる肉体を誇るが、アンドレはさらに十センチほど背が高く横幅もある。力負けするのは当然といえる。


 鵜飼は接近した。パワー差を挽回するため手数で勝負する腹積もりである。スピードならばこちらが上であろう。鍛え抜かれた鉄拳は鉈のような重さと日本刀のような鋭さをあわせ持つ。リーチの範囲内からボクシングスタイルで左右のラッシュをかける。狙いは上段と中段、つまり顔面とボディである。


 しかし、アンドレはそのすべてを平手で捌いた。いわゆるサバキ系の空手を修めているようだ。互いに超常能力を発動している状況だが、A型は身体能力だけでなく動体視力をもある程度向上させる。近接戦闘での攻防に秀でた異能力である。


 何度めかの攻撃ののち、鵜飼は右のローキックを繰り出した。今まで見せなかった下段技だ。だが、アンドレは達者にも左手で受けると、半歩踏み出しこちらの右腕をとってきた。これもサバキ系空手の戦法である。


 腕をとられた鵜飼の体が空中で半回転させられた。密着した状態から組み伏せられた場合、勝ち目は薄くなる。万事休すの状況……だが鵜飼は次の瞬間、残った左手を地につき、片手逆立ちの体勢から左脚を天に向かって振り上げた。ハイアングルの廻し蹴りだ。


 コンバットブーツを履いた鵜飼の左踵を顔面に喰らい、アンドレは吹っ飛んだ。威力凄まじく、その巨体が後ろにあった公民館の塀に激突し、体格に見合った大きな音をたてた。形勢逆転となったか?


「カポエイラを使うとはな……」


 アンドレは血のまじった唾を吐き捨て立ち上がった。今の激突で、背後の塀に大きなヒビが入っている。


 いくつかの格闘技をおさめた鵜飼が今、繰り出した蹴りは“メイアルーア・ジ・コンパッソ”と呼ばれる。アンドレが言うとおりカポエイラの妙技で、その名は“半月型に回転するコンパス”という意味を持つ。地につけた手を支点として放つ廻し蹴りで、まさにコンパスに似た動きとなる。


「どうやら見くびっていたらしい。今度は本気でいくぞ」


 アンドレはまたも正対し、空手の構えを見せた。ダメージがいかほどかはわからないが、やはりタフな相手である。


「今まで手を抜いていたとは心外だ」


 構える鵜飼。パワーはあちらが上、スピードはこちらが上、技は互角。ならば、たしかな戦法をとった方が勝ちとなる。


 鵜飼は前に出て攻撃した。またもジャブの連打である。そして、これを平手で捌くアンドレ。さっきと同じ構図だ。続けて右のミドルキックを放つが、これも左手で止められた。さらに胴を狙ってパンチを打つが、やはり捌かれる。ヤツは相当、近接戦闘での防御に自信があるらしく正対を崩さない。ただでさえデカい体が真正面を向いているので的も大きいのだが、なかなか当たらない。


 突如、アンドレの長い右足が消えた。違う。振り上げたのだ。なんの前触れもなく放たれた中段の前蹴りである。シンプルな技だが、空手の常套手段であり達人が使えば高威力を誇る。


 それに反応した鵜飼は両手でアンドレの右足をとった。そのまま下をくぐるようにして体を入れ替える。足をすくわれたアンドレの巨体がひっくり返った。プロレス技のドラゴンスクリューだ。


 転倒したアンドレが即座に起き上がったそのとき、鵜飼は宙にいた。夜空を背に舞った彼は相手の頭上をついたのだ。そこから体を前方回転させ右の踵を落とす。空中からの浴びせ蹴りだった。両手首をクロスさせ、これをガードするアンドレ。その表情には、やや焦りが見える。


 着地した鵜飼は攻撃を続行した。拳と蹴りだ。すべて腹より上を狙った。アンドレは両手で捌きながら後退する。鵜飼はさらに前に出て攻める。


 何度めかののちアンドレの巨体が傾いた。鵜飼は、それを待っていた。左のローキックを繰り出す。一瞬、バランスを崩したアンドレの手もとが狂ったか? そのときだけ、ガードより鵜飼の攻撃が速かった。さきのドラゴンスクリューで右膝にダメージを与えていたのだ。固い防御を崩すため足もとを狙ったのである。


 傷ついた右膝に攻撃を喰らったアンドレの上体が沈んだ。そのスキをついた鵜飼は再度、跳躍し、獲物を狙う鷹のように舞い降りた。蹴りの連打を見舞う。


 “飛鷹千迅脚ひおうせんじんきゃく”。空中から相手を踏みつけるような角度で無数の蹴りを放つ鵜飼の必殺技である。アンドレは、その頭上からの多段攻撃をよく捌いたが、地面が硬いため下半身にかかる衝撃が大きく手負いの膝がもたなかったか? バランスを崩した。


 上空からの蹴りのうち一発が重い音をたて、アンドレの顔面にヒットした。着地した鵜飼は潜り込むような低い姿勢から、さらにアッパーカットを繰り出した。今の今まで見せなかった手である。顎にくらい吹ッ飛ぶアンドレ。


 的が大きくなるにもかかわらず、アンドレが正対を崩さなかった理由は、相手の動きを両目で追うことができるから、であろう。そして多方向からの連続攻撃に素早く対応するため体幹のバランスをある程度左右均等に保つ必要があったから、だと思われる。そのふたつを実現するため、重心となる両足をこちらに対し極力、平行に置くのが彼の立ち回り方だった。つまりアンドレが片足をあげ蹴りに転じた瞬間は、バランスが崩れるため懐を狙いやすくなる。さっきのドラゴンスクリューは、そのスキをついたものだった。


 仰向けの体勢で地面にダウンしたアンドレはぴくりとも動かなかった。巨体のバランスを支えていた片膝にダメージを受けているため、立ち上がっても防御に秀でた彼本来の戦闘を継続することはできまい。鵜飼は近づこうとした。


 そのとき、路上に停まっていたセダンのハイビームが点灯した。タイヤが地面を摩擦する音を急発進にともなうエキゾーストノートがかき消す。運転しているのは女だった。アンドレの妻、テレーズであろう。セダンは猛スピードでこちらへ突っ込んで来る。


 いつの間にか立ち上がっていたアンドレが、そのルーフに飛び乗った。セダンはなおも速度を緩めない。鵜飼は横っ飛びして、大型の車体をかわす。アンドレをてっぺんに乗せたセダンはあっという間に走り去った。


「一条を追わねばならんな」


 鵜飼は人外に取り憑かれたジェラールを追いかけて行った悟を心配しながら、地面に落ちていたデザートイーグルを拾った。

 

 


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