魔剣ヴォルカン 32
古代の呪法により人外と化したジェラールを追う悟の車が走り去ったのを確認した鵜飼は、自身もあとに続こうとした。だが目の前に踊った影が、その進路を塞いだ。アンドレだ。
鵜飼は反射的にデザートイーグルを構えた。しかし、アンドレは巨体に似合わぬスピードで急接近してくると、左手で鵜飼の右手首を抑えた。ヤツは近接した体勢から、そのままイングラムのトリガーを引いた。
フルオートの銃弾は田舎の夜空を撃った。今度は鵜飼が左手でアンドレの右手首を抑えたのだ。でかい者同士が手四つの体勢で組み合う姿はプロレスの開幕に似ている。両者、譲らず押し込もうとする。
アンドレは頭突きを繰り出してきた。顎に喰らい、のけぞる鵜飼。自由になった右手で再度、アンドレはトリガーを引こうとした。この距離で撃つことが出来る、腰だめのシューティングフォームである。
それに対し鵜飼は左足を蹴上げた。アンドレの右手を離れたイングラムが金属質の音をたて地面に落ちる。反撃に転じた鵜飼は大きく二歩下がるとデザートイーグルを構えた。この距離なら外さない。
耳をつんざくほどにどでかい44マグナムの銃声が三度、闇夜の戦場を割った。そのとき照準の先に獲物はいなかった。上か横か? 違う。巨体を限界まで低くしたアンドレのショルダータックルが襲いくる。三発の銃弾はすべて、その上を通過していた。
体当たりを受け、吹っ飛ぶ鵜飼。それでも彼は空中で姿勢を立てなおし着地すると、デザートイーグル片手にアンドレのほうへと走った。俊敏な異能者間の有効射程は通常人のものより短い。
かたやアンドレは落ちていたイングラムを拾った。そのままフルオートでトリガーを引く。飛び散る空薬莢と同数の九ミリパラべラム弾が鵜飼を仕留めようと襲う。
鵜飼は横っ飛びに避け、空中で二度トリガーを引いた。射出した44マグナム弾が惜しくもアンドレの頭上と肩口をかすめたとき、デザートイーグルのスライドがホールドオープンした。弾切れである。
「なかなか当たらぬものだな」
アンドレはイングラムを放り捨てた。どうやらあちらも弾切れのようだ。
「まったくだ」
鵜飼も空になったデザートイーグルを捨てた。ここから先は異能力と肉体の激突となる。
「調べさせてもらった。薩国警備の鵜飼丈雄だな。若くして鹿児島の異能業界を代表する男と聞いている」
「こちらもあんたのことは知っている。アンドレ・アルノーといえば、かつて存在した異能傭兵集団“熱帯戦線”に所属していた男だ」
鵜飼はアンドレのコートについている上半分だけの襟章を見た。それは熱帯戦線のメンバーに与えられた物である。
「これは俺の誇りだ。傷つけた一条悟という男はこの手で葬る」
アンドレは、悟に斬られたらしいその襟章を指先でつまんだ。異能傭兵集団とは金で雇われ人外の存在が多く出現する国を転々として討伐活動をするもので国家間の紛争に関わるものではない。彼が熱帯戦線の一員だったことは調査済みである。
「なぜヴィクトル・ドナデュー博士に協力している? もともとあんたは人外と戦う立場にいたはずだ」
相手の動向をうかがいながら、鵜飼は問うた。
「復讐だ」
アンドレは、そう答えた。
「俺たち熱帯戦線は某国からの依頼により巨大人外討伐の任についていた。だが紛争地域にて作戦を遂行中、空爆を受けたのだ」
「囮に使われたのか?」
「仲間の一人が我々を売ったのだ。部隊は人外もろとも全滅し、別行動をとっていた俺だけが生き残った」
アンドレは襟章から指を離した。この男の行動理念もまた、暗黒の縁より出ずるものだった、ということだが、それはどんな犯罪者であっても同じであろう。
「その男に復讐するため、博士に手を貸している、というのか?」
「そうだ。今も、どこかの国に潜伏しているはずだ。復讐には資金と戦力がいる。探すのにもな」
「だから人外を呼び出すというのか」
「その男は強く、賢い。そしてなにより常に支持者に囲まれている。殺すにはどうしても金と戦力が必要だ」
「どういう男だ」
「おまえも知っているだろう。
それを聞き、さすがの鵜飼も驚いた。一条悟も追っている男である。幼少のころ、なにやら因縁があったという。
「ペイトリアークは、ここ鹿児島にいた時期があったらしいな」
アンドレの言うとおりである。二十年前、火事で消失した鹿児島中部自治特区の“長”だった男だ。薩国警備は悟を鹿児島に引き止める条件として、そのペイトリアークの居場所を探している。
「ペイトリアークは不思議な男だった。あの男の目には吸い込まれる……あの男の言葉は聞き惚れる。皆がやつを慕い、皆がやつの周りに集まった」
アンドレの目に嫌悪はなく、むしろ悲嘆があった。彼にそんな表情をさせるペイトリアークとは、どれほどの男なのか?
「その男はなぜ、裏切った?」
「それはわからぬ。理由を聞き出すためにも、そしてペイトリアークを殺すためにも、ジェラール様の力が必要となるのだ」
アンドレはファイティングポーズをとった。体はこちらにほぼ正対しており、左手を顔の高さに、右手を胸の高さに置いている。両手とも拳を握っておらず、五本の指をまっすぐに立てている。
「空手か」
鵜飼も構えた。数種の格闘技をおさめている彼は右肩を引いた姿勢をとった。伝統的なボクシングスタイルである。そのまま、すり足でやや右方向へ動いた。
地を蹴る音がした。両者、同時に前へ出る。若干リーチで勝るアンドレの右正拳突きが轟音うならせ、空気を裂く。鵜飼は左手の平で初手をさばくと、こちらも攻撃を繰り出した。電光石火のジャブである。首を引いてかわしたアンドレは二歩退がった。
攻めの流れにのったのは鵜飼のほうだ。左手でガードポーズをとりながら細かい右のジャブを連発し、顔面を狙う。アンドレのほうはリーチ外ギリギリの間合いを維持しながら後退を続ける。反撃を狙う意図だろうが、鵜飼が細かく攻撃線をはっているため、前に出ることができないか? 両者、一定の距離、一定の歩幅を維持しながら、立ち位置のみが移動する。
鈍い音がした。鵜飼のジャブが、ようやっとアンドレの顔面をとらえたのである。当たりは浅いが相手の気勢を削ぐには充分か。鵜飼は追撃の姿勢をとった。
だが次の瞬間、アンドレはこちらの懐に入り込んできた。続けて飛んできたのは瞬きする間を与えぬほどに速いカウンターからのボディーブローである。巨体から繰り出されたそれは、腹に喰らった鵜飼が簡単に吹き飛ぶほどの威力だった。
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