魔剣ヴォルカン 31
『我は、魔剣なり……そなたの父……父王が作りし……漆黒の剣にして……世界にはざまに位置する……表裏の媒体者……』
それは魔剣の声である。父王とは開発者のヴィクトルのことだ。人外はいま、新しく作られた魔剣に、その身を宿したのだ。
『あのときの少年よ……いま正式なる儀をもって……我が身その肉体に宿す意志と決意、そして覚悟をもつか……?』
“あのとき”とは十五年前、偽りの呪法が執り行われた時をさす。ならば“正式なる儀”とは、それすなわちテレーズという詠唱者を迎えた今回の完全な古代の呪法をさすのだろう。
(僕は……)
頭に響く魔剣の声に、ジェラールは心の声で応答した。
(僕には、その覚悟がある)
『なにゆえに……?』
(力を、取り戻すために)
『その力……いかように使うか……?』
(復讐だ)
『復讐、とは……?』
(姉を売女に変えた、この世界に対する復讐だ)
『その身その心、我に捧げるか?』
(ああ)
『ならば我、汝の剣となり、腕となり、血肉となろう』
すると、今度は心にどす黒い“なにか”が広がってゆく。それは自己の負性面に、かつて戦地となったこの集落で命を落とした者たちの怨念が加算されていく証拠なのかもしれない。漂う負の気もまた、呪法の成功を後押ししようとしているのだ。
『さあ、我が“銘”を呼べ』
(銘?)
『父王より授かりし我が銘である。それこそ我と汝とを繋ぐもの』
それを聞きジェラールは、十五年前にヴィクトルがつけた魔剣の“銘”を思い出した。
「ヴォルカン……」
朦朧としてゆく意識の中、彼は禁断の、その銘を声に出して呼んだ……
魔剣ヴォルカンから立ちのぼる煙が濃くなった。すると、ジェラールの気力を抑えていた腹部の制臍痕がみるみる消えてゆく。すでに立ち上がり着衣したテレーズは夫のアンドレとともに、その様を見守っている。
「おお……おおッ……!」
そして、ヴィクトルは歓声をあげた。はね上がる数値を表示する計器類を確認して、席を立つ。
「私の息子……私が作った剣……私が発見した詠唱者……この三つがそろったことで、ついに完成するのだ。古代の呪法が……!」
ヴィクトルは天を見上げた。
「隆信……私はゲームに勝ったぞ。おまえに勝ったのだ」
彼は高笑いした。長年の研究に成果が出て、ついにジェラールと人外は魔剣を媒体として結びつく。生涯のライバルに勝ったのだ。藤代隆信は古代の呪法を阻止することができなかった。だから“勝負”はヴィクトルの勝ちである。
そのとき、なにかに気づいたのかアンドレの表情が瞬時に変わった。彼はコートの懐から短機関銃を取り出した。イングラムM10である。入り口へと向け、彼はトリガーをひいた。けたたましいフルオート音とともに三十発の九ミリパラべラム弾が発射される。玄関の引き戸に弾数と同数の風穴があいた。
「来たか……」
コートのポケットから素早く次の弾倉を取り出し、空になったものと交換したアンドレがその目に闘志を宿したとき、ボロボロになった引き戸がきしんだ音をたて、倒れた。
────プレイボールの合図にしちゃ、ド派手だな
むせ返るような硝煙の匂いただよう中、建物の外から声がした。一同、扉のない玄関に視線をおくった。
「プレイボールの合図にしちゃ、ド派手だな」
一条悟は相手から見えぬよう、引き戸が倒れた玄関の脇に立ち、中に声をかけた。背中には、さきほど受け取った藤代アームズ製の新型剣ソニックシェイカーを鞘に入れ、くくりつけている。
「蜂の巣にされたくなければ、顔を見せろ」
中から声がした。昨夜、鹿児島中央駅で対決したあの大男、アンドレ・アルノーのものだろう。
「顔を見せたら、蜂の巣の刑は免除してくれるのか?」
「どのみち蜂の巣なら、いさぎよく出てきたほうが楽に死ねるぞ」
悟はアンドレの指示に従い、銃弾に倒れた引き戸を踏んづけながら連中の前に、その姿を晒した。
「田舎の公民館で悪党の集会にかち合うとは思わなかったぜ。ガン首揃えてグラウンドゴルフの日程でも決めてたのか?」
悟は軽口をたたいた。だが……
(間に合わなかったか……)
さすがの彼も内心で舌打ちをした。ベッドに寝かされたジェラールの脇にある漆黒の剣から、この世のものではない煙が漂っている。おそらく、古代の呪法の影響だろう。ほんの数刻、悟の到着が遅かったのである。
「日本式の冗談はわからんのだよ」
アンドレはこちらにイングラムを向けている。
「万国共通、こういう場で使える国際規格のジョークってのを教えてほしいんだがね」
「ゆうべの借りは返させてもらう」
アンドレはコートについている襟章をつまんだ。下半分が欠けているが、それは昨夜、悟が斬った。
路上にヘッドライトが光った。悟がちらと横に目をやると薩国警備のステーションワゴンが道路を走ってくるのが見えた。
「もう一台、ネズミが来たか」
エンジン音を聞いてもアンドレの表情に変化はない。
「でっけぇネズミだけどな」
と、おどける悟が乗ってきたコンパクトカーのうしろに停車したステーションワゴン。その運転席から出てきたのは薩国警備の制服を着た鵜飼丈雄だった。
「遅かったな、鵜飼」
こちらへやって来た鵜飼に悟は声をかけた。この場所を特定したのは真知子だった。電脳の存在たる彼女は路上に設置された薩国警備の遠隔監視カメラに侵入し、ジェラールが乗っている車両を割り出したのである。例のタウン情報サイトに掲載されていた画像の彼と、助手席に乗っていた男の顔が一致したのだった。
「間に合ったか?」
鵜飼は悟の隣に立った。彼は薩国警備上層部の息がかかっていない部下の畑野茜に調べさせていたようだが、真知子のほうがジェラールの行き先を察知するのが早かった。悟が鵜飼を電話で呼び出したのである。
「いいや……」
悟が指さしたほうにいるジェラールがゆっくりと起き上がった。彼は火山のごとく灰色の煙を放つ黒い剣を握ると、ふらふらと立ち上がった。その雰囲気、尋常のものではない。
悟と鵜飼が身構えたとき、アンドレがイングラムのトリガーを引いた。再度、きな臭い硝煙とともに、フルオートの火線が夜の空気を焼く。
悟と鵜飼は左右に散った。戦闘の開幕を告げる鉛の花火が、公民館のガラス窓を次々と粒子の粉末へと変えていく。
「こりゃ、かなわんな」
砕け散る窓より体勢を低くし、しゃがみ込む悟。玄関を挟んで反対側にいる鵜飼は制服の懐からデザートイーグルを取り出した。44マグナム弾を発射する世界最強のオートマチックハンドガンだ。
公民館の天井から物凄い破壊音がした。見上げると、黒剣片手に宙を舞う影が夜空に溶けていた。おそらく、人外の力を得たジェラールだろう。背中から翼が生えている。
「援護する。一条さん、あんたはジェラールを追え」
鵜飼は素早く立ち上がると、割れた窓ガラスごしに中のアンドレに向けて二発発砲した。悟は跳躍し、鵜飼の頭上をこえると、自分のコンパクトカーに乗った。
ギアを入れ、急発進した。ホイールが鳴く音がし、鵜飼の背後を通過する。フロントガラスの向こうに空を飛ぶジェラールの黒い影が見えた。
「間に合うかね」
バックミラーで鵜飼の無事を確認した悟はステアリングを国道へと向けた。いつの間にかジェラールとは三百メートルほどの距離がついている。
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