魔剣ヴォルカン 19
「なるほど、“
知覧南部。路上の端に停めた車によっかかり、自販機で買ったペットボトルのコーラを飲みながら、悟はスマートフォンに耳を当てている。
────あの男の計画を阻止しろ
電話の向こうにいるのは藤代隆信である。さきほど、ヴィクトル・ドナデュー博士から“勝負”を挑まれたという。古代の呪法の実現を阻止することができれば隆信の勝ち、逆の結果ならばヴィクトルの勝ち。それが持ちかけられた勝負の内容らしい。
「そりゃ、あんたからの正式な依頼か?」
その問いに、隆信は答えなかった。言わずもがな、ということか。
「薩国警備に頼みゃいいじゃねぇか」
────頼まずとも、おまえの目の前にいるだろう
隆信にそう言われ、悟は自分の前で腕を組んで立っている鵜飼を見た。
「藤代さん、あんた受話器から物が見えてんのか?」
悟の台詞は冗談である。鹿児島の異能業界に大きな影響力を持つ隆信ならば、情報というものはたやすく手に入れる。あの老人は、こちらの動向をうかがっていたのだろう。
「博士の居場所は?」
────わからん
「おいおい、それでどうやって探せってんだ?」
────“孫娘”を使っても構わん
「ッたく……押しが強えなァ。いくら真知子でも、居場所をつきとめられるとは限らないんだぜ」
────なんとしてでも、奴を止めろ。報酬ははずむ
「藤代さん、なんかワケアリだろ?」
悟は隆信の口調から勘づいた。ただの競争心ではないようだ。
「あんたと博士の間に、なにがあった?」
────私は自分の周囲に気を配っているだけだ
隆信からの電話はそこで切れた。
「あのジジイ、なんか隠してやがるな」
悟は頭をかきながらジーンズのポケットにスマートフォンをしまった。
「一条さん」
鵜飼は自分のスマートフォンの画面を悟に向けた。
「あン?」
「“上”からのメールだ」
「おいおい、“機密文書”を見せびらかしてもいいのか?」
「どうせ藤代会長の依頼を受けるのだろう?」
と、鵜飼に言われた悟は画面をのぞき込んだ。
「なになに……“同行中のフリーランスと共同して速やかにヴィクトル・ドナデュー博士を追え”だって?」
悟は首をかしげた。“同行中のフリーランス”とは悟のことであろう。つまり薩国警備は鵜飼に“自分と手を組め”と言っているのである。
「藤代の爺さん、薩国警備に手をまわしやがったな」
「文面から察するに、あまりおおっぴらにするな、ということでもある」
「どういう意味だ」
「俺以外の他のEXPERをまわさない、ということは、そういうことだ」
「できれば、人手が多いほうがいいんだがね……」
ここ鹿児島で古代の呪法が執り行われようとしている。そんな危急の事態に人員を回さない、そう薩国警備は言っているのだ。事の大きさがわかっていないはずはないのだが……悟は蓋をしめたペットボトルのコーラを逆さに持ち、それで自分の肩を軽く叩いた。やはり、なにやら“裏”がある。
「実はな……」
口を開く鵜飼。
「“組織”はデリスから、博士とジェラールの身柄を拘束した場合、極秘裏に引き渡せ、と言われている」
組織、とは鵜飼が所属する薩国警備のことである。それを聞き、またも悟は首をかしげた。デリスとはフランスの国営異能実行局デリス・デ・ラ・メディテラネのことだ。デリスはおそらく、かねてより姉のサンドラをマークしていたのだろう。彼女が不自然にも突如、来鹿したことで、ジェラールが鹿児島にいることを察知したに違いない。
「この場合、引き渡し義務は発生しないはずだろ?」
「表向きは、な」
「なんか裏があンのか?」
「デリスにいる知り合いが、こっそり電話で情報を流してくれたのだが……」
鵜飼は、やや声のトーンを落とした。
「今年の始めに日本人数人がフランス国内で薬物の売買中に捕まった事件があった……」
「聞いたことねぇな」
「報道に圧力がかかったからだ。その中の一人が国会議員の息子らしい」
「なるほど」
「現在、収監されているそいつらと交換、ということで日本とフランス両国間で折り合いがついたらしい」
「博士とジェラールを政治家のドラ息子と交換か」
「フランス政府としては博士と、それを実現できる被憑体のジェラールを自国内で内密に処理したいのだろう。呪法に関わった者をかつて取り逃がしたことが知れたら何かと批判もされる」
「
「あと、もうひとつ……」
鵜飼はさらに声を低くした。
「あのジェラールという青年は子供のころ、殺人を犯したらしい」
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