魔剣ヴォルカン 20

「あのジェラールという青年は子供のころ、殺人を犯したらしい」


 鵜飼は悟に言った。


「殺人?」


「ああ。彼は教会の孤児院で育ったが、そこの神父を殺している」


 たしかにサンドラは姉弟そろって孤児院で育った、と言っていた。だが、ジェラールが殺人を犯したというのは初耳である。姉のサンドラが黙っていた、ということになる。


(言い出せなかったか……)


 悟は、そう考えた。嘘をつく依頼人、隠し事をする依頼人というのは、さほど珍しくはない。


「なぜ、サンドラジェラールに会いたがったのか……」


「逃がす気だった、のかもな」


 言って悟は腕を組んだ。ジェラールの姿がタウン情報サイトに掲載され、フランス国営機関のデリス・デ・ラ・メディテラネや異能犯罪者のアンドレらが動き出した。この不穏な状況の中、弟に会おうとした姉サンドラが抱えていた心理には単なる再会願望以外のものが含まれていた、とも考えられる。組織に属さない、いちフリーランスの悟ならば、金銭で口止めできると踏んでいた可能性すらある。


「ジェラールが神父を殺したのは十五年前……ヴィクトル・ドナデュー博士の呪法があった少し前のことだ」


「ってことは、殺人を犯したジェラールを連れ出したのが博士だった?」


「その可能性が高い」


「ジェラールが神父を殺害した動機は?」


「姉のサンドラだ」


「どういう意味だ?」


「件の神父が彼女に手を出していた、らしい」


「エロ神父かよ」


 悟は今朝見たサンドラのグラマラスな裸を思い出した。少女だった頃から美しかったことは想像に難くない。


「当時、十六歳だったサンドラは黙秘を通していたようだが、彼女の服からも神父の服からも互いの体液が発見されたらしい。間違いないだろう」


(そりゃあ、サンドラもいろいろと言いだせねぇわな)


 鵜飼の話を聞き、悟は確信を深めた。


「この場合、問題なのはジェラールが神父を殺害した時点で、異能力を発現していた、ということだ」


「ほう?」


「当時、八歳だった彼はその頃、すでにデリスのスカウトを受けていた。つまりすでに異能者だった、ということだ。そうなると……」


「“責任能力”の問題か」


 悟が言う責任能力とは“未成年異能者の責任能力”をさす。異能者の人権が通常人同様に認められて久しい世の中であるが、この点は異なっている。強大な力を持つ者に対し責任無能力を認めると大事につながるため、未成年異能者であっても通常人の未成年者に比べ厳しい刑罰の対象となるのが通常であり、ほとんどの国が同じ措置をとる。だからこそ事件を起こさぬよう異能者は職業の選択肢が限定されるのだ。子供のころのジェラールが、フランス国営の異能実行局たるデリスから早々とスカウトされたのも、それが理由である。


「さっきも言ったが、フランス側が博士とジェラールの二人を引き渡せと言っている理由は、呪法に関わり、呪法を実現できる可能性がある者を自国で裁きたい、というのが主ではないか。過去に二人を取り逃したことが知られ、世界中から批判される前にな」


「それどころか、消されるかもしれねぇな」


 悟の言うとおりだ。異能業界の暗部、というものがある。古代の呪法などという物騒なものに関係している二人を内々に消そうと考える者は多いかもしれない。また、過去の殺人を逮捕の事案とし、しょっ引くこともあり得る。異能者の犯罪には時効が適用されないか、もしくは時効完成までの期間が通常人のものより長いのが常である。つまりジェラールの罪は、まだ消えていない。


 悟のスマートフォンが鳴った。取り出して見てみると画面にメールの着信表示がある。藤代アームズ社長、藤代真知子からだ。


 “悟さん、お祖父様から事情は聞いたわ。あなたに渡したい物があるの。知覧町内のスーパーで受け取ってください”


 と、あった。






 知覧中心部、県道27号線沿いに藤代グループ傘下の大型スーパーがある。悟はそこでダンボールに入った荷物を受け取ると外へ出た。


「ずいぶん大きな荷物だな」


 駐車場で待っていた鵜飼が興味深そうに覗き込んできた。悟が抱えているダンボールは厚み約三十センチほどだが、長さは百センチ以上ある。なにやら大きな物が入っているようだ。


「たぶん“物騒な代物”だと思うぜ」


 両手がふさがっている悟は顎でダンボールに貼り付けられた伝票をさし示した。送り主は“早乙女睦美さおとめ むつみ”とある。


「あんたの“剣”を作っているマイスターからだな」


 鵜飼の言うとおりである。一条悟……剣聖スピーディア・リズナーの愛刀オーバーテイクを手がける天才女性マイスター早乙女睦美を知らぬ者は異能業界にはいない。伝票の住所は鹿児島市 吉野よしのにある藤代アームズ研究施設のものとなっているが、ここまで早く到着するということは、真知子がすでに手を打っていたに違いない。


「ここじゃ、人目につくな。場所を変えようぜ」


 広い駐車場に多くいる買い物客たちを見ながら、悟は荷物を車の後部座席に積んだ。






 知覧の平和公園に古い野球場が隣接している。表側の特攻記念館のほうは日中、観光客で賑やかだが、ここは特に利用者がいないかぎり、人目につくことはない。フィールドに使われている土の香りが漂う中、二人は一塁側のベンチへとやって来た。


 人が入って来ないか見守るため球場の入り口へと目を向ける鵜飼の前で、悟はベンチに全長百三十センチほどの白い強化プラスチック製のケースを置いた。直方体で大きな工具箱に似ている。これがさきほどのダンボールの中身である。


 ケース中央部に二センチ四方ほどの指紋認証用センサーがある。悟は左手親指の先をそこに当てた。すると右側のカバーが開く。中からスマートフォンのようなタッチ式の画面が現れ、1から9までの数字が表示された。悟はそれで四桁の暗証番号を入力する。厳重な二重式のロック解除システムである。


 画面の数字が消え、代わりに“Please Open”という文字が表示された。悟はそれに従い、ケースの左右に手をかけケースを開いた。


(真知子のヤツ、お節介なことを……)


 中身を見た悟。ケースに入っていたのは、ダークグレーの刀身を持つ、ひとふりの“剣”だった。


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