魔剣ヴォルカン 9

「私はサンドラ・デュマと申します。『ル・ルーアン・リーブル』紙の記者です」


 テーブルに座っている金髪女はなのった。青い瞳、肩にかかるミディアムヘア、そして白い肌。かなりの美人だ。“記者”だというが?


「Le Rouen Libre……歴史あるフランスの地方紙だな」


 サンドラという名の女とさし向かって座っている悟は、八重子が淹れたホットコーヒーに砂糖と粉末ミルクを足し、スプーンでかき混ぜた。この男は“胃に悪い”と言って決してブラックでは飲まない。“人並み外れた頑丈な胃袋を持っているくせに”と八重子は思っているが、これまで口には出さなかった。


「ご存知なのですか?」


「ルーアンに滞在してた頃があってね。そのとき読んでたよ」


 世界を股にかけてきた異能業界の世界的スーパースター、剣聖スピーディア・リズナーだった悟は海外生活が長かったらしく、ル・ルーアン・リーブル紙を知っているようだ。


 居間にはコーヒーの香りが三人分、漂っている。女二人はブラック派。豆をひいた八重子が独自のブレンドで淹れたもので、コクのある味わいの中にモカの酸味を微妙にきかせるのがポイントだ。こだわりの一品なのだが、ひとくち飲んだ悟は砂糖とミルクをさらに足した。


(出来ればブラックで飲んでほしいのですが……)


 八重子は隣に座る悟に、そう言いたかった。胃のためではなく、ただ単に甘いのが好きなだけではないのか? せっかくのバリスタ気分も台無しだ。


「新聞記者の君がなぜ追われていたのかな? あいつら異能犯罪者だぜ」


 悟の言葉から察するに、昨夜サンドラを襲った賊は複数のようだ。そういえば、さっき“あの二人”と言っていた。黒い修道服姿の八重子はヴェールの下から聞き耳をたてた。


「私は、“魔剣”に選ばれし少年の行方を追っているのです」


 サンドラは言った。


「まけん?」


 悟は訊いた。


「ええ」


「まけんとは剣?」


「はい……épée、swordのこと……」


 そこまで言って、サンドラはコーヒーに口をつけた。


「この世の“モノ”ではない存在を宿す剣です」


「人外か」


「はい。古代の呪法によるものです」


 八重子は背中に薄ら寒さを感じた。古代の呪法とは、とんでもない一大事だ。その効果、種類には様々あるが、人類にとって多大な脅威であるため現在では世界的に使用が禁止されている。サンドラが言うのは意図的に人外を呼び出す性質のものであろう。使用が発覚すれば法律により罰せられる。その“魔剣”とは人外が実体化するのに不可欠な物理媒体ではないだろうか。ならば、それに選ばれし少年とは被憑体か。


「その魔剣は、ヴィクトル・ドナデュー博士が開発したものです」


「むかし突然、姿を消した変わり者の武器職人か」


 悟の言葉にサンドラは頷いた。ヴィクトル・ドナデューの名は八重子も聞いたことがある。異能者用の武器製造メーカー、アルム・ド・フランスの看板職人だった男だ。二十世紀末ごろ、突如、行方不明となった。


「ゆうべ、君を追っていた連中は?」


「アンドレ・アルノーとテレーズ・アルノー。最近、売り出し中の国際的な異能犯罪者コンビで“夫婦”です。魔剣の力を得ようと企てるヴィクトル・ドナデュー博士に雇われたのだと思います」


「連中は、その魔剣と“シンクロ”できる少年とやらを探しているわけか」


「私は、いくつかの情報源をもとに少年の行方を追っていました」


 サンドラは続けた。新聞記者らしく伝手を持っているのだろう。


「で、なぜ鹿児島に?」


 悟は訊いた。隣の八重子もおなじ疑問を抱いた。なぜ日本の、しかも鹿児島にやって来たのか……?


「魔剣に選ばれし少年……いいえ、もう大人になっているはずですが、彼がここ鹿児島に住んでいる、という情報を得たのです」


「鹿児島に? なぜだろう?」


「わかりません。ですが以前、ヴィクトル・ドナデュー博士とともに藤代グループの会長、藤代隆信氏を頼った、と思われます」


「藤代の爺さんを?」


 目を丸くする悟。八重子も驚いた。自分の“添い寝”相手である隆信の名が出てくるとは。


「なんでまた?」


「旧知の仲らしいのです。ドナデュー博士は何十年も前、鹿児島にいたことがあったそうです」


「へえ……頑固な変わり者同士、気が合うのかねえ」


 遠慮なく言う悟。“薩摩の怪物”と恐れられる隆信のことをそこまでけなすことができるのはこの男くらいのものだろう、と八重子は逆に感心してしまった。


「ドナデュー博士の行方は長いことわからなかったのですが、少年の写真が最近、鹿児島のタウン情報サイトに掲載されたのです」


「タウン情報サイト?」


「はい……」


 サンドラは自分のスマートフォンを取り出すと卓上に置いた。そこにはエプロンを着けた端正な金髪の“青年”が映っている。歳は二十代前半くらいだろうか? 横からそれを見た八重子は誰かに似ている、と思った。


「わたしがパソコンから取り込んだ画像です。大人になった、かの“少年”に間違いありません」


 真剣な表情でサンドラは言った。


「わたしは彼に会いたい……いいえ、会わなければならないの。一条さん、連れていってはもらえないでしょうか?」


 彼女が悟に依頼する理由は……土地鑑がないからというのもあるだろうが、狙われているから、なのだろう。道中、一人では昨夜と同じ事態になる可能性がある。相手を追い返すほどの悟の腕前を見ているのだから当然ではある。


「鹿児島が誇る薩国警備さっこくけいびを頼る手もあるのですが、“わけ”があってそうはいきません」


 と、サンドラ。さすが新聞記者だけあって薩国警備が異能者の集団であることは知っているらしい。裏の事情にも通じているようだが、なにか隠し事をしている風に見える。


「なぁ、サンドラさん。この青年、ひょっとして君の……」


 という悟の言葉に……


「ええ……わたしの弟です」


 と、サンドラはこたえた。八重子も薄々、気づいてはいた。魔剣に選ばれた、という画像の青年は彼女によく似ていたからだ。

 


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る