魔剣ヴォルカン 6

「レイトショーを観た帰りに誘拐事件に遭遇するとは、俺もつくづく運がねぇや」


 悟は苦笑した。鹿児島中央駅ビル内に藤代グループが経営するシネコンがある。そこからの帰りらしい。


「素人は引っ込んでいろ。怪我をしたくなければな」


 大男はドスをきかせた。悟との体格差は縦横ともに歴然としている。威圧感、という意味では上だ。


「それが生憎、毛が生えた素人でね」


 悟は着ているフライトジャケットの前身頃を開いてみせた。左脇の下からのぞくショルダーホルスターにあるのは彼の愛刀オーバーテイクだ。この男のトレードマークであり、かつて世界中の少年たちが憧れた光剣である。


「やる気か?」


「いいや。俺は平和主義者なんで、穏便に解決したいがね」


「ならば、おとなしく引き下がってもらおうか」


「そうさせてもらうさ」


 恐怖からか、ただ立ち尽くすだけのサンドラに向けて形の良い顎をしゃくる悟。


「あんたらが、そのお嬢さんをここに置いて行くんなら喜んで」


 一条悟という人はどこまでも飄々としており……対する大男は襟章をつけたロングコートの中から総毛立つほどの殺気を発散させている。相手が武器を持つ異能者だとわかった以上、“本能”が芽生えるのは当然なのかもしれない。それが古来より戦いに明け暮れてきた“彼ら”という人種だ。


 大男の姿が闇に消えた……いや、そう見えただけである。悟との距離は七、八メートルほどのものだったが、次の瞬間には格闘の間合いに入っていた。巨体に似合わないスピードは、やはり異能者のものである。気を扱う彼らの身体能力は小数点以下の秒速接近を可能とし、通常人の予測と常識を大数の範囲外で超える。


 悟の懐が光った。月も星も照らすことなど忘れた暗然たる路傍に輝く真紅の刃は地母神がもたらした慈悲にも見える。抜き打ったオーバーテイクは一瞬にして光の刃を形成し、半月形の軌道を描いた。


 大男は右フックを繰り出した体勢のままで、いったん静止した。対する悟は、後退している。目にも止まらぬ、わずかコンマ数秒のファースト・コンタクトは再度、間合いを整えて終わった。


「抜刀しながら逃げるとはたいした腕だ。だが、それでは自慢の光剣ホーシャも届くまい」


 大男は正対の構えをとった。前に出した右手は握っておらず指先が上を向いている。おなじく開いた左手は腰の位置にある。拳を握るボクシングスタイルではない。空手を使うようだ。


「そいつはどうかな?」


 こちらも正対する悟。右手にあるオーバーテイクの光刃は既に“収納”されている。この男、特定の構えを持たない。


「あんたの負けさね」


 勝負に水をさしたのは大男の連れであるベリーショート女だ。


「足もとを見てごらん」


 と、指さした彼女に従い、大男は下を向いた。襟章の下半分が地面に落ちている。


「貴様ッ……!」


 襟に残った上半分を指先で確認した大男。彼が浮かべた形相は驚愕と怒りに満ちていた。悟は攻撃をかわしざまにヤツの襟章を見事、斬ったのである。


「そこの色男が“その気”だったんなら、あんたの素ッ首がはねられてたかもねぇ」


 ベリーショート女は悟と大男を交互に見、喉の奥から乾いた笑いを漏らした。キツめのルックスに似合う嗜虐的な表情だ。


「ならば俺も“その気”にならなければなるまい」


 精緻この上ない悟の剣に闘争心をかきたてられつつも冷静さを取り戻したのか、大男は声も静かに再び空手の構えをとった。まだ、やる気らしい。


「俺の名はアンドレ・アルノー……貴様は?」


「一条悟だ。そっちの美人は?」


「あたしゃテレーズ。そこのアンドレは、あたしの“ダンナ”さ」


夫婦めおと稼業か……景気はどうだい?」


「不景気のあおりをくらってるさね」


 異能三者が自己紹介を終えたそのとき、鹿児島中央駅側の道から騒がしい声がした。見ると、数人の若い男女がこちらへと歩いてくる。遊びの帰りであろう。


「行くぞ……」


 見られると都合が悪いのだろう。アンドレとなのった大男は襟章の下半分を素早く拾い、妻テレーズのほうを向いた。


「あいよ」


 返事をしたテレーズがベリーショートの耳元を指ですくい、震えているサンドラのほうへ手を伸ばそうとした。が……


「おっと、彼女は置いてけよ」


 と、悟。光を発していないオーバーテイクの鍔部分を向けて言った。テレーズはかるく舌打ちしたが、すぐに表情を取り戻し


「また会いたいねえ、ハンサムさん」


 そう悟に告げ、アンドレ共々、闇の中へと走り去った。夫婦の息は合っているようだ。


「ああっ……」


 修羅場から解放されたサンドラがよろめいた。悟は彼女の背中に手をまわし、豊満な肉体を支えた。緊張の糸が切れたのか、気を失ったようだ。


 悟は、ふたりが消えた方角を見て頭をかいた。死を装い、生まれ故郷の鹿児島に潜伏中の剣聖スピーディア・リズナーたる彼。トラブルに縁がある自身の運命を嘲笑っているのなら、やはり血塗られた人生を送るしかないと絶念しているのかもしれない。



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