魔剣ヴォルカン 4

 いまだ目を閉じたままで立ち回る金髪の少年。彼が得物とする漆黒の剣を青い光剣で受け止めたアルベリック。かたや八歳の子供。もう片方は十代半ばほどか? 若い両者の身長差は数十センチある。長身のアルベリックのほうが腰を落としている体勢だ。


 光剣とは疑似内的循環により硬質化した気の刃を斬突部とする武器である。携帯性に優れることが最大の長所だが、使用した気の大半を体内に還元させることができるため消耗が少ない。長時間戦にも向く。


「俺は銃より光剣ホーシャの扱いのほうが得意でね」


 鍔迫り合いのさなかでも不敵な表情を崩さないアルベリック。創製期の光剣を見た日本人ジャーナリストが“鍔が放射線状に広がっている”と、その場で語ったことから海外ではホーシャと呼ばれるようになった、とされる。改良が重ねられた結果、小型化され、今では筒型をしたものが多い。さきごろ“剣聖”となったスピーディア・リズナーが使い手として知られる。


 互いに引いた直後、金髪の少年の二刀目が唸りをあげた。これをスウェーしたアルベリックが素早く光剣で斬りかかる。人外を宿しているであろう漆黒の剣が受け止め、さらに唸る。両者の近接戦闘は、この繰り返しとなった。


 十数合の打ち合いの様子はヴィクトルからはよく見えた。室内の照明の大半が落ちているが視認できるほどには明るい。彼の目には細長い黒雲の隙間を稲妻が切り裂くようにも映る。自分が作り出した漆黒の剣と、それに対抗する青い光刃の激突だ。


 若いふたりが熱戦の火花散らす中、たくましい体躯が闇に踊った。突入部隊の指揮をとっていたブリュノが近接戦用の戦斧を右手に空中から攻撃をしかけたのだ。少年とアルベリックが接近していたため射撃での援護ができなかったのであろうが、クロスファイトに割り込むには絶妙のタイミングだった。少年の右側から襲う。


(おお……!)


 ヴィクトルは、その一瞬を見、心の中で感嘆した。それまで閉じていた少年の目が開いたのである。普段、青いはずの瞳は今、より華やかで妖しい視線の光源となっているではないか。


(なんという美しさよ……)


 金色に輝く美しい彼の瞳は人外の力を得た魔性の宝石か? 力を解放した証なのか? 文字通りの開眼となった少年の剣が横一文字に払われた。


 アルベリックとブリュノが吹ッ飛んだ。両者、自分の武器で受け止めた結果である。なんとか致命傷は免れたようだが、アルベリックは背中から壁に叩きつけられ、ブリュノは受け身をとり損ない転倒した。正面と側面の敵を暴風のような一振りで同時に凌いだ少年恐るべし。


(素晴らしい……)


 長年の研究成果を目の当たりにしたヴィクトルの感激はひとしおのものだった。フランスが誇る異能の集団デリス・デ・ラ・メディテラネのメンバー四人のうち二人をすぐさま葬り、残る二人とも互角以上にやりあっている。自身が開発した剣と、見出した少年の相乗効果に満足いかぬはずはない。それは古代の呪法がもたらした禁断の果実であった。


 少年は黄金の目を開いたまま、こちらを見た。さきほどと同じく、剣を右手にそのまま近づいて来る。


『我と、来い………』


 そして、さきほどと同じ声が頭に響いた。少年は自分を必要としている……ヴィクトルは、そのように直感した。


『我と、ともに……』


 目の前に差し出された少年のちいさな左手を握った。すると、体が宙に浮いた。


「どこへ行くのかね……?」


 ヴィクトルは慌てて問うた。少年は自分の手を握ったまま跳躍したのである。地下室の天井にあいた大穴に向かって……


 そのあとヴィクトルが見たものは異次元の世界だった。小柄な少年は左手で自分の腰を抱え、別荘の外へ出ると大きく飛んだのである。夜の暗闇が視界のすみへとへ流れてゆく様は、あがる舞台の暗幕にも似ていた。通常人では味わえない光景だ。


「追え!」


 下方から声があがった。それと同時に動き出した幾つかの黒影は別荘の外に待機していたデリス・デ・ラ・メディテラネの異能者たちであろう。自分がいるから狙撃ができないのだ、とヴィクトルは理解した。


 少年は一度、塀に着地すると、そこからさらに大きく飛んだ。すると驚くべきことに彼の背中から黒色の翼があらわれた。暗闇と同一色でありながらヴィクトルの目にはよく見えた。黒水晶のような輝きをもつ翼だ。人外と少年が融合した証か。それがはためいたとき、我が身が“上昇”を感じた。嗚呼……これは、長らく慣れ親しんだ大地との決別……


 今、夜空を飛んでいる。現代の地上からは、なかなか見ることができなくなった満天の星たちが、まるで流星のごとく目に映る。自分を抱えるこの少年の飛行速度は空の流れよりも速いのか? 六十有余年の生涯の中で、私は初めて地球の自転を超えたのだ。


「どこへ、行くのかね?」


 ヴィクトルはもう一度訊いた。おそらくかなりの高さを飛んでいるのだろうが不思議と恐怖を感じない。少年の細首につかまっている自分には下が見えないからだろうか? それとも自分を抱えるちいさな左手がやけに力強いからだろうか? 意外と寒さを感じない理由は、いまだ興奮が冷めやらぬためか……


『この剣の“銘”を……』


 少年が語りかけてきた。彼は右手に人外との連結の証たる漆黒の剣を持っている。だが、ヴィクトルが作り上げたそれの刀身には無数のヒビが入っていた。戦闘による影響だろうか?


「銘?」


 訊き返すヴィクトル。


『我、しばしのち、この力をひとたび失う』


 その理由はわかっていた。古代の呪法に要する物理媒体たる剣、被憑体たる少年、そしてもうひとつ……その“もうひとつ”が足りなかったのだ。


『この剣の銘を教えよ……いまだ銘無しであるのなら、そなたが銘を打て……銘こそが、我と少年をつなぐ道となろう』


 彼の言葉を聞き、ヴィクトルは意外に思った。超絶的な力を持つこの少年も“銘”などというものにこだわるのか。いや、“バイパス”だ。剣銘こそが少年と人外、両者間の接点となるのか。


「銘は……この剣の銘は……」


 今にも砕け散りそうな剣を見てヴィクトルは一瞬、口ごもった。思えば長い研究のさなか、銘など考えたこともなかった。これまでの自分にとって重要なのは、形式を省略した先にある結果だけだったからだ。


 だが数秒のち、思いついた。


「ヴォルカン……魔剣ヴォルカンだ……」


 それはフランス語で“火山”の意味だ。さきほど少年が台座から剣を抜いたとき噴煙に似た何かがあがった。ヴィクトルはあれを見て思い出したのだった。彼が生涯で唯一“友”と呼んだ男がいる地……鹿児島のシンボルである美しい桜島の姿を……

 

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