魔剣ヴォルカン 3

 少年は立ち上がった。足もとがおぼつかないが、それがかえって不気味さを感じさせる。その右手に持ち替えた漆黒の剣はヴィクトルの野望どおりに人外の存在を宿したに違いない。ならば、それとコネクトする少年もまた、人外の膂力を得たはずだ。


「おお……おお……」


 感激のあまり、声にならぬ声をあげるヴィクトル。当然だ。十年間の長き研究の成果が今から見られる。それは、いかほどの“力”であろうか。


 ブリュノは右手で合図した。後ろに立つ三人がFA-MASのトリガーをひいた。一瞬にして発射された無数の弾丸が雨あられの如く少年を襲う。身長百三十センチほどのちいさな標的に対し、あまりにも無慈悲と映るが、相手は人外の力を宿す。当然の行為であろう。


 だが、この世のものではない存在の力を得ている少年の動きは人間の予測を超えていた。弾丸の嵐が、かけていた椅子と剣を据えていた台座を蜂の巣にしたときには既に空中にいた。彼はそこから黒剣を横に薙いだ。暴風のような音を立て、剣圧が発生する。


 この場に突入したデリス・デ・ラ・メディテラネの異能者は四名。そのうち一名が避けきれず剣圧をくらった。戦闘服の脇腹を斬り裂かれ、大量の血を流しながら倒れた。FA-MASが硬い音をたて、地面に落ちる。


「落ち着け! 展開しろ!」


 ブリュノは大声で指示を出した。だが、残る三人のうち右翼にいた黒髪の男があたり構わずFA-MASを乱射した。銃弾を受け、照明や電子機器類が次々と破片の花を散らしてゆく。ただならぬ空気を察し、錯乱しているのか?


 少年は軽やかな動きで再度跳躍し、破壊された天井から垂れ下がっている鉄骨にぶら下がると、またも剣を薙いだ。凄まじいスピードで発生した二発目の剣圧だ。


 悲鳴などあがる間もない一瞬……黒髪の首が宙に舞った。血の噴水をあげ、赤の水源と化した胴体が崩れ落ちる。


「素晴らしい……素晴らしいぞ、少年……!」


 自身が作り上げた人外剣と、その使い手を探し当てたヴィクトルは只々感激した。通常、俊敏な異能者相手に剣圧が当たることなど滅多にない。だが古代の呪法により力を得た少年のそれは規格はずれの速度で発生し、飛び、そしてフランスが誇るデリス・デ・ラ・メディテラネの異能者二人を、わずか三秒で血祭りにあげたのである。会心の出来ではないか。


 着地した少年は残る二人とヴィクトルの間に立った。丁度、自分の立ち位置がFA-MASの射線上にあたるからだろうか。発砲の気配はない。


「な、なにごとか……?」


 身の危険を感じたヴィクトル。“彼”はこちらへと歩いてくる。金髪の下にあるその目はいまだ閉じているのだが見えているのだろうか? 硝煙の中うかぶ美しい相貌に感情の火は灯っていない。ふらつき、剣を握ったまま、ゆっくりと近づいてきた。


「や……やめたまえ……」


 その不気味さを見て、さすがに命が惜しくなり、ヴィクトルは後ずさる。人外が発散するただならぬ殺気は通常人の恐怖感を骨の髄まで活性化させる。


『ともに……来い……』


 少年がはじめて声を発した。いや、耳ではなく脳味噌に響く。ならば自分にのみ聴こえるテレパシーなのかもしれない。


『おまえは……我の……“生みの親”……ならば“父王”とでも呼ぼうぞ?』


 少年は、たった今血で汚したちいさな左手を差し出してきた。握れ、ということか? ヴィクトルが手を出そうとしたそのとき、再度フルオートの銃声が鳴った。


 いつの間にか、突入部隊のうちのひとりが少年の左側にまわっていたのだ。FA-MASの攻撃はそこからだった。


「アルベリック! 距離をとれ!」


 リーダー格のブリュノが叫んだ。突然の着弾に頭を抱え伏せていたヴィクトルが顔をあげたとき、アルベリックと呼ばれた赤毛の若者がFA-MASを撃つ姿と、嵐のような銃弾の中を駆ける少年の姿があった。


 少年がまたも剣圧を放った。さきほど二名を葬ったときと同様の速さと威力であろう。だが、アルベリックは横ッ飛びにかわした。一瞬にしてやられた先の連中とは一味違うらしい。


 反撃のトリガーをひくアルベリックという若者もまた年少であることにヴィクトルは驚いた。年のころは十代半ばくらいではないだろうか? 戦闘服に身を包んだ姿は細身である。あどけなさを残すも甘いマスクをしており、赤毛の髪はやや長い。飛び散る空薬莢の中に立つその姿は端正で華やかな戦闘美に恵まれ、年齢に見合わない冷静さを感じさせる。さきごろ史上最年少で剣聖となった日本人のスピーディア・リズナーとおなじく、将来は“スター異能者”になるのかもしれない。この戦いに生き残れば、の話だが……


 この地下研究室は縦横二十メートルくらいあり、多くの電子機器類や本棚、机などが雑多に並んでいる。それらは少年が漆黒の剣から放った剣圧と突入部隊が発砲したFA-MASの銃弾で既にスクラップとなっていた。無惨な様となった残骸は互いにとって盾となり、障害物ともなっているようだ。


 少年は素早く電子機器の影に隠れた。ヴィクトルがいる位置からは、その姿は見えない。リーダー格のブリュノは銃を構えたまま徐々に後方から右手へとまわる。その射線からやや左側にいるアルベリックは射撃姿勢を崩さず、その場に立っている。


 さっきまでの喧騒が嘘のように静まりかえった。物音ひとつしない。はりつめた空気の中、死線の渦中にいる三者を映すのは生き残ったわずかな照明のみ。彼らの動きは第四者たるヴィクトルの目にはよく見える。だから確認できた。先に動いた少年が宙に踊り、漆黒の刃を振るう姿が……!


 少年が空中で放った剣圧は二発。アルベリックとブリュノは跳躍し、かわしざまにFA-MASで撃ち返す。最初に倒れた一人のそばに着地した少年は小柄な身体を低くしながら瓦礫の影に飛び込んだ。その仕業は速い。


 直後、今度は少年側からフルオートの銃声がした。どうやら彼は地面に落ちていたFA-MASを拾ったらしい。展開しているアルベリックとブリュノは突然の銃撃を受け、たまらず物陰に身を隠す。


 次に、少年は大胆にも特攻をかけた。右手で剣圧を放ち、ブリュノを牽制した。さらに左手に持ったFA-MASのトリガーをひきながらアルベリックのほうへ走ったのである。異能力を発揮しているらしく、凄まじいスピードだ。


 不幸だったのは弾切れをおこしたアルベリックのほうだった。リロードする間もないうちに近接を許していたのだ。横殴りに振るわれた少年の剣を受けてFA-MASが吹ッ飛び、無防備になった。徒手となったアルベリックの若い命は反撃の光を見せることなく散ってしまうのか。輝かしい未来を花開かせることもなく……


 しかし、このときヴィクトルの目には確かに見えた。アルベリックが瞬時に腰のホルスターから筒状の“機械”を抜く様が。その先端が青く発熱し、すぐさま光の刃を形成する。カン高い音を立て、少年が振るった漆黒の剣と“鍔迫り合い”になった。


「いい度胸してやがるぜ、化け物野郎……!」


 自身の光刃が作り出す陰影の中、若いアルベリックは不敵に笑った。光剣ホーシャの使い手たる彼にとって強い相手とめぐり逢うことは本懐なのか? 

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