魔剣ヴォルカン 2
人が人外の存在に取り憑かれる理由は様々であるが、現代社会においてはストレスが主的な要因だとされている。地位、仕事、金、対人関係などといった事柄に磨耗した心が負の側面に堕ちたとき、この世のものではないなにかが密かに忍び寄ってくる。多くの通常人が他人事と考えているのが現状だが、誰にでも起こりえることであり、いつ友人や恋人、隣人そして家族が人ならざるモノに変貌するかわからないのが現実だ。
一方で、異能者は滅多に人外に取り憑かれることがない。異能力を発動できるほどの気質気力を持つ者は心に闇を抱えても、その体内に人外の侵入を許さないというのが定説である。これは世界が人外に支配されなかった理由のひとつとも言われている。圧倒的な力を持つ異能者が人外と融合すると大事になるからだ。
だが、古代の呪法はそれを実現することが可能である。異能者に人外を憑依させることが……世界的に厳禁されるのも必然であり、そして、どんな悪党ですら手を出さないのが当然である。だが、なんらかの目的を持って必然と当然の高い壁を乗り越えようとする連中がいるのも事実である。国際異能連盟も、各国の異能者機関も、その撲滅に力を注いでいる。人々の明日を守るため自らの生命を賭し、そして異能を駆使する肉体を燃焼させながら。それが彼ら異能者の生まれ持った使命、なのだから……
スピーカーから奇妙な“声”が流れる中、灰色の煙が少年の左手にある剣に吸い込まれてゆく……いよいよヴィクトルの念願が果たされるのか?
だが、そのとき、糸の切れた操り人形のごとく少年の身体が椅子の上に崩れ落ちた。機器類に表示されている数値が正常に戻り、照明が再び灯った。
「また、駄目だったか……」
ヴィクトルは頭を抱えた。これまで重ねてきた実験の中で、今回が一番、自信があった。古代の狂戦士と共通点が最も多い少年を実験台としたのだ。だが、またも失敗に終わった。
「君もまた、違ったのか……」
左手に剣を握ったまま、椅子に座っている美しい少年を見てヴィクトルは言った。長い睫毛は閉じており、いまだ眠っている。
「なにが足りぬのか、なにが……」
少年の美顔と剣。そして、いまだ奇声を発し続けるスピーカーを順ぐりに見てヴィクトルはうなだれた。なにか満たしていない条件があるのか? いや、わかっているのだ。それらのうちのひとつが“本物”ではないことが失敗の理由である。古代の呪法に不可欠な“あるもの”が、まがい物なのだった。
ため息をつきながらスピーカーの音を切ったとき、天井から爆発音がした。家屋が震え、足もとが揺れた。
「とうとう来たか……」
ヴィクトルは急ぎ壁に向かうと、一階とつながっているエレベーターの電源を切った。だが、数秒後、今度は轟音とともに天井の一部が崩落した。鼻につく火薬の匂いとともに、破壊された鉄筋から煙があがった。
くり抜かれた天井から次々と人間が飛び降りてきた。全員が戦闘服を身につけている。その数、四名。全員が男である。
「騒がしいな。もっと静かに来れんのかね」
煙いのを我慢しながらヴィクトルは突然の訪問者たちを咎めた。すると……
「ムッシュ、我々と御同行願います」
四名のリーダー格らしき長身の男が一歩、前に出てきた。戦闘服の胸に“Délice de la Méditerranée”と書かれたワッペンを付けている。
“デリス・デ・ラ・メディテラネ”
地中海の歓喜と称されるフランス国営の異能実行局である。超常能力者や宗教的能力者などで構成されており、国内の有事にあたる。格好から察するに四名はそこに所属する異能者らしい。
「君の名前は?」
ヴィクトルは問うた。
「ブリュノ・マリオットと申します」
リーダー格はこたえた。185センチはある。たくましい体躯をした短髪の男で近接戦闘用の戦斧を背負っている。三十歳前後か?
「私が何かしたかね?」
「あなたが人外を呼び出そうとしている、との通報を受けました」
「さて、なんのことやら」
「詳しくはあとで聞かせていただきます」
ブリュノが言った。実は、数日前にヴィクトルの助手をつとめていた男が裏切り、行方をくらました。そこから漏れたのかもしれない。
「あなたが危険な思想の持ち主である、とは以前から言われていました。しかし、こんな別荘地にいたとは」
と、ブリュノ。ここ数年、ヴィクトルは偽名を使い暮らしてきた。世間から身を隠すために。
「証拠はあるのかね?」
「ここを洗えば出るでしょう」
「横暴ではないか?」
「市民の安全のためですよ」
ブリュノが言った直後、後方に立つ三名がアサルトライフルを構えた。FA-MASである。
「おいおい、こんな老いぼれ相手に銃を構えるとは……」
ヴィクトルは苦笑した。実は結構、動揺している。取り繕うのも大変だが、年をとると演技も達者になるものである、と心の中でも笑った。
が、おかしなことに気づいた。三本の銃口が向いているのは自分の後方のようだ。彼らは左右に展開しはじめた。何事なのか?
なにやら背中に薄ら寒さを感じた。おそるおそる背後を見る。すると、そこには信じられない……いや、夢にまで見た念願の光景があった。
「おお……おお……」
次第に感極まったヴィクトルは地面に膝をつき、成功と幸運の神に感謝した。実験は失敗ではなかった。古代の呪法の被憑体である金髪の少年が剣を持ったまま椅子から立ち上がったではないか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます