わたしを殺して……! 〜愛と哀しみのオーバーテイク〜
わたしを殺して……! 〜愛と哀しみのオーバーテイク〜 1
メインストリートにたくさんの公営住宅が建ち並ぶ鹿児島市
超常能力実行局鹿児島支局……いわゆる薩国警備のEXPER、
夜十時半、居間のソファーに茜と母の
若くして婦人服店の経営者をつとめる女性主人公が次々と怪事件に巻き込まれ、それを解決していく、という痛快なストーリーも好評だったが、やはり主演をつとめるトップアイドル
今、茜が見ているのは殺人事件の真相に近づいた玲美演じる主人公が、真犯人の手により山荘に閉じ込められたシーンである。両手足を縛られ、意識を失っている玲美の姿は当然に好色を誘うものだが、そのようなことを言っている場合ではない。彼女のすぐ横に時限爆弾があるではないか。
(ど、どうなるんだろぉ、これは……!)
手に汗握る展開に茜の興奮はピークに達した。まさか主人公が助からないなどとは思っていないが、緊張感ある演出にさきほどからハラハラしっぱなしだ。目の前に置いてある煎餅と湯呑みのお茶が減っていない。
山荘の前に一台の覆面パトカーが停まった。運転席から降りてきたのはイケメン俳優演じる若手刑事だ。ちょっと頼りない役どころで、普段は推理を主人公に任せている。
刑事は山荘の玄関に手をかけた。が、開かない。彼は抜いた銃で鍵を撃った。突入すると、そこに気を失った主人公がいる。時限爆弾が表示するリミットは残り五分。刑事は主人公を抱きかかえると外に出た。
(う、うおおーっ……!)
茜は両手を握った格好のまま夢中で見ている。サラリーマンの父は残業で遅く、高校生の弟は塾の模擬試験を控えているため部屋で勉強中だが、そんなことは忘れていた。隣に座る母、光枝も同じに違いない。
刑事は主人公の上に覆いかぶさるようにして地面に伏せた。直後、凄まじい轟音とともに山荘が吹き飛んだ。CG処理された迫真の爆発シーンだ。
(間一髪……!)
ほっとした茜は煎餅をかじり、ぬるくなったお茶で流し込んだ。CMの最中に急須に湯を入れ、さらにもう一枚、煎餅の袋を破った。
「あんた……そんなに食べると、また太るわよ」
母の光枝が呆れたような視線をおくってくる。さっき晩飯を食べたばかりだ。
「太ってないもん。異能者はお腹がすくの!」
茜は右手で煎餅を食べながら、左手で急須の茶を湯呑みについだ。
四人家族の中で異能を持つのは茜だけだ。小学生のとき、ある後天的な事情で彼女の超常能力は開花した。その後、超常能力開発機構にスカウトされ、
施設を“卒業”したあと、茜は見習いEXPERとなり、一般の高校に通った。背が高いほうでボーイッシュな魅力を持つ彼女は、よく女子から告白されたものだが、そういった特殊な経験をのぞけば平凡で平穏な高校生活をおくった。
突如、家族の誰かに発現した異能力のせいで崩壊する家庭は珍しくない。だが茜の両親は理解があった。会えなかった時期の空白を埋めるかのように休日のたび家族で出掛け、長期休暇を利用して旅行にも行った。そのとき撮った写真は茜にとって宝物である。
高校を卒業し、茜は薩国警備に正式“入社”した。上からは独身寮での生活をすすめられたが、茜は家族とともにいることを望んだ。今年、二十歳。現在、所属は薩国警備実動本部第七隊。上司であり妻帯者の
CMがあけ、ドラマが再開した。茜はでかい尻をソファーに置いた。彼女の下半身はやけに肉感的で太股のあたりもジューシーだ。なかなかそそるボディラインなのだが本人にとってはコンプレックスとなっている。
『な……なぜ、おまえがここに? 俺が作った爆弾は完璧だったはずだ……!』
崖の上で劇中の犯人が言った。この手のドラマによく出る中堅俳優が演じている。
『僕が、助けたんですよ』
さきほどの若手刑事が偉そうにふんぞり返った。こいつは推理はからっきしだが、熱意だけはある。
『あなたは以前勤務していた銀行の不正融資に関わっていたのですね……?』
真打ちが語りはじめた。玲美演じる主人公だ。
『その後、あなたは突然に解雇された。間違いありませんか?』
『ああ、そうだ。不正融資が明るみに出たとき、俺一人が全責任を負わされた。記者会見のとき社長が報道陣を前に土下座したが、あんなのはパフォーマンスさ。なにが“部下の失態はトップたる私の責任”だ! そんなこと微塵にも思っちゃいないくせに!』
『だからって家に爆弾を仕掛けるなんて……! 御家族に罪はないじゃないですか!』
玲美の美しい顔が悲痛をあらわす。アイドル離れした達者な演技だ。
『どうやら俺の計画はここで終わりのようだ。最後にあんたみたいな心の綺麗なお嬢さんに会えてよかったぜ』
犯人は後ろ向きに崖から舞った。自ら生命を絶とうというのか? 玲美の悲鳴が強風の中、こだまする。
『なぜだ……なぜ俺みたいなクズを助ける……?』
犯人はぶら下がりながら涙を浮かべた。
『ちゃんと罪を償うんだ』
崖から半身をのりだし、手をさしのべた若手刑事が言った。こいつは少々棒読み臭いが、イケメン俳優なのでまあまあ人気がある。某ファッション雑誌企画の“恋人にしたい有名人”ランキングでは十三位という微妙なポジションだったが……
サイレンの音が鳴った。パトカーが数台、到着した。駆けつけた警官たちが二人を引き上げた。
『俺は……俺は……どうしたら、いいんだ……?』
助かった犯人は地べたに座り、泣いている。玲美は彼の肩に手を置いた。
『別れた奥様のもとにいる娘さんが言っていました。“パパに会いたい”って……だから罪を償って、一刻も早く会いに行ってあげてください……』
(ああ……なんて感動的なシーンなんだろぉ……)
テレビを見ながら茜は涙ぐんだ。かたわらのティッシュを取り出し鼻を噛む。かるくパーマがかかったブラウンのショートヘアがかすかに揺れた。
エンドロールが流れはじめた。海を背景に流れるポップな曲は杉浦玲美の『PLASMA・インスピレーション』。CD不況のこの御時世に七十万枚を売り上げた大ヒットシングルである。レギュラー放送時の主題歌をSP版の締めに持ってくるとは渋いチョイスではないか。
「おもしろかったねぇ、お母さん」
と、茜。
「泣くほどのことかね?」
とは、光枝。
「お母さん、大人になっても素直に感動する心を忘れちゃだめだよぉ」
そう言って茜はテレビを見た。主演、杉浦玲美の美しくも悲しげな表情は視聴者の目と心に深く刻み込まれるものだった……
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