剣聖の記憶 〜炎の中のスピーディア〜 6
スチュワートのフランベルジュは長い。八十センチほどの柄から一メートル半ほどの刀身が伸びている。ヤツはそれを振りかざしてきた。
銃を片手にした悟は飛び退いた。近接が出来れば有利となるが、さすがに初見で長尺の隙間をくぐろうとは思わなかった。対するスチュワートのほうは攻撃的でニ撃三撃を狙ってくる。この謁見の間は広いため、背後に余裕があるが、巨大な剣を振り回す側にも問題は生じない。
悟は重い斬撃をかわしながら距離を見はからった。鍔迫り合いとなった場合、タイミングが悪いと押し返されるか吹き飛ばされる。やはり隙をつきたいところだ。
「なぜ、銃を撃たないのだ?」
十撃目で止めたスチュワートが訊いてきた。
「フェアじゃねぇからな」
悟は銃を床に捨てた。
「良い騎士道精神だ。いや、君らの国では武士道と呼ぶか」
「古臭い言葉だな。使う奴は多いが、実行する奴は少なくなったぜ」
悟はジーンズのベルトからオーバーテイクを取り出した。瞬時に紅い刃が形成され、剣の形をとった。
「日本の藤代アームズ製か。その
スチュワートは悟の右手にあるオーバーテイクを見た。天才マイスター
スチュワートの猛攻が再開した。波打つフランベルジュの刃もまた、焼けつく炎の如くだが、空気を裂く音は聴く者の背筋を氷の如く凍らせるものだ。
悟が後方に跳躍したと同時に爆裂的な音がした。勢い余ったフランベルジュが床を粉砕したのだ。その巨大な刃は軌道を縦横自在に変え、さらに追ってきた。スチュワートの前進は速い。攻め一辺倒で押してくる。だが、銀閃をかいくぐる悟も適度な間隔を維持しながらかわす。これ以上近づいたら危険、というギリギリの立ち回りだ。
スチュワートのフランベルジュが大きく横に払われた。地面と平行に描かれたその剣跡に楔を打ち込むような角度で悟はインサイドをついた。剣聖スピーディア・リズナーの反撃は電光すら凌駕する速度で、がら空きになった胴を狙ったのだ。
だが、その瞬間、スチュワートが着ているシャツの両袖が破れた。なんと腕が丸太ン棒のように膨れ上がったのだ。ヤツが返す刀は、これまで以上の高速高出力となった。爆音をあげるフランベルジュが悟の左側頭部を襲う。
両者の剣が激突し、カン高い音が謁見の間に響いた。弾き飛ばされたのは悟。オーバーテイクで防御したものの力比べでは分が悪い。なぜならスチュワートは“P型”の超常能力を発動させたからだ。
「よくかわしたな。さすが剣聖だ」
極太化した左腕を回しながらヤツは言った。床に片手をつきダウンを回避した悟だが、さすがに受け止めた両腕は痺れた。
“とてつもない怪力”。P型はそう呼ばれる。パワー特化型の超常能力だ。実は相手の剣を受けたとき、
「こりゃ、銃を捨てないほうがよかったかな?」
悟は頭をかいた。床に手をついたとき肘をバネのように伸ばし、その反動で飛んだ結果、距離は大きく開いている。なまじ近いと、また猛攻を喰らっていたかもしれない。
「このフランベルジュは婦人の体ほどの重さがあってね。振り回すのも大変なのだよ」
「あまりそうは見えねェけどな。おっと今のは“女を振り回すのも大変”っていうあんた流のヨーロピアン・ジョークか」
「剣聖たる君の首をとれば、ペイトリアークにまた会えるかもしれん。日本人らしく辞世の句を詠むかね?」
「お気づかい痛み入るが、風流とは無縁の素朴な人生でね」
「生まれ変わったら、異能ではなく美意識を持ちたまえ」
スチュワートは、またも突進してきた。極太の腕と一体化したフランベルジュは切り裂く空気の音を変質させた。さきほどより遥かに速い。
防戦する悟の歩幅は必然的に大きくなる。数撃をかわすと、次第に後退の限界点が近づく気配を感じる。フランベルジュが敵の右手側から繰り出されたとき、かがんでよけた。
凄まじい音が鳴り響いた。悟の背後は柱だったのだ。それがスチュワートの斬撃を受け、破片をまき散らしながら崩壊していく。
「おいおい、せっかくの名城をぶっ壊す気か?」
と、真横に飛んだ悟。
「一本くらい倒れても、なんてことはないのだよ」
とは、スチュワート。両者の距離は五メートル強。
走るスチュワート。極太の両腕に巨大な剣を持つその姿は猛牛を思わせる。右上段から袈裟斬りに振りおろしてきた。
悟は前方に飛んだ。波打つ刃を絶妙のタイミングでかわし相手の左肩を飛び越えた。
鈍い音がした。いつの間にか剣を左手に持ち替えていた悟が、飛び越えざまにスチュワートの後頭部を打ったのだ。
「ちいっ……!」
舌打ちをするスチュワート。かなりの衝撃だったのか動きが一瞬、止まった。オーバーテイクは握り手部分のセレクターを切り替えることで
振り返ったスチュワートが剣を振り上げたとき、悟は間合いの内に入っていた。諸手に気を込め、加速させたオーバーテイクが真紅の稲妻となり左肩口を打つ。今度は峰打ちではない。斬った。
スチュワートの体は、謁見の間を飾る赤い噴水となった。血飛沫が床を染め柱を染め、これまでにない色どりを与える。
「敗者に情けは無用、殺せ……」
膝をつくスチュワート。ヨーロッパ文化を愛した彼は敗北した肉体をもって流血美を表現している。ならば勝者たる悟とは、それを創りだした芸術家なのかもしれない。
悟は刃をおさめたオーバーテイクをホルスターにしまった。攻撃を続行する意思はない、というサインだ。
「なぜ、とどめをささん……?」
いまだ血を流しながらスチュワートは訊いた。急所は外してある。それならば、簡単には死なないのが異能者という人種だ。
「俺がとどめをささなくても、あんたは終わりさ……」
悟は言った。
「二、三日中に“インフォール”の連中がここにやって来る。逃げたけりゃ勝手にしな」
“INTERVENTION FORCE OF LEAGUE”……通称INFOLE。国際異能連盟特殊介入部隊のことである。異能犯罪者やテロリストに対し強行措置をとる彼らがスチュワートの悪行に対する制裁を決定したのは数日前だ。悟はそれを知っていた。
「あんたが捕まる前にペイトリアークの情報を仕入れとこうかと思ったのさ。俺がここに来た理由は、それだけだ」
「そうか……それは……無駄足だったな……」
立ち上がり、よろけながらスチュワートは玉座へと向かった。床に血痕を残しながら……
「さっきも言ったとおりだが、私はあの男の行き先は知らんよ」
スチュワートは玉座に腰掛けた。
「私のような偽りの支配者にふさわしい血まみれの玉座だ……」
自嘲であろう。彼が言うとおり、玉座もまた、流れる血に赤く染まってゆく。悟は何も答えず、立ち去ろうとした。
「待ちたまえ……」
スチュワートは言った。
「そういえば思い出したよ……ペイトリアークはこんなことを言っていた……」
その言葉に悟は足を止め、振り向いた。スチュワートは肘掛けのカバーを外し、そこからリモコンのような物を取り出した。
「“自分を探しに日本人がやって来たら、これを押せ”とね……」
スチュワートがスイッチを押した瞬間、玉座が……いや、謁見の間全体が炎に包まれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます