剣聖の記憶 〜炎の中のスピーディア〜 5
「“ペイトリアーク”の行方だ。ここの村人からは長様と呼ばれていたらしいが」
悟は言った。かつて、鹿児島市
「なんだ、君もあの男に魅入られたクチかね?」
スチュワートは薄ら笑いを浮かべた。
「そうなる前に縁が切れたクチさ。行方を知ってるなら教えてもらいたいんだが」
「どこへ行ったかは知らん。何ヶ月も前に消えたよ」
「あんたは祖国を追われた身らしいが、どこでヤツに会った?」
悟は目の前にいるスチュワートの素性を調べていた。アメリカ合衆国が誇る異能情報機関SAGAに所属していたが、数年前、ある“非合法活動”に従事したことで人生が変わったという。
「私は国家の闇を知りすぎた。それが理由で祖国に殺されかけたのだ」
と、スチュワート。
「テロか?」
とは、悟。
「そうだ。祖国はテロ対策に我々異能者を介入させた。私は口封じのため、同胞たちから追われることとなった」
スチュワートはワインをつぐと、一気に飲み干した。
国際異能連盟は異能者の国際紛争介入を全面的に禁止している。通常人を攻撃することを非人道的とし、また異能者とは人外に対処するための存在、と定義づけているからだが、もちろん世間体もあるようだ。だが暗部を見れば守られていないのが現状であり、大国でも小国でも似たようなことをやっている。
「私は逃亡先で妻と子が殺されたことを知った。やったのは祖国だ! 家族は何も知らなかったにも関わらずだ!」
スチュワートは、からになったグラスを握りつぶした。部屋のあかりを反射して星屑となった破片がテラスに散らばった。
「ボロボロになりながら逃亡を続けた私は東ティモールでペイトリアークに出会った。彼は私に救いの手をさしのべてくれたのだ……」
「そして一緒に、この村にやって来たのか」
「あの男は素晴らしい……」
スチュワートは恍惚の表情を浮かべた。
「あの男の目には吸い込まれる……あの男の言葉は聞き惚れる……彼は、まさに
夜空を仰ぐスチュワート。メティトと同じことを言うではないか。ペイトリアークとは、どれほどの男なのか?
「だが彼は私をここに残し、連れて行ってはくれなかった。なぜだ!」
そして涙を流した。
「あんたは、ヤツに“選ばれた”人間じゃなかったのさ」
悟は言った。
「見放され、失望したあんたが、この村で暴虐の限りを尽くすことはヤツも計算ずみだったはずだ。ペイトリアークってのは混沌を望む男だ」
「君はなぜ、あの男を追う?」
「ヤツの“思想”は、あまりにも危険すぎるからな」
「思想?」
「そうだ」
「異能者が治める世界こそが彼の望みではないのかね?」
「まァ、そんなところだが、もっと馬鹿デカいことをやらかそうとしてやがる」
悟は部屋の片隅でバッハを流しているCDプレーヤーに近づくと停止ボタンを押した。ヨーロッパ文化に傾倒しているというスチュワートだが、それはなぜか日本製だった。
「つーか、ロクな思想じゃねェ。選ばれなかったことを人間としてむしろ幸運に思うんだな」
悟は横にあるラックからCDを一枚取り出すとプレーヤーの中身を換えた。流れてきたのはショパンだった。
「邪魔したな」
悟は片手を振った。“別れの曲”に合わせて立ち去ろうというらしい。メティトからの依頼はどうするのか?
「待ちたまえ」
その背中にスチュワートは声をかけた。
「君は私を殺しに来たのではないのかね?」
「酔っ払いに向ける剣は持たねぇよ」
「いくら飲んでも酔える気分ではないのだよ」
スチュワートは部屋に入って来た。
「ついてきたまえ」
その背中が悟を誘った。
スチュワートが案内したのは広々とした“謁見の間”だった。奥の中央、段差の上に玉座がある。おごそかな柱に囲まれた場所で、高い屋根にぶら下がっているいくつかの豪華なシャンデリアは既に灯っている。
「客人を案内する場所としては最適だろう?」
と、スチュワート。
「王様ごっこに最適なんじゃねぇか」
とは、悟。スチュワートは答えず、奥へと歩いた。玉座がたつ段差の左側に台座がある。それに飾られているのは“剣”だった。
「あらゆる武器の中でもっとも美しいのはこれだよ」
彼はそれを抜いた。燃えさかる炎にも似た波打つ刀身は殺傷力を増すためのものとされるが、美術的価値も高いという。フランベルジュだ。
「君を殺せば、あの男は私を認めてくれるかもしれん」
スチュワートは、その切っ先を向けてきた。
「ヤツとは関わらないほうが幸せだと思うがね」
悟は銃を構えている。
「最後にして“偶然の”剣聖……芸術的に美しい君の首をこの場に飾り、ペイトリアークとの再会を待つとしよう」
両手にフランベルジュを握ったスチュワートが猛然と突進してきた。
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