時計塔を守れ! 12


 悟は時計塔から飛んだ。蝶のように華麗に舞い降りる姿は、この場にいる者すべてを魅了したに違いない。そのまま地面に着地した。


「ムヒョヒョヒョヒョ、何者ですかな?」


 訊いたのは銭溜。


「危険な匂いをかぎつけた、しがない一介のフリーランスだよ」


 悟は答え、多香子にウインクをした。


「一条さん……」


 目を赤く濡らした多香子。彼の登場を誰より待っていたはずである。


「ムヒョヒョヒョヒョ、用件は?」


「ガラにもなく、ここにいる青少年たちの味方をしに来たのさ」


「ムヒョヒョヒョヒョ、ですが、すでに決まったことなのですよ」


 教師、生徒、作業員たちが悟を見つめる中、銭溜は時計塔を指差した。


「ムヒョヒョヒョヒョ、人々の安全を願う退魔士として、陰性気質にまみれたこの時計塔を放置することはできませんな」


「どうしても手は引かないってか?」


「ムヒョヒョヒョヒョ」


「これを聞いても?」


 悟はストレートジーンズのポケットから、なにやら小型の機械を取り出した。スイッチを押す。


『いやぁ、銭溜さんのおかげで事は上手く運びそうですよ。ささ、飲んでください』


『ムヒョヒョヒョヒョ、舎利田さん、私を酔わせてどうするおつもりですかな?』


『今夜は、この店で銭溜さんの痴態を見せていただこうかと思いまして』


『ムヒョヒョヒョヒョ、私は風流を解するタチですからな』


 それを聞き、さすがの銭溜も表情が変わった。“おっぱい天国モミモミ大明神”にてセクキャバ嬢に変装していた高島八重子が耳につけていたピアスが超小型の盗聴器だったのである。


『ムヒョヒョヒョヒョ、あの時計塔を壊さなければならない理由なんてないのですよ。すべては舎利田さんのため』


『本当に銭溜さんを頼って良かった。ああ、遅くなりましたが、これを……』


『ムヒョヒョヒョヒョ、この“風呂敷包み”は何ですかな?』


『重箱に入れた“弁当”ですよ』


『ムヒョヒョヒョヒョ、どれどれ……おや? 弁当なのに揺すると“カサカサ”と音がするのはどういうことでしょうな?』


『紙で出来た、世にも不思議な弁当でして……』


『ムヒョヒョヒョヒョ、舎利田さん、あなたもワルですな』


『いえいえ、銭溜さんのほうこそ……』


 悟は、ここでスイッチを切った。つまり舎利田はレストランを建てるため、寺を壊したかった。だが陰陽の観点から時計塔と連動している仕組みである以上、それが出来なかった。陰陽バランスが崩れると寺の跡地にも陰性気質が蔓延してしまい、レストラン経営どころではなくなるからだろう。困った舎利田は退魔連合会に相談した。そこで銭溜と出会ったのだと思われる。


 おそらく金に釣られたであろう銭溜は時計塔との同時解体を提案した。彼としては自分の管轄地域下にあるあの寺の周辺に陰性気質が蔓延することも避けたかったはずだ。そこで寺と時計塔、両者を取り壊す計画をたてたのだろう。プラスが出ている状況をマイナスではなくニュートラルにするため。それならば大事に至らないと判断したのではないか。悟は盗聴した会話の内容から、そう推理した。


「今のは、あんたと舎利田の間でかわされた会話のごく一部だ。他にもあるが、ここにいる青少年たちの教育に悪いので、続きはあとで聞かせてやるよ。とりあえず工事は中止だ」


 悟は言った。身体を触られる八重子の悲鳴が入っていない箇所を再生したというのは秘密だ。


「じゃあ、時計塔は壊さなくてもいいってことですか?」


 生徒たちを代表して、木田が訊いた。


「そういうこった」


 悟は答えた。それを聞いた時計塔を守る会の生徒たちから歓声があがった。


「ところで、あんた程度の肩書きでやる悪事にしては少々、派手すぎるな。“バック”がいるはずだ。吐いてもらおうか」


 と、悟。銭溜は俯いている。観念したのか?


「ムヒョヒョヒョヒョ……」


 いや、違うようだ。彼は不気味に笑った。


「ムヒョヒョヒョヒョ、捏造ですな。私を陥れるための」


「捏造か否か、そいつァすぐにわかるさ」


「ムヒョヒョヒョヒョ、どうやら女を使って盗聴したようですが、証拠能力にはなりませんな」


「確かに。だが、この件で“いろんな方面”が動くことになる。隠し通すこたァできねぇよ」


 と、悟が言ったとき、作業員の四方田の携帯が鳴った。


「銭溜さん、会社から工事の中止を言ってきました。このあとの寺の解体工事もです!」


 電話に出た四方田が言った。


「ほらね、いろんな方面が動くんだよ」


 悟が言った。


「ムヒョヒョヒョヒョ、どうやら“陰謀”を感じますな」


「いやいや、そりゃこっちの台詞だぜ」


「ムヒョヒョヒョヒョ、これだから“フリーランス”という輩は信用出来ないのですよ」


 銭溜は狩衣を着た腰から刀を抜いた。昔の警察が用いていたようなサーベル型だ。


「ムヒョヒョヒョヒョ、天に代わって成敗いたしましょう」


 得物の切ッ先を水平に構え、銭溜は言った。それに対し、腰の後ろに右手を回す悟。Tシャツの裾に隠れていたホルスターからブラックメタリックに輝く筒状の“機械”を抜いた。


 一瞬にして先端から紅い光の刃があらわれた。藤代アームズの天才マイスター早乙女睦美さおとめ むつみの手によるこの光剣は疑似内的循環により、持ち手が放出した“気”のほとんどを消耗せず、体内に戻すことができる。


「天に代わって? ならば俺は、この時計塔に代わって、あんたの残り少ない人生の針を回してやるぜ」


 剣聖スピーディア・リズナーのトレードマーク、真紅の光剣オーバーテイクを右手に、一条悟は言った。

 

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