時計塔を守れ! 5

 

「この件に、なにか裏を感じてるんだろ?」


 悟は訊いた。さっき、多香子の話の途中、八重子が怪訝そうな顔をしたのを見逃さなかったのだ。そこに解決の糸口があるのではないかと考えた。剣聖スピーディア・リズナーは可能性ゼロの仕事は受けない。


「裏といいますか、おかしな点はあります」


 蛇口をひねり、水を止めた八重子はこちらを向いた。


「おかしな点ね……」


 悟は、またもキッチンカウンターに乗っているサブレに手を付けた。さきほど一枚も食べなかった多香子が帰るとき、八重子は何枚か持たせた。


「それは来客用ですわ」


 切れ長の目をつり上げる八重子。


「その時計塔の調査をした銭溜万蔵って退魔士、知ってるのか?」


 と、言いながら袋を破り、サブレを食う悟。お茶が欲しくなったが、これ以上、八重子の機嫌を損ねる気はないので我慢した。


「たしか退魔連合会鹿児島支部かごしま総合本所北部管理課の課長です」


 八重子は言った。彼女も同じ退魔連合会の退魔士だ。人外の存在と戦う退魔連合会は明治期に設立された当初、全国に支部を置いた。そこから市町村単位で活動範囲や人事が細分化したのだが、複数の出張所などを統轄する必要が発生したため、あとから各県に数か所の本所を置くようになった。支部より本所が下につくのはそのためである。かごしま総合本所は鹿児島市内の全出張所の統轄をおこなう。


「会ったことあるの?」


「いいえ」


 八重子は伊集院北出張所所属の退魔士だ。面識がないのは当然だろう。


「ですが“評判”は聞いています」


「どんな評判?」


 悟は訊いた。やや間を置いて


「自分に甘く、他人に厳しい方との評判です」


 と、八重子は答えた。


「そりや、イヤなヤツじゃねぇか」


「上に好かれ、下から嫌われているとのことです」


「やっぱイヤなヤツだな」


「ただ、腕は大変にたつとのことです。今の立場は、鋭い剣先と滑らかな口先で築きあげたものだと周囲が言っているそうです」


 それを聞き、悟はどんな男かと想像してみた。が、やはりイヤなヤツという風にしか思えなかった。もっとも人格と退魔士としての腕前は必ずしも比例共存するものではないだろう。


「で、君が感じた“おかしな点”とは?」


「銭溜課長は私と同じ“返り魔”の退魔士です。調査にひとりで行くことは通常ありえません」


 と、八重子。銭溜は、ひとりで静林館高校を訪れた、と多香子が言っていた。


「なるほど」


 悟は頷いた。退魔連合会に所属する“宗教的能力者”を退魔士と呼ぶ。異能学上、“加算性気質者”と言われるが、宗教団体を母体とした退魔連合会に所属することがほとんどなため、宗教的能力者、もしくは宗教能力者のほうが通りが良い。負の気と対になる強い正の気を持つ彼らの能力は“返り魔”と“効き魔”に分かれる。前者は負の気を理論上、相殺できるもので戦闘に向く。後者は負の気の存在を感じ取るものでレーダーのような役割を果たすことから“探知能力”と呼ばれるほうが多い。悟は仕事柄、こういうことを知っているので、すぐに納得したのだ。


 八重子のような返り魔の使い手は、かなり強い負の気でない限り感じ取ることはできない。もしくは、よほどの好条件がそろうか、である。銭溜も同じタイプなので、通常ならば調査に探知能力者を随行させるものである。だが、彼はひとりだったという。


「例外がないとは言いませんが、普通ならば、ふたり以上で調査をするはずです」


 八重子は言った。


「例外?」


 悟は訊いた。


「人手が足りないときです。ですが、最近あの辺りに人外があらわれたという話は聞きません」


「じゃあ、怪しいと言えば怪しいな」


 悟はまたもサブレを取ろうとしたが、八重子の目つきがいよいよ刃物のように冷たく鋭くなってきたのでやめた。


「静林館高校の時計塔は設立四十年を記念して建てられたとものですが、実は近くの寺と“連動”したものなのです」


 八重子は言った。


「寺と連動?」


「はい。風水や陰陽五行の観点から作られています」


「負の気を沈めるため?」


「はい。勉強に追われる生徒たちが抱えるストレスの軽減が目的だったらしく」


 八重子は言った。人間が負の側面に堕ちる要因は様々だが、勉強や受験というのもよくある理由となる。それにかかるストレスが陰性を刺激し、人外の存在を呼ぶと考えれば、大変にわかりやすい。


「詳しいね」


「私も静林館高校の卒業生なのです」


 八重子はFカップの胸をはって言った。


「へぇ、頭良かったんだね」


 と、悟。家柄のみならず出身校まで名門だったと今、知った。


「何十年も休まずに動いてきたあの時計塔は生徒を見守ってきた学校のシンボルでもありますが、私たち卒業生にとって思い出も多いのです」


「思い出?」


「はい。私が在校していた頃は毎日生徒が掃除をしていたものですが、放課後、同級生たちと待ち合わせたり、いっしょに写真をとったり……」


 とは、八重子。この女にも、そういう青春があったとは意外な気がした。いや、それは偏見か。


「時計塔の前で意中の人に告白すると、恋が叶うという伝説もありました」


(ギャルゲーみてぇな話だな……)


 悟は思った。口には出さなかったが……


「私も村永先生と同じ気持ちです。あの時計塔には、ずっと動いていてほしい……」


 八重子の切れ長の目が沈んだ。どうやら静林館高校の関係者にとって、とても大事なものらしい。


「ッてことは、寺と連動している時計塔を壊したらヤバくねぇか?」


「はい。正負のバランスが大きく崩れるため、陰性の気質を溜め込みやすくなります」


 八重子の言うとおりならば危険なことになる。ただでさえ受験勉強に追われ、ストレスを抱えやすい静林館高校の生徒たちだ。陰性……つまり負の気が蔓延すれば、心だけでなく肉体も侵される。人外の存在を呼びこみやすくもなるのだ。だが、退魔士である銭溜という男は、時計塔を壊せというらしい。


「もし、時計塔を壊すのならば、連動している寺のほうも壊さなければなりません」


 八重子は言った。

 


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