人外ストーカーバス 6
人外の存在がいつから“こちら側”の世界にやってくるようになったのか? それは不明である。ただ、太古より我々人間の生活をおびやかしてきたことは確実であり、その都度、異能者たちが討伐にあたってきた。歴史的な文献にも書かれている。
その人外の存在が住まう世界とは、どのようなものなのか? それもまた誰にもわからない。人間がそこに行く手段がないからだ。異なる次元からやって来るという説、地中深くや海底より来たるという説もあれば、宇宙から飛来した知的生命体ではないかと唱える学者もいる。人外とは“神”である、と言う者まで……
それらの中に“物に宿る魂”が集う世界があるのではないか、という一説がある。どのような“物”であっても“魂”を持つという言い伝えから生じた話なのだろうが、物質的に豊かになった現代では信じる人が多い説だ。“生前”、粗末に扱われた物の魂が負の側面に堕ちた人間に取り憑き、場合によっては復讐を果たそうとするのだという。
ここ鹿児島にも出現例がある。ボロボロになった人形や爪先が破損した靴、割れたコップの形をした人外が……昨年秋にはフロントウィングが欠けた巨大なラジコン型の人外が西田橋から
今、悟の目の前にいる“モノ”もそうなのかもしれない。それは藤代交通のロゴマークをつけたバスの形をしていた。まだ走れるのに解体されることが決まったとき、宿る魂は怒りを覚えたのか? 会社に貢献してきた車体は整備も洗車もされず、野ざらし日ざらしにされていた。負の側面に堕ちた平峰という憑依体を得て“こちら側の世界”に干渉を目論むのか? 人間という罪な存在に復讐するために……
人外の多くは全長二メートルから四メートルほどと言われる。したがって十メートル級のバスの形をしているというのはかなり大きい。しかも、その巨体に似合わぬスタートダッシュを見せた。猛烈な加速で近づいてくる。
脚に気を送りこんだ悟は大きく横っ飛びし、車道の中央に着地した。だが通りすぎたかに見えたバスは大きく舵をきると、鋭くコーナリングし追ってきた。その動きも素早い。
悟はジーンズのベルトにつけているホルスターからオーバーテイクを抜いた。硬質化した気が刃となり暗闇に紅く光る。所有者の剣聖スピーディア・リズナー共々、かつて強くなりたいと願う少年たちの憧れの光剣であった。
エンジンから轟音を響かせ、迫りくるバス。互いに正面を向く両者の距離が一車体分まで接近したとき、悟の姿が道路から消えた。そのまま大胆にも屋根に飛び乗ったのだ。
凄まじいスピードで走るバスの上で強風を全身にあびながら、悟は斬りつけた。屋根に刀傷がつくも、でかいボディーである。ダメージは少なかろう。広い車道を縦横に使い、バスは巨体を左右に揺らしながら振り落とそうとする。悟はいったん飛び降り、地面に着地した。
ここはのぼり坂だった。登坂車線から走行車線へと大きく右へ曲がり、反対車線へと躍り出たバスは下りのスピードを得て、襲いかかってきた。正面から攻撃しても止められないだろう。
ぶつかる直前、悟はギリギリのタイミングで左にかわすと、運転席側の側面に剣を突き立てた。バスの勢いが止まらなかったため、そのまま車体後方まで一文字に亀裂が入る。両手で握ったオーバーテイクから伝わる凄まじい衝撃と、目もくらむような火花が止んだとき、バスはUターンし、今度は坂をのぼりながら突進してきた。悟は跳躍し、再び屋根にとりついた。
だが、そのときバスが急停止した。強烈な荷重移動により投げ出された悟は地面に手をつき受け身をとった。向きを変えたバスは、さらに暴力的な加速で坂を下ってきた。
今度は、さきほどとは逆にかわし、昇降口側にオーバーテイクを突き立てた。またも一文字に亀裂が入っていく。だが、バスが急激に左へと舵をきった。内輪差を利用し、車体側面をぶつける気か? 切ッ先に圧力を感じた悟は後方へ飛び退いた。バスはこちら側に正対しなおすと、いったん止まった。三十メートルほどの距離を置き、対峙する。
バスが動いた。真正面から堂々とぶつかり合おうというのだろう。悟は跳躍し、またも屋根に立った。車体は加速しながら大きくローリングし、振りほどこうとする。猛烈な風に晒される中、オーバーテイクを逆手にし、屋根に突き刺した。エンジンから異様な音がする。“痛み”を感じているのか?
我慢比べの様相を呈してきた。人外と憑依体を剥離させるには物理ダメージを与え続けるか、相手の消耗を待つしかない。どちらも地道な作業となるため時間がかかるが他に手はない。悟自身、気を内的循環させ身体能力を向上させ続けると、体力的にもたなくなる。
驚くべきことがおこった。バスが前輪を持ち上げたのだ。巨大なボディーが滑り台のように斜めに傾きウィリー走行をはじめた。屋根に刺したオーバーテイクにぶら下がる状態となった。
『タカコハ、ボクノ、モノダ……』
暴走にともなう激震の中、悟はバスの“声”をきいた。いや、これは平峰の声であろう。
『ニンゲンハ、カッテダヨ……サンザン、コクシシテ、ヨウガナクナッタラ、ステルンダ……』
それこそがバスの声か? 物に宿る魂の悲痛とは、この世に再度の実体を望むほどに怨み深く……解体されたときの無念とは、いかほどのものなのか?
四十五度よりも上を向く屋根に足をかけ、オーバーテイクを逆手に突き刺したまま、悟は後ろ向きに走った。縦一文字に裂け目を刻むように。
車体のどこかからか獣に似た声がした。それは人外の悲鳴なのかもしれない。最後部まで斬った悟は飛び降りて、地面に立った。前輪をおろし、旋回したバスが向かってくる。
ぶつかる直前の間合いを見計らって、横っ飛びざま運転席側に斬りつけた。深く入った光剣の刃に手応えがあった。バスのスピードに目が慣れてきた結果、動きを見きったのだ。
だが、斬った直後、車体の右側後部がこちら側に膨らんできた。ドリフトしたのである。バスの“蹴り”ともいえる攻撃を紙一重でかわす悟。両者の距離は再び離れた。
相手の動きが鈍ってきた。剣撃による物理ダメージを与え続けた結果だろう。それでも猛然と遅いくるバス。悟は、またも屋根に飛び乗ると、もう一度オーバーテイクを逆手に持って突き刺した。
それと同時に光の刃からスパークに似た現象がおき、深夜の入来峠を一瞬、真っ白く染めた。悟が剣先から気を外的放出させたのだ。通常、遠距離攻撃で使う剣圧を至近で放つ荒技に、さすがのバスも耐えられなかったのか? 屋根だけでなく前後左右面に無数のヒビが入ってゆく。
コントロールを失ったバスの行く先にコーナーがあった。それをなぞるように設置されたガードレールの向こう側は崖である。落下物を待ち受けるかのように広がる暗黒は奈落へとつながるものに違いない。今宵、一人と一台の……いや、“二人と一台”の獲物を喰らうため、黒い口を開けて待っていたのか……?
ガードレールを突き破ったバスは平峰に取り憑いたまま崖下へと落ちてゆく。悟の体もまた、暗黒の宙を舞った……
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