人外ストーカーバス 5


 人間の持つ気が“負の側面に”堕ちる……人間関係、金、仕事、地位、受験など要因は様々である。日々、ストレスの中で生きる現代人は主に家の外で陰性の気を溜め込むことが多いようだ。


 “恋愛”もまた、よく見られる理由である。そして、そんな堕ちた人間に人外の存在は取り憑こうとする。鹿児島市内でも、つい数日前に恋人の浮気現場をおさえた二十代のOLがその場で人外へと豹変し、大暴れするという事件があった。薩国警備のEXPERが急行し、犠牲者は出なかったものの、建物が損壊した。人々はみな、こことは違う世界から忍び寄る人外の存在に悩まされながら今日を生きている。






 平峰が発散する負の気を至近距離で吸ったため、多香子は意識を失った。通常人は気の性質が弱いため、肉体的に耐えられないのである。


 乗ってきたセダンの影に多香子を寝かせる平峰。この位置ならば道路から見られることはない。カーディガンは既に脱がしてある。寝息とともに揺れる胸がブラウスごしに確認できる。


 吐く息も荒く平峰は、多香子の服のボタンをはずしはじめた。前をはだけると白い身体があらわになった。地味なベージュのブラジャーの中に意外と豊かな胸がつまっていた。


 平峰は夜空を仰ぎ、そして涙を流した。彼が求めていたであろうものがここにある。着痩せするタイプの多香子だが、バストはEカップで、なかなかに大きい。いやらしい身体つきは、知的なルックスとの差を生み出し、アンバランスなアピールで男を興奮させる。


「多香子……本当に、綺麗だ……」


 と、言いながら胸の谷間に顔をうずめ、匂いを嗅ぎはじめる平峰。次に鎖骨の下あたりを強く吸った。


「う、ううん……」


 多香子は、ちいさな声をあげた。感じているのか? 次第に浮かび上がるであろうキスマークは、ふたりの“愛の証”となるのか? 平峰はブラジャーの上から大きな胸を揉みしだいた。


「ああっ……」


 熱い息を吐く多香子。顔にやや官能を浮かべているようにも見える。正直な身体は、これから貪られるためにある。


 そのとき車のヘッドライトが高速で近づいてきた。硬い地面にタイヤの音を響かせ停まったコンパクトカーの運転席が開き、中から一条悟が降りてきた……


「そのへんにしとけ」


 悟はセダンの影に声をかけた。多香子の身体を蹂躙していた手を止め、平峰は立ち上がった。


「なぜ、ここがわかったんだい?」


 平峰は訊いた。


「ワルの匂いは簡単に嗅ぎつけられるものさ」


 と、悟。人外や異能犯罪者への対策として、いくつかの道路上に設置されている薩国警備のカメラに平峰の車が写っていた。鵜飼の誘導により、追跡できた。


「僕と多香子の“契り”を邪魔しないでほしいなぁ」


「気持ちはわからんでもないが、おせっかいでね。藪蚊は出ない時間だが、俺みたいなデバガメがいるかもしれないぜ?」


「君はバス停で多香子といっしょだった男だね? 彼女のなんなんだい?」


「ちょっとした知り合いさ……」


「いつから?」


「今日から」


「僕は、ずっと多香子を見てきた。僕との出会いは運命だったのさ。だから彼女と添い遂げると決めたんだ」


「気のせいかもしれないぜ? 世間に女はゴマンといる」


「多香子は別格さ。世界一綺麗な僕の天使だ……」


(こりゃ、ダメだ)


 悟は諦めた。おとなしく潜伏生活をおくる身としては、戦闘は回避したいというのが本音だった。だが、さらわれた多香子を見捨てることなどできないのが性分である。薩国警備にまかせず、自分でここにやって来た。それは、なぜか?


“君も、俺と同類だ……”


 先日、松田が言った台詞を思い出した。実は戦い以外、自身の体内に流れる血を沸騰させるものはないのかもしれない。それならば剣をとり、市井に生きる女を守ろうという理由など建前にすぎないのではないか?


「安定した社会復帰への手伝いはできないが、見逃すことくらいならできるぜ?」


 とりあえず、もう一度だけ言ってみた。


「多香子がそばにいてくれれば、なんにもいらないよ」


 と、返ってきた。決意は固いらしい。


 平峰は車の影から跳躍した。人間ばなれした動きで車道の真ん中に降りた彼の体が一瞬の閃光に包まれる。


『さァ……はじめよゥ……ボクと多香子ノ、邪魔ヲスルヤツハ、ユルサナイ……』


 巨大に膨れ上がる平峰……光が止んだそのとき、なんと彼は一台のバスへと姿を変えていた……

 




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