人外ストーカーバス
人外ストーカーバス 1
八月も暮れにさしかかるが、涼しくなるのかと言われれば、そんなことはない。気温がやや下がってきたのは朝晩くらいのもので、日中は相変わらずの猛暑である。夕方のこの時間もまだ暑いが、今日は風が強いせいか湿度をあまり感じない。これから少しづつ秋の気配というものがやってくるのかもしれない。
「じゃあ、俺がスピーディア・リズナーね!」
「えー? ユウちゃん、こないだもだったじゃん」
「そうだよ、公平にじゃんけんしようよ」
公園に三人の男の子の声が響く。どうやら一番体の大きい子がスピーディア・リズナー役をやりたがっているようだ。
異能業界のスーパースター、スピーディア・リズナーの死亡が報じられてから一月ちかく。いまだに週刊誌などが彼のことをとりあげる。最後の剣聖とも“偶然の”剣聖とも呼ばれた彼は世界的にも人気者だった。地元日本ならば、なおさらである。
「あンだよ、文句あんのかよ?」
大きい子が一番小さい子の肩を押した。“剣聖ごっこ”の主役を譲る気はないようだ。
「あーあ、ユウちゃん。また泣かした」
中くらいの子が言ったとおり、小さい子は泣き出してしまった。
「うっせーな、俺がスピーディア・リズナー役をやるんだよ!」
大きい子が怒鳴った。すると……
「なんで“その役”をやりたいんだ?」
大人の声がした。見るとベンチに美しい男が座っている。Tシャツにストレートジーンズとラフな格好だ。
「オッサン、誰だよ?」
口を尖らせる大きい子。
「おせっかいが趣味の、赤の他人さ」
男は言った。
「ファンだからに決まってんだろ。一番強い俺がスピーディア・リズナー役に向いてんだ」
「本当に強いんなら、自分より大きな相手とケンカするんだな」
「プータローのくせに偉そうなこと言うな」
「ユウちゃん、行こ」
中くらいの子が大きな子のズボンを引っ張った。
「興ざめしたぜ。行くぞ」
大きな子は男を睨みつけると、小さい子の手をとって三人で帰って行った。彼らの背中が通りに消えると、一条悟はペットボトルのコーラを飲み干した。
ある犯罪組織に追われ、生まれ故郷の鹿児島に潜伏中の彼。最近、時間を持て余し気味である。こうやって散歩に出るのが日課のようになっていた。
少年時代というものが悟にもあった。強くなるため、自分より大きな相手と戦っていたころが……剣聖スピーディア・リズナーである彼が昔を思い出すことがあるのか否か、それは当人にしかわからない。今の子供たちの姿を、過去の自分と重ね合わせるような感情が並外れたこの男にもあるのだろうか?
「さてと……」
立ち上がった悟。借り物の洋館まで歩いて十五分ほどの距離だ。
家に帰りついた。見ると玄関で津田雫が誰かと話している。ロングヘアを束ねたうしろ姿はピンクのカーディガンにスラックスを身に着けた女のものだ。近づいてみる。
「一条さん……」
先にこちらに気づいたのは雫。なぜか、ばつが悪そうである。“来客”の女が振り返った。眼鏡をかけており、なかなかの美人だが表情が険しい。
「お客さんか?」
悟は訊いてみた。雫がこたえるより先に……
「あなたが……?」
嫌悪と怒りの表情を浮かべた女が両手で悟のTシャツの胸ぐらを掴んだ。
「あなたが、ここの住人ね? なんて、なんてことを……!」
そして揺さぶってきた。
「な、なんだ、なんだ?」
突然の事態に、さしもの剣聖スピーディア・リズナーもわけがわからず……
「あなたみたいな“変質者”がいるから、性犯罪はなくならないのよ!」
「へ、変質者ァ? 俺が?」
「や、やめて……やめてください“先生”……!」
泣きそうな顔で雫が言った……
「
眼鏡の奥の目はまだ怒っているが、とりあえず彼女はなのった。いや、なぜ怒っているのかが、どうにもわからない。
「一条です」
と、悟。ふたりは居間のテーブルに着席している。とりあえずあがってもらった。雫の担任らしい。
「今日、伺ったのは、その……うちのクラスの津田雫さんが、男性の家に出入りしているという噂をききつけまして……」
と、多香子。
「はぁ……」
とは、悟。横には雫が座っている。
「その……」
多香子は言いづらそうにしていたが、やがて口を開いた。
「とにかく、津田さんとは別れてください!」
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