大統領令嬢は剣聖がお好き? 17
「一条さん!」
叫んだアニタを乗客たちが見た。ブラウンの瞳は、そんなことにも気づかず、ただ機窓の先に釘付けとなっていた。悟は見送りに来てくれたのだ。大切な、私のボディーガード……
「ああ……」
涙が、やや小麦色にやけた頬をつたった。間違いないと確信できた。あれは悟だ。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
礼ではなく、謝罪の言葉が先に出た。生涯の後悔となるだろう。だが嬉しさもある。流れる涙は複雑な成分を含んでいるものだ。
「あんなにひどいことを言ったのに、ごめんなさい……ごめんなさい……」
良いはずの目がだんだんとかすんでゆく……滑走路を走りはじめた飛行機の車輪は、住む世界が違うふたりを距離的にも引き離す残酷な運命のルーレットのようなものなのかもしれない。あっという間に悟の姿は窓の外へと流れて消えた。
尋常でない様子なのだろう。客室乗務員が声をかけてきた。アニタは手で制した。
(私、帰ったら手紙を書きます。あなたに……)
彼女は送迎デッキとは反対側を向いた窓の外の景色を眺めながら誓った。鹿児島空港に隣接する茶畑が見える。
(祖母は出せなかったけど、私はきっと出します。あなたに思いを伝えたいの……)
そのとき“あること”に気がついた。
(ああ……リョウコお祖母様! やはり私は、あなたの孫でした。似たような人を好きになったのですから……)
離陸し、ゆるやかに旋回する飛行機が夏空の彼方へと消え去るのには意外と時間がかかるものである。送迎デッキの悟は見えなくなるまで立っていた。
「良い娘じゃったのに惜しいことをしたのう……」
声がした。振り返ると平太郎がいる。
「おぬしの婚期が遠のいていくな……」
「冗談じゃねぇ、あんなはねッかえり、こっちから願い下げだ」
悟はそっぽを向いた。
「本当に不器用なやつじゃ。まァ、やはり似とらんな」
「なんのことだ?」
「わしのほうがいい男だということじゃ」
「勝手に言ってろ」
悟は手を振って歩きはじめた。
「ラーメンでも食って帰らんか? わしがおごるぞ」
そのひとことに足が止まった。
「餃子にライスもつけてくれるなら、付き合うよ」
「よかろう。腹が膨れれば、失恋の痛みも忘れるじゃろ」
「まったく、相変わらず口の減らねぇ爺さんだぜ」
「“坊主”も昔から変わらんのう」
平太郎は悟のことをそう呼ぶ。昔から、そうだった。
「ほれ、さっさと歩かんかい。おまえが運転するんじゃぞ」
平太郎は悟の肩を叩いた。ふたりの男は夏の太陽に灼かれる滑走路に背を向け、空港内へと入っていった……
『大統領令嬢は剣聖がお好き?』完。
次回『人外ストーカーバス』につづく……
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