大統領令嬢は剣聖がお好き? 11
────彼は、あなたと同じ“ブランチ”にして光剣の使い手よ
電話の向こうで真知子は言った。ブランチとは悟のような多方向性気脈者のことである。発生した気を任意の箇所に集中させ、腕力、脚力、動体視力などを強化するこのタイプは世界的に見ても数が少ない。
(同じか……)
悟が、そこに運命などを感じることはない。松田とは仕事で衝突するだけである。同じ異能、同じ武器を持つ間柄であっても……
────あ、待って。わかったわ……
電話を切ろうとした直前、真知子が言った。
────あなたの“勘”が当たったみたい。アニタさんには東京の大学に留学している友人がいるわ
どうやら真知子は会話の最中にも調べていたようである。
────アニタさんは鹿児島に着く前日、東京でその友人と食事をしているわ。レストランをインターネット予約したみたいね。名前はイサベル・ロア……
「女か」
────安心した?
「おいおい、十も年下の娘だぜ」
────どうだか
「裸は拝ませてもらったけどな」
────まァ! 相手は大統領令嬢よ
「“不可抗力”だよ」
────本当かしら?
真知子の声が尖った。いや、そんな気がしただけか?
「で、その友人は無事か?」
────いいえ……
「やっぱりな」
────彼女のアルバイト先は勤怠管理を外注しているのだけど、そこのコンピュータをのぞいたら、シフトが組まれているにも関わらず“欠勤”になっているわ。本来なら、今ごろ勤務中のはずよ
「サボりの可能性は?」
────それはわからないけれど、彼女はこれまで無遅刻無欠勤よ。タイミングを考えれば偶然と断定するわけにはいかないわ
「おまえさんともあろう者がぬかったな」
居間のテーブルに座る神宮寺平太郎が言った。今夜、本来なら雫とアニタを含めた四人で夕食をとるはずだった。
「なんにせよ、居場所がわからなきゃ動きようがねぇ」
雫が淹れた熱い茶をすすりながら悟は言った。アニタが姿を消してから結構な時間がたっている。平太郎が湯呑みを空にしたのを見た雫は急須の蓋を開けた。
「すまんのう、お嬢ちゃん」
「いいえ……」
茶をつぎ終えた雫は、また着席した。悟も平太郎も普段と変わらぬ様子だが、彼女の表情は不安の色が濃い。やはり心配なのだろう。
「藤代のお嬢さんに頼んだのか?」
「今となっちゃ、あいつだけが頼りさ。そろそろわかるだろ」
質問する平太郎も、それにこたえる悟も慌てる様子ひとつない。雫の目には、このふたりがどのように映っているのだろうか? 彼女は剣聖スピーディア・リズナーの正体を知らない。悟がなぜ高名な好爺老師と知り合いなのか、疑問に思っているかもしれない。
五分ほどのち、着信音が鳴った。スマートフォンのメッセージを確認した悟は立ち上がった。
「雫、家に帰らなくていいのか?」
彼は訊いた。
「大丈夫です」
と、雫。母には“仕事”と伝えてある。
「んじゃ、留守番頼まァ」
悟はジーンズのベルトにホルスターをくくりつけた。中身は剣聖スピーディア・リズナーのトレードマーク、光剣オーバーテイクだ。
外はすっかり日が落ちている。庭に停めてあるコンパクトカーの運転席に乗った。すると助手席が開いた。
「爺さん、ついてくる気か?」
シートベルトをしながら、悟は言った。
「おまえがどれくらい腕を上げたか見てやろうと思ってな」
とは、席についた平太郎。
「保護者ヅラするなら来なくていいよ。俺ひとりで充分さ」
「ただの見物じゃ。手伝おうなどとは微塵ほどにも思っちゃおらん」
「暇人だなァ。他の楽しみは残り少ない余生の中にねぇのかよ?」
「数多い楽しみの一環じゃよ。それに……」
「それに?」
「あの娘は一歩間違えれば、わしの孫になるはずじゃった」
それを聞き、悟は吹き出してしまった。そこにいるのはアニタの祖母、良子の“初恋のひと”である。
「勝手に言ってろ」
笑いながら悟は車のイグニッションキーをまわした。
鹿児島市南部を縦横につなぐ県道217号は通称、産業道路と呼ばれる。片側三車線の広い道は交通量が多く、この時間になっても行き来する車があとをたたない。道路沿いには郊外型の商業施設が数か所存在し、賑やかなものである。市内中心部まで出かけなくとも生活の用が足りる時代になって何年がたつのだろうか?
その南外れに
南栄町の埠頭に一隻の巨大コンテナ船が停泊している。全長370メートルを誇るその名は“海獅子号”。シンガポールの海運業者の所有物となっている。
数ヶ月前、東京湾へ行く途上で航行不能をきたした海獅子号は海上保安庁の助けにより、ここに誘導された。老朽化が相当すすんでいることから移動させず解体する計画がたてられ、そのときまで待機している状況だ。現在は所有業者が県に金を払ってこの場を借りている。
世界最大級のコンテナ船ということで、停泊当初はかなりの見物客が訪れたが、最近では飽きられたのか、そういう人たちも減った。見世物としての価値がなくなった廃船は夜闇にさらに暗い影をおとし、不気味にたたずんでいる。
ヘッドライトの光が近づいてきた。タクシーだ。海獅子号から二十メートルほどの位置で止まった。
「本当に、こんなとこでいいのかい?」
後部座席を見て、年輩の運転手が言った。
「はい」
アニタは答え、運賃を払った。受け取った運転手の目が好奇の色をたたえている。ただでさえ外国人ということで珍しいのだろうが、こんな時間にこんな場所で乗客をおろすというのは、もっと珍しいのかもしれない。
「彼氏と待ち合わせかね?」
「いいえ……」
運転手の質問をかわすようにして、アニタは降りた。走り出したタクシーのテールランプが遠のくと、彼女はあたりを見まわした。
「“約束”は守ったようだね」
声がした。そちらへ目を向けると、まるで闇からしみ出したかのようにさきほどのモヒカン……松田航一郎があらわれた。
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