大統領令嬢は剣聖がお好き? 10
悟はケースの中からオーバーテイクを取り出した。握り手となる筒状の形態はメタリックブラックの色合いと相まって、無骨な美しさを持つ。こういった外観は形にこだわる藤代アームズらしさといえるが、不世出の天才マイスター
ケースにはオーバーテイク本体の他、予備バッテリーと腰にも肩にもかけられる革製のホルスター、説明書が同梱されている。その説明書は真知子からのもので、プリントアウトされたものだった。
“悟さんへ。新型のオーバーテイクをおくります。前期モデルと比較して0.4パーセントの疑似内的循環効率向上に成功しました。あなた自身の身を守るため、持っていてください。”
異能者が持つ“気”は特定値の電流を与えることで硬質化する。疑似内的循環とは使用者が送り込んだ気を武器を通して体内に戻すことをいう。循環効率が高いほど外部に漏れる気の量が少なくなり、使い手の負担を軽減する。光剣は硬質化した気を斬突部、つまり刃として扱う武器である。
新型のオーバーテイクは前の物と比較すると、若干見た目が異なる。刃を放出する鍔にあたる部分の形状、目を凝らすと見える内部のパイプが変更点だ。
“今回は、あなたの引退記念ということで、藤代アームズからのプレゼントとさせていただきます。今後もご愛顧お願い致します”
とある。金はいらないということらしい。
“追伸 お祖父様の家に行かれたそうですね。私には会いに来てくださらないのかしら?”
真知子からのメッセージが添えられた説明書は、そこで終わりだった。
(電話くらいしとくか……)
悟はスマートフォンを手に取った。
────アニタさんが?
電話の向こうで真知子が言った。予測の範囲内といえる事態だが、鋭敏な彼女でも楽観視していたのかもしれない。アニタが狙われる可能性は低いとふんでいたのは悟も同様である。
「調べられるか?」
────わかったわ
真知子は言った。そして……
────“新型”、どうかしら?
と訊いてきた。
「お節介め」
と、悟。素直じゃない男だ。
────ひょっとしたら、早々に使うことになるかもしれないわね
「そうならないようにしたいとこだが、狙われている以上、俺のそばにいたほうが安全だ」
帰国させるという選択肢もある。アニタを狙う輩が大統領選の対立候補であるならば、空港や飛行機内でことをおこすとは考えにくい。後処理が面倒すぎるからだ。だが、万が一の可能性を考慮すると、今、帰らせるわけにはいかない。実際、アニタを狙う機会というのは、そのときくらいしかないのも事実だ。帰国すれば、より厳重なガードがつくはずである。
悟は、さきほどスーパーセンターで会ったモヒカンの特徴を真知子に話すと電話を切った。するとノックする音がした。
「晩ごはん、早めでいいですか?」
部屋のドアを開け、雫が顔をのぞかせた。悟もアニタも昼飯を食っていない。
「あぁ、そうだな。アニタは?」
「部屋で休んでます」
心配そうな雫。事情は、さきほど話してある。
「この件は薩国警備には内緒にしといてくれ。どうするかは、これから考えるよ」
「はい」
雫は頭を下げ、キッチンへと向かった。悟はベッドに寝っ転がると、あれこれ思案した。やはりボディーガードを引き受けたからには最後までやり抜く義務がある。途中で放り出すことはできない性分だ。
(やれやれ、当分は揉め事に関わらないつもりだったが、どうにも災難のほうが俺に惚れちまっているらしい)
死を装って潜伏中の彼。目立たない生き方が得策なのかもしれない。薩国警備の鵜飼丈雄との先日の死闘もそうだったが、異能業界のスーパースターである悟には危険がつきまとうのが当然なのか? もっとも、彼がよく言う“引退”とは建前上のもので、本気ではないのだが……
さきほど会ったモヒカン。あれは異能者であろうと思っている。確証はないが、こういうとき長年の勘が働くものだ。戦うことになるだろうという予感がした。
スマートフォンが震えた。悟が伝えた特徴に似た犯罪者や異能者らの顔画像が数点、真知子から送られてきたのだ。全員がモヒカンなので、順番に見ているとちょっと可笑しい。
「一条さん!」
廊下から雫の声がした。おとなしい彼女のものにしては大きい。自室を出てアニタに貸した部屋へ向かった悟は、そこで立ち尽くす雫を見た。
「アニタさんが……」
「いねぇな」
頭をかきながら悟は言った。ここは二階の和室。アニタが休んでいたはずの布団はたたまれており、荷物はそのまま。脱いだ室内用スリッパが揃えて置かれている。窓が開けっぴろげてあり、夕方の風が入ってくる。
「飛んだか」
開放された窓から下を見て、悟は言った。
「ここからですか? 通常人のアニタさんが?」
雫が首をひねった。身体能力に優れた異能者ならば簡単だが、アニタは違う。
「ここに手をかけて、ぶら下がったのさ」
悟は窓の桟を指差した。それにぶら下がり、さらに片手を下の階の軒にかけたのだろう。この洋館は日本家屋に比べると一階あたりの高さがあるが、そのようにすれば降りられる。簡単ではないが、カーテンをロープ代わりにするよりも、よほど確実な方法だ。
(令嬢にしては上出来だな)
苦笑する悟。失敗すれば大怪我ともなりかねないが上手くやったようだ。物音もしなかった。なかなかのお転婆だ。
ふたりは玄関へ向かった。さっきまで履いていたアニタのピンヒールがある。ここは洋館であっても土足ではあがらない。彼女は荷物から別の靴を用意したと思われる。念のため屋敷内や庭を探したが、姿は見えない。
彼女が黙って消えた理由……さきほど会ったモヒカンと“なにか”があったはずだ。なにかを吹き込まれた。そう考えれば合点がいく。それは、なにか?
────アニタさんがいなくなった?
スマートフォンの向こうで真知子が言った。彼女にとっては取引先の娘である。
「まんまと、してやられたよ」
と、悟。
────理由は?
「わからん。誘い出されたことは間違いないな」
アニタは携帯を持っている。それにメールかなにかがあったのだろう。あのモヒカンの仕業だとすれば、どうやって連絡先を知ったのか?
「アニタの交友関係を調べてみてくれ」
────彼女は学生だし、結構広いかもしれないわよ
「日本に知人がいないかな?」
────調べてみるわ。あと、あなたがさっき会ったという男なんだけど……
真知子から送られてきた画像の中にヤツがいた。間違いない。
────名前は
異能傭兵集団といっても、国家間の紛争にかかわるものではない。人外の存在が頻繁にあらわれる地域で、その退治にあたることが主目的となる。不安定な情勢の国では危険と隣り合う人間が負の側面に堕ちやすく、結果、人外に取り憑かれる者が多い。日本は平和なほうだ。あのモヒカン……松田が所属していたサハラ戦線はアフリカの異能傭兵集団である。
フリーランスとは超常能力実行局のような組織に属さない自営異能者のことをいう。資格を得るためには国もしくは地方公共団体の許可を必要とする。国から資格を得た者は二級資格独立異能者、地方公共団体から得た場合は三級資格独立異能者と呼ばれ、上位に国際ライセンスにあたる一級資格独立異能者がある。無資格の異能者は犯罪者と断定してよい。ただし“剣聖”である悟は、この範疇に入らない。
────松田が、どのタイミングで雇われたのかはわからないけど、依頼主は……
「アニタの父親の対立候補、と思っていいな」
────彼女を人質にとって今度の大統領選からおろさせる?
「そう考えるのが妥当だな」
アニタの父である現大統領のセルヒオ・ナバーロは先々月、襲撃を受けた。対立候補のホルヘ・ロメーロは強硬派であり、軍拡を目論むとされている。次回の大統領選ではセルヒオ・ナバーロの圧倒的有利が伝えられており、相手が過激な手に出てもおかしくはない状況だ。
────でも、そんな手段を使うことのリスクって考えないのかしら?
「証拠を揉み消す手段なんていくらでもある。あの手合いは切羽詰まると、なにやらかすかわからんからな」
似た事例をいくつか知っている悟は言った。そして……
「選挙の動向なんざ俺には関係ねぇよ。アニタを守るのが俺の仕事さ」
それが彼の“仕事”である。
────あと、もうひとつ松田についてなんだけど……
電話の向こうで真知子。
────彼は、あなたと同じ“ブランチ”にして光剣の使い手よ
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