帰鹿した剣聖と薩国警備 6
現在、発見されている超常能力は26種類。それらはすべて、その“特性”ごとにAからZまでのアルファベットで分類、呼称されている。
鵜飼丈雄は“A型”の超常能力者だった。それは“驚異的な身体能力”。体内に流れる気を内的循環させることで、通常を超える運動能力を発揮する。近接戦闘に向いているため、前線に配置されることが多い。
悟は剣を模した黒い棒を片手青眼の位置に構えた。体は斜めを向いており、左肩が後方となる。対する鵜飼は数歩、右足側に円を描くように移動した。開始直後は互いに出方を伺う形となった。なんの変哲もない開幕と言ってよい。
地を蹴る音がした。先に走ったのは鵜飼。凄まじい脚力で近づくと、その勢いのまま右の正拳突きを繰り出そうとした。
だが、その場を動かなかった悟の剣が先に届いた。中段から一瞬にして横に斬撃を見舞ったのだ。神速の剣技は、予備動作が極めて少ない。それでもダメージを与えられるのは彼が強いからに他ならない。
鵜飼は攻撃を止めた右の籠手でガードした。A型の超常能力は発動した者の反射神経も向上させる。次いで左の拳を腹に打ち込もうとするも、悟は飛び退きかわした。間合いをとらせない。
攻め続ける鵜飼は右のミドルキックを放ち、その反動で左の中段回し蹴りを出した。さらに打撃を連発する。しかし、どれも届かない。フィールドが広いとはいえ、悟の距離の取り方は絶妙なのである。直線的ではなく円を描くように退がるため、背後には常に余裕がある。両者の位置は塀どころか白線にも達しない。
鵜飼は飛んだ。前方ではなく後方である。仕切り直しを選択するのは悪い判断ではない。A型超常能力者の跳躍力は数メートルにも及ぶ。
いや、違う。空中で鵜飼は“拳圧”を放った。気を外的放出させる遠距離からの狙撃だ。鵜飼のストレートパンチから発生した衝撃波が悟を襲う。
轟音とともに地煙があがった。えぐれた地面には誰もいない。悟はそこより後方に立っていた。
「よけるのはうまいな」
着地した鵜飼。
「横綱相撲が得意でね」
と、悟。闇夜の中、四方からの照明に映し出されるその姿は美しかった。
突進する鵜飼。それを迎え討つ悟。再度、接近した両者の闘いは常人には見えぬ速度で展開されている。
白線上の建造物内で、雫は茜とともに黙って見守っていた。立会人である彼女たちは、所属する薩国警備に対し報告書の提出義務がある。
茜は当然、上司の鵜飼を応援しているはずだ。一方の雫は複雑な位置にいる。見習いEXPERである以上、立場的には鵜飼や茜に近い。だが、ここ数日、共に過ごした悟のほうが近しく感じられる。
「あなたは卒業したら、どうするの?」
正面のガラスに手のひらを当てながら、茜が先に口を開いた。丈夫な防弾性であり、この建造物内にいれば安全だ。無関係のことを話す彼女は、落ち着かないのかもしれない。戦況を見守る目がゆれていた。
「進学したいんです」
雫は静かな声で答えた。それを果たすため、学年トップの学力を維持している。超常能力実行局は反対しないだろう。教養や常識を持つことは、むしろ推奨されていた。その場合、正式なEXPERになるのは大学卒業後ということになる。
「そう……」
と、茜。彼女は、この闘いをどう思っているのだろうか? 男同士の馬鹿な行為と感じていても、誰も文句は言わないのかもしれない。
「あたしたちの持つ“力”って、なんなのかしらね……」
それは問いかけなのだろうが、ひとりごとのようにも聞こえた。通常人とは違う異能者ならば誰しもが一度はいだく疑問であろう。雫は適切な返答に迷った。そんなものを茜は求めていないのかもしれないが……
「頑張ってね……まァ、偉そうなこと言える立場じゃないけど、頑張ってね! 応援してる!」
茜は明るく笑顔で言った。雫は、ちいさく頷いた。
女たちの心情など知らぬ男たちは、いまだ闘いの真ッ最中である。近接する鵜飼の蹴りと拳をすべてかわしたとき、悟の剣が横薙ぎに一閃した。肩に打突部が吸い込まれるように……
電光掲示板に初めてダメージが表示された。数値は147。強烈な撃剣に吹き飛ばされた鵜飼は手をついて転倒を回避しようとするも叶わず。地面に仰向けとなった。
「お見事……」
とは、攻撃したほうの悟。世辞ではなく本気の台詞だった。急ぎ立ち上がった鵜飼は右肩を抑えた。
よけきれなかったのか? それとも見えなかったのか? いや、そのどちらでもないだろう。“見えてよけられた”から勝敗条件となる単発三百ダメージを回避できたのだ。悟は鵜飼の胸部を狙ったが、当たる直前、なんとか体を捻った結果、肩が盾になった。それにしても徒手空拳術の達人鵜飼のインサイドを簡単につく悟の剣速恐るべき。ちなみに平均的な異能者が戦闘不能に陥る程度が三百のダメージである。胸部に当たっていたら、そのレベルに届いていたはずだ。
間合いの差もある。体格の違いはあっても剣を持つ悟のほうがリーチが長い。その内側へ入り込むことが鵜飼を必勝に近づけるが、それをさせない。剣聖スピーディア・リズナーの立ち回りが巧妙なのだ。剣客としてのクロスレンジを維持していれば、鵜飼の手は封じられる。
悟は片手上段に構えた。舐めているわけではない。両者の距離が離れている状態ならば、体を開けて“誘う”ことができる。彼が振り下ろすスピードは尋常の予測を超える。
鵜飼は、その誘いにのったのか? 猛然と突進してきた。巨体が駆ける姿は野牛のごとく。対する悟は剣を相手の肩口へと落とした。
一瞬、鵜飼の姿が消えた……このとき、悟の目にはそう見えた。あっという間にクロスレンジの内側に入られていたのだ。おそらく突進するスピードを“二段”に使い分ける技術を調整してきたのだろう。一段目が偽装であったとしたら、今までわざとらしく見せないことに細心の注意を払っていたに違いない。
真実のトップスピードを得た鵜飼の拳が悟の腹を襲った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます