帰鹿した剣聖と薩国警備

帰鹿した剣聖と薩国警備 1

 平日のわりに、やけに混んでいる到着ロビーを悟は見まわした。“迎え”が来ているはずである。背後に気配を感じ目を向けると、ひとりの男が立っていた。


「あんたが、そうなのか?」


 と、訊いた悟が四十五度見上げるほどにでかい。190センチは軽くある。ダブルのスーツを着ているが、鍛え抜かれた体躯を隠すのは不可能だ。只者ではない。


薩国警備さっこくけいび鵜飼丈雄うかい たけお……」


 男は名のった。精悍な顔に短髪。広い肩幅を底辺とした逆三角形の肉体……発せられる言葉は短かった。


「鹿児島の“EXPER”か。迎えなんざ、よこさなくてもいいのに……“あいつ”め」


 悟は苦笑した。


 戦後、敗戦国となった日本はアメリカ主導のもと、人外の存在や犯罪者に対抗するため、異能者たちの組織を作り上げた。“超常能力実行局”という。全国に支局を持ち、都道府県単位で活動する彼らの主な仕事は、異能犯罪者との戦闘や人外の駆除であるが、ときに公的機関にも協力する。“超常能力”と呼ばれる26種類の異能力は、様々な分野で特性を発揮できる。


 EXPERとは、超常能力実行局に所属する超常能力者のことである。英語読みだとエクスパーだが、日本では“エスパー”と発音される。EXTRAPOWER……つまり、超常能力の実行者。今、悟の目の前にいる鵜飼丈雄という男も、そのひとりらしい。


「今、着いたばっかで腹減ってんだ。なんか食いてぇな」


 悟は人差し指で天井をさした。上の階に食堂がある。


藤代ふじしろ様より、急ぎお連れせよとの要請を受けていますので」


 と、低い声で答える鵜飼。愛想はよくない。


「あっそ」


 歓迎されていないと感じ取った悟。海外から到着したわりに、リュックひとつと軽装だ。服はTシャツにストレートジーンズとラフなものだが、美貌の彼が着ると極上のファッションに見えるのだから不思議である。


「んじゃ、頼まァ」


 二本指を耳の横で揺らし、出口へと歩き出す悟。鵜飼のほうが、彼を追って歩く形となった。






 薩国警備のロゴがうたれたステーションワゴンが悟と鵜飼を乗せ、九州自動車道を南下していた。東京に本局を置く超常能力実行局は世間には非公表の組織である。鹿児島支局は表向き、法人格を有する民間の警備会社として活動している。


 三列シートの真ん中に悟。助手席に鵜飼。そして運転席でステアリングを握っているのは警備員の制服を着た若い女だった。名前は畑野茜はたの あかね。今年二十歳になる彼女は薩摩川内市にある超常能力者の育成機関で12歳まで訓練を受けていた。高校を卒業した昨年、薩国警備に“入社”し、今は鵜飼の下に配属されている。


「畑野君、もう少しスピードを落としていい」


「は、はいっ……」


 鵜飼に対し、裏返った声で返事をする茜。緊張している風に見えるが当然である。“有名人”を乗せているからだ。


 後ろに座る悟は、高速の下に広がる姶良あいら市の風景を見ていた。大きな商業施設や国道10号線沿いに建ち並ぶ多くの店舗。鹿児島市に隣接するベッドタウンとして急激な発展を遂げた。だが、右手に目を向ければ、古い家々や田畑が目立つ。今、車が向かう進行方向が新旧の境界線である。


「このへんも、ずいぶん変わったな」


 悟がつぶやいた。長い睫毛の奥にある瞳は、いつ頃を回想しているのか? 助手席で腕を組む鵜飼は、答えなかった。


「そ、そうなんですか? わたしが子供のころから、こんなでしたけど」


 気まずい空気を読んだ茜が言った。初々しい感じが可愛いが、彼女もまた鵜飼同様、異能の戦士EXPERである。


「ジェネレーションギャップってやつだな。歳はとりたくないもんだ」


 苦笑する悟。茜はバックミラーで、そんな彼を盗み見た。女性的で美しいこの青年が、死んだはずの剣聖スピーディア・リズナーであることは知らされている。






「鵜飼隊長、北インターで降りますか?」


 鹿児島市内に入ったあたりで、茜が訊ねた。


「ああ……」


 と、低い声で鵜飼は答えた。途中で降りたほうが鹿児島インターまで走るよりも早く目的地に着く。


(まァ、俺みたいな“ならず者”の面倒なんざ見たくないんだろうが)


 悟は鵜飼が不機嫌な理由を、そのように考えた。






 鹿児島市、城山しろやまは西南戦争のおり、西郷隆盛が自決した地として知られる。住宅密集地となっている一、二丁目付近と違い、山手のほうは道路にはみ出すほどに草木が生い茂り、車の通りは少ない。展望目的で訪れる者も多いが、普段はひっそりとした場所である。


 そんな城山の奥地に一軒の洋館が建っていた。敷地は木々で囲まれており、道路からは見えない。車一台が、やっと通れるほどの細い坂道を登った先にある。一行の目的地は、そこだった。


「しかし、日本の夏も暑いな」


 洋館の前で降車した悟。連日三十度をこえる日々が続いているという鹿児島は、梅雨明け以降雨が降っていないらしい。にもかかわらず空気は湿気っているのだから不思議なものだ。空にギラつく太陽はマイアミで見たものと変わらぬ熱量で車のボディを焼いている。日本の夏の暑さは異常である。


「あの、これを……」


 同じく、車を降りた茜が鍵を差し出した。


「すまんね」


 受け取る悟。


「二十四時間、当社が監視カメラにて敷地内及び近隣道路のチェックをおこなっております。ご安心ください」


「大仰なこった」


「すみません……」


「いや、助かるよ」


「当分の生活に必要な物はそろっています。なにかありましたら、ご連絡ください」


「ありがとう」


 ふたりが会話をしている間、鵜飼は車から出てこなかった。ただ、腕を組み、渋面を浮かばせていた。






 鵜飼と茜が去ったあと、悟は玄関の鍵を開け、洋館の中へと入った。当面の“住居”となるここは、きれいに片付けられている。どことなく古臭い外見に似合った屋内は、木床と白い内壁で構成されており、アンティーク調の家具が置かれている。その一方、家電製品は最新のものが用意されていた。


(男ひとりで住むには広すぎるな)


 自前の住処を持ったことがない悟は、そう思った。世界中を飛びまわってきた剣聖スピーディア・リズナー。ときに五つ星の海外高級ホテルをねぐらとし、“仕事”の最中は大蛇や猛獣がうろつく密林で野宿することも厭わなかった。だが、当分はここに住まうことになる。


 二階までをひと通り見終え、三階へ続く階段を昇ろうとしたとき、スマートフォンが鳴った。悟は通話を押し、耳に当てた。


 ───こんにちは、悟さん……


 電話の主は、女だった。

 



 


 

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